第四話 リアンの夢
『今まで、楽しかったか?』
『あはははは……!!』
嫌悪を含んだ女の人の声。それに対し嘲笑う男の人の声がした。
銀髪の女は、嘲笑う男の喉元へ刀を突きつけていた。その刃先は首の寸前でぴたりと止まっている。
『何がおかしい……?』
『あの子は、すでに……だ……! ……はあの……と今や……。あの子を止められるのは僕だけさ。ここで……』
何かを言いかける男の声が、突然ラジオの砂嵐のようにかき消された。⸻途切れ途切れに言葉の残響だけが耳に残る。
女は刀を下げかけたが、すぐに表情を険しくし、再び振りかぶる。だが⸻斬撃の手応えはなかった。
首は、落ちていない。
舌打ちをひとつ。女の姿が一瞬で消えた。
……あれは……お父さん?
後ろ姿だけが、うっすら見える。でも声は、砂嵐にかき消されて聞き取れない。
それに⸻銀髪の女性。あの人を、追わなきゃ。そうしないといけない気がする。
……速い。でも今の僕なら、追える。
理由なんて分からない。けれど、どうしても⸻。
必死で走り続けると、やがて女は立ち止まった。僕も足を止める。
辺りを見回して、息が詰まった。
⸻地面が、青い炎で覆われている。
その中心に、血の海があった。赤と青が交じり合う光景は、あまりにも残酷で、僕は思わず後ずさった。
背中が何かに触れた。
……いやだ、振り向きたくない。分かっている。きっと⸻。
ゆっくりと振り向くと、そこには転がった人の腕があった。その奥に、倒れている人影。生きているのかどうかも分からない。
そのとき、女が僕の方へ歩いてきた。身構える。戦うしかない⸻。
……でも、女は僕を通り過ぎた。
まるで僕のことなんて、存在していないみたいに。
『やってくれたな。……私は、お前を許さない。安らかに眠れ』
女は腕を失った女に低く言い放つ。その瞬間、青い炎が白い霜へと変わり、世界は凍りつく。
『ティア、寒いよ……』
傷だらけの男が、震える声で呟いた。
その名を呼ばれ、女⸻ティアは顔を強張らせた。男のもとへ駆け寄り、抱きしめる。
『……良かった。生きてた。もう、こんな思いはごめんだ。もっと、自分を大事にしてくれ』
『はは……。そんな顔、久しぶりに見た。いつもは弱音なんて吐かないのにな』
『……そんなこと言ってると、本気でしばくぞ』
ティアの声が震えている。
男は、苦笑した。
『言いにくいんだけど……俺、この子を助けるために、しばらく眠る』
(え……?)
男の視線は僕を捉えていた。
ティアが男の肩を掴む。切羽詰まった声が漏れた。
『なんで……。もういいだろ。もう一緒に帰ろう。……そこまでしなくていいだろ?』
男は、ゆっくり首を振った。
『ごめん、ティア。……俺は、この子を見捨てられないんだ』
『どうして。どうしてお前は、そうやって……。私は、お前がいないと、生きていけない……』
男は、子供をあやすように彼女を抱きしめ、背を撫でた。
『大丈夫。眠るだけだ。死ぬわけじゃない』
『……嘘だ。そんなの、嘘だ……』
『絶対、生きて戻ってくる。……約束する』
『もうこれが最後だから。お前のわがままに付き合わされるのはこれが最後だから。約束』
『ああ、約束だ』
『……そんなこと、させない。お前らには、ここで⸻死んでもらう』
⸻え?
今の声。あれは僕……?
いや、違う。あれは僕じゃない。あれは……誰だ。
頭の奥が、きしむように痛む。何かが流れ込んでくる。
⸻ちがう。こんなの知らない。
あの人たちは、僕を殺しに来た……? でも、僕は⸻。
やめろ。もう、やめてくれ。
僕は……僕は二度と⸻。
『二度と……操り人形にはならない。絶対に⸻』
喉の奥から、押しつぶした声が漏れた。
⸻もう、何が真実で、何が嘘かも分からない。