闘技場 後編
「これはなんと言うことでしょう!! 一試合目にして苦戦確定か!!――――ケヴィンさんはこの状況どう見ます?」
「これは普通のB級魔物ではありませんね」
「つまり、上位のB級魔物ということでしょうか?」
「そうですね。……厳密には違う気がしますが一般のB級魔物として試合に挑むと今のように苦戦を強いられますね。おそらく最初の試合で相当の数の脱落者が出るでしょう」
「これは第一試合一戦目のイグニスが勝てるかどうかが次の試合にも影響しそうですね」
司会者の声に反応して僕たちはアンさんたちの試合を観戦した。
「僕、魔物のランクとかよく知らないんですけどあれは普通じゃないんですか?」
魔物との戦闘はエルフの里に行くときしかないからよく分からない。でも、試合を見ているとあの魔物は高い知能があるように見える。相手を観察して隙をうかがっているような?でも僕が戦った魔物も子供のロジェを狙っていたからなあ。知能の問題じゃない?
「そうだな。あの方がやりそうなことだ。あの方は意地が悪いというかなんというか。結果的に大惨事にはならないからみんな諦めているのは上層部では周知の事実だ」
「アイギスさん、あの方ってまさかこの国の皇帝のことですか?」
「ああそうだ。戦う前に言っておこう。私がこのパーティーに入ったことで今戦っている魔物より強い魔物が出てくるかもしれない」
アイギスさんは腕を組み、あの方には困ったものだと言わんばかりの顔をしていた。
皇帝と知り合いなのか。まあ、騎士だからおかしくはないんだろうけど。もしかしてアイギスさんに頼めば古代の魔導具の場所、皇帝から教えてもらえるかな。知っているかどうかは分からないけど。
「あの、アイギスさ――――」
周りの戸惑いの声により僕の声はかき消された。
「オーガが魔法を放っただと?!」
「本当にB級魔物かよ。A級の魔物の間違いじゃないのか?!」
といったような声があちこちで聞こえる。それほどイレギュラーなことなのだろう。アイギスさんの顔もネルさんの顔も険しいものに変わっている。
「アイギス、私はやっぱり無理だ。私はっ!!」
アイギスが咄嗟にネルさんの口を押さえる。
「ネル、君はここで死にたいのか? もう諦めたと思ったのだがな」
ネルさんがアイギスさんに塞がれた手を無理矢理ほどく。そしてアイギスさんの胸ぐらをつかみ行き場のない怒りをぶつける。
「諦められる訳ないだろ。諦めたら私には何も……何も…残らない」
アイギスさんはネルさんの手をつかみ、耳元で何かをささやいた。
何言ってるんだろう。○日後? 何かする気なのだろうか。――いや、探るのはやめとこう。僕にはしないといけないことがある。
僕は頭を切り替えるためにも軽く頬を叩いた。そして試合を観察する。ロジェに能力を使っちゃいけないと言われてるしよく観察しとかないと。
「ブラッド、アンいったん避けて」
ソフィアの声でブラッドが後ろに下がる。アンはソフィアを守るように立ち、ドニは後方で確実に仕留めるために弓を構える。
オーガの真下に大きなマジックサークルが展開され、真上には黒い雲が広がる。
『水の分解、火の灯火。その灯火は勝利をもたらす一手へと形を変える。雨の爆発』
雨が落ちるように火が落ちたかと思えばマジックサークル内で爆発が巻き起こる。
オーガは爆発から逃れようとマジックサークル内から出ようとする。しかしそれをドニが許さない。
「逃さない。君はここで確実に仕留める」
オーガの両足がドニの矢で地面に縫い付けられる。ソフィアはとどめと言わんばかりに魔力をさらに高め魔法の威力を上げた。
さすがにオーガは耐えきれず灰となって消えた。
ソフィアは座り込み息が上がる。ブラッドはよくやったと言わんばかりにソフィアの背中を叩く。そしてアンとブラッドは息を深くはいた。
「やったね」
「うん」
「試合終了!! 第一試合一回戦はイグニスの勝利だ。次は第一試合二回戦目。――――ただいま連絡が入りました。今回試合形式の変更により今日と明日で試合を分けるそうだ。三十試合ずつ行われるぞ。番号を確認しておくように」
司会者はそばに来た男から紙を受け取るとそう連絡した。僕たちは最後の方に受付したから明日になるのかな。
「僕たちは明日になりそうだね」
「そうですね。そういえばラックさんはどうしてこの試合に出ることにしたんですか?」
僕はずっと気になっていたことをラックさんに聞いた。ネルさんに振り回されていたようだけどそれにしては体力がなさそうだし強そうに見えないんだよな。
「僕ね、実は結婚を約束した彼女がいるんだけど家を買ってあげたいんだ。家を買うって話にはなっていたんだけど僕たちが一番欲しい家が少し高くてね。この試合に勝てば買えると思って」
ラックさんはうれしそうにでもどこか照れたようにそう言った。
ラックさんまさかの彼女持ちだった。驚き。でもすごいな、彼女のためにそこまでやるなんて。ラックさんの彼女、幸せ者だな。
「勝てると良いですね」
「そうだね」
リアン達が試合を観戦している一方でロジェは先ほどの壁画があるところに透明マントを羽織立っていた。いや、通せんぼをされていると言った方が正しいかもしれない。
「そこにいるのは分かっている。出てきたらどうだ。エルフの王子様」
ロジェは透明マントを取り、その男の前に姿を現した。
「よく分かったね。それで君は僕に何の用?」
「いや、なに、少し手伝ってあげようと思ってよ。捜し物を」
どうしてこの男は捜し物をしていることを知っているんだ。それとこの人はオークションのときの。ロジェはより一層警戒を強める。
「自己紹介がまだだったな。俺はレオナだ。初めましてじゃないからこれでいいだろ?」
「リアン兄ちゃんの前とずいぶん態度が違うんだね。それが素ってわけ?」
「お前だってそうだろ?」
「まあね。それで対価は? もちろんただで協力してくれるって訳じゃないでしょ?」
「やっぱり思った通り賢いな。まあそうでなくちゃ困るが。――俺の願いはただ一つ。裏ギルドが俺たちの邪魔をしないようにして欲しい」
「理由は? 理由によっては了承しかねる」
レオナは壁画の文字をさわる。
「この壁画に書かれている文章読めるか?」
「残念ながら読めない」
ロジェは肩をすくめそう言い放つ。レオナはまあそうだよなといった風にロジェを見た。そして壁画の文字をなぞりながらその文章を読み始めた。
「厄災は生み出された。存在自体が我々にとって厄災となってしまった。厄災は止まらない。何度でも出現する。四人の英雄は一番の厄災を切り離し代償として厄災が降りかかった。四人の英雄のおかげで大地に平穏が訪れる。我々はこの栄誉を誰か一人でも後世の人たちに知ってほしい。だからせめて四天王としてだけでも残すことを許して欲しい」
この大陸は能力者によって分断されたという説が一番有力で多くは謎に包まれている。この文字も時代の流れとともに消え去ったのだろう。今では読める人がほとんどいない。ゼロに限りなく近いと言われている。それを、目の前の男は容易く読んでいる。ロジェは思わず、つばを飲み込んだ。
「この文章だと四人の英雄が初代四天王に当たるって誰もが思うがそうじゃない。偉大なる四人の英雄と四天王はほとんど関係ない。――お前は英雄についてどこまで知っている?」
レオナは試すかのように問いを投げかけた。ロジェは試されていると自覚しながらも隠すことはしなかった。ただ正直に答える。
「知らない。絵本で出てくることしか知らない」
「知らなくて当然といえば当然だったな。今のは意地悪な問いだった」
「今の話、今回の頼みと関係があるの?」
「関係はある」
レオナは英雄の話に関係すると言った。そして、裏ギルドの介入を阻止してほしいという頼み。
その頼みの理由が、裏ギルドでは足手まといにしかならないからだとすれば……
「まさか……英雄と戦うつもりなの?!」
「……」
それは無言の肯定だった。
想像以上の事態に巻き込まれているのだとロジェはその肯定で自覚する。
「それで返答は?」
「僕は――――」
「ロジェロ、僕たちの試合明日みたいだ」
僕達は何戦か試合を見た後、ロジェと連絡をとり合流した。
「そうなんだ。じゃあ、今日はもう宿に戻るの?」
「それなんだけど僕たちこれからお互いを知るためにも夜ご飯一緒に食べないかってなったんだよね」
「僕、先に宿に戻っているね。戻ってきているかもしれないし」
「分かった。気をつけてね」
「うん」
ロジェはそうして宿に戻ってしまった。なんだかロジェに悪いことしてしまった気がする。一人で大丈夫かな。昨日夜、不審者いたからちょっと不安。まだ明るいから大丈夫だとは思うけど。
「では皆さん行きましょうか」
アイギスさんにそう言われ闘技場から出ようとしたのだがネルさんはいつの間にかどこかへいなくなってしまった。
「アイギスさん、ネルさんはいいんですか?」
僕の質問に対し、アイギスさんとラックさんは言いづらそうな顔を浮かべた。
「リア君、ネルちゃんは……」
「ネルはこの闘技場から試合の間出さない」
「それって……」
「後で話そう。ここで話すのは気が引ける」
僕はそれ以上追求しなかった。だけどなんとなく分かってしまった。闘技場で奴隷を見てしまったから。剣奴って意味を僕は知らなかったけど今のやりとりでなんとなく察してしまった。