分岐 (ロジェ視点)
「リンさんだよね?こうして話すのは初めてだね。これ、返しておくよ。――本当にリャナンシーが言った通り執着すごいや」
僕はカイルさんの鎌を持ってきてくれた妖精たちにお礼を言うとリャナンシーを抱きかかえているリンさんの前にその鎌を投げ捨てた。そしてリンさんを見下ろした。
「みんなバカだよね。無難に生きれば楽に生きられたのに。リンさんも運命に抗わずに生きれば良かったのに」
「君に何が分かる。君には譲れないものはないのか」
リンさんはリャナンシーを抱きかかえる手に力を込める。僕の言葉に苛ついたのだと思う。その声は静かに怒気をはらんでいたから。
僕はそんなこと気にせずそのまま会話を続けた。だってリンさんがどう思おうがどうでもいい。
「別に。僕はどうでも良かった。だってそうでしょう?そんなものは無難に生きるのに邪魔だ。譲れないもののためというけど運命は始めから定まっている。だから譲れないもののために生きてもそれは運命の前には無意味なんだよ」
僕はリアン兄ちゃんの方に目を向ける。すごいよね。リアン兄ちゃんは。ここに来てからもバカみたいに頑張っていてさ。それであれだけ戦えるようになるんだからやっぱりすごいよ。
でもよくそんなに頑張れるよね。運命は決まっているのに。頑張ったところでどうにもならないと思うのに。
それにしても本当にリアン兄ちゃんもオリヴィア姉ちゃんもシア姉様も運命に嫌われているよね。龍馬さんもそう。本当にみんな不憫だ。
「少し、昔話をしようか。
あるところにお姫様と王子様がいました。そのお姫様はとても優秀で幸せに生きるんだろうなとみんなが思っていました。
だけどあるときお姫様に不幸が降りかかったのです。
お姫様が王子の策にはまってしまったのです。そしてお姫様は王子様に犯されることになりました。
お姫様の不幸はそれだけではありませんでした。
子供を身ごもってしまったのです。お姫様は子供に罪はないと産むことを決心しました。
しかしこれにはいろいろと問題が起きてしまいます。未婚の姫をはらませたの誰なのか、といったことです。お姫様は必死になって考えました。だけど思いつかずそのままお腹が大きくなるばかり。そしてこれ以上隠すことはできないところまで来てしまいました。
そこにあのときの王子がやってくるのです。
『そいつ、俺の子だよな?黙ってて欲しかったら自分で
「私の意志で知らない男どもに犯してもらいました」
って言うんだな。さもないとその子供もろともお前を殺す』
お姫様は追い詰められていて正常な判断ができない状態でした。だからおかしなことを受け入れてしまうのです。そしてお姫様の評判は地に落ちました。
それでもお姫様は生まれてきた子供を大切にしました。だけどあるときを境に子供に見向きもしなくなりました。そして全てなかったことにしようとしました。初めからお姫様という存在はなかったのだと。
そして運命を恨むようになりましたとさ」
「その後、子供はどうなったんだ?」
「その子供は運命に諦観することにしました。そのお姫様の運命がこうなると前から定まっていたことに気づいてしまったからです。だって運命を覆すのは無理だと証明されたようなものだったから」
「別にそのお姫様だけではそう言い切れないだろ」
「子供が気づいたのはそれだけではなかったのです。王子様の運命もある男の運命もどうなるか気づいてしまったのです。そして前世と同じように今回の人生も同じ運命をたどることになるだろうとそう思わずにはいられなかったのです。だったら諦観してその日を無難に生きれば死ぬ間際に少しでも幸せだったと思えるのではないか思ったのです」
「どうしてそれを俺に話したんだ。そもそも俺に猫をかぶらなくて良かったのか? リアンにもオリヴィアにも猫をかぶっていただろ」
僕はわざとらしく考える仕草をしたあと空を見上げた。空を見上げたのはただの無意識だった。ああ、本当に星みたいに感情なんてなかったらもっと幸せだったのかな。
「別に、どうせリンさんには通じないと思ったから。武器屋の人にも見抜かれてしまうし、それだったら演じるの少し自嘲しようかなって」
そう言った僕の声は少し震えていた。
こんなの僕らしくないや。こんなつもりはなかったんだけどな。
本当は僕はただ誰かに言いたかっただけだったのかも知れない。ただ知って欲しかったのかもしれない。
演技には自信があったのに。それに本来僕はあの男みたいに冷酷な人間だと思っていたのに。僕にもまだこんな感情があったなんて驚きだ。
リンさんは僕の目が赤くなっているのに気づかないふりをしてくれた。僕はそれでもこれ以上は無理だと思いリンさんに背を向け表情を隠した。本当に演技が下手になったや。
「オークションの件も全て自作自演か?」
「全てが自作自演って訳じゃないさ。でもオリヴィア姉ちゃんたちが来ることは分かっていたよ。そしてお人好しだから僕を助けてくれるだろうことも。責任を持って安全に国に帰してくれるだろうことも」
僕は目をこすり再び仮面をかぶり、懐から杖を取り出した。そして振り返りリャナンシーの方へ杖を向ける。
『ヒール』
魔法の言葉が杖から出た魔力と共にリャナンシーに届く。
この魔法を教えてくれたのはお母さんだったな……。ダメだな。感傷に浸っている場合じゃないのに。
「君のことだからリャナンシーのこと回復してくれないと思った」
僕はこれ以上感傷に浸らないように話を切り替えることにした。これ以上は本当に僕の仮面がすべて剥がれ落ちるや。
「確かに僕はリャナンシーが好きじゃないよ。さっきまでリャナンシーのせいで情報が妖精から聞き出せなかったし。それより、今回のこと上手くいきすぎていると思わない?」
そう。あり得ないと言ってもいい。
カイルさんははっきり言ってわざとやられたようにしか見えなかった。精神が崩壊していたとはいえ、オリヴィア姉ちゃんとリアン兄ちゃんだけで本来倒せる相手ではないのだ。
それに今リアン兄ちゃんが戦っているハリーさんもそう。本来ならもう決着をついていてもおかしくないのだ。
それが今はどう?どうして戦いが続いている?リアン兄ちゃんたちが決して弱いと言っている訳じゃない。むしろ全体で見たら上位に入る実力だ。それでもカイルさんとハリーさんはそれ以上の実力のはずなのだ。そしてリンさんも。
「そうだな。上手くいきすぎている。誰かの手のひらの上のようだ。おそらくこんなことするのは道化師だと思うが……」
道化師。
僕は一度だけ見たことある。そして気になってそいつの周りの情報を調べようとしたが一切手に入らなかった。他にも情報が手に入らない人たちがいる。
「ねぇ、リンさん、もう少し生きてみない? 僕はリアン兄ちゃんたちと過ごして運命に抗ってみるのも悪くないかなって思いつつあるんだ。リアン兄ちゃんに光を見た気がしたから」
リンさんは笑い出し、立ち上がった。そしてリャナンシーを物陰に丁寧に寝かせた。
「ロジェ、君は俺を励まそうとしているのか? 励ますの下手だな。でもそれぐらいが丁度いい気がする。お互い不器用な者同士」
「一緒にしないでよ」
本当に一緒にしないで欲しい。僕は不器用じゃない。どっちかというと器用な方だ。それにリンさんみたいに女心が分からない訳じゃないし。
「あっちの建物の方で俺たちを見ている人たちに気づいているか? おそらくリアン討伐の気を伺っている」
「いや、気づかなかった。声まで聞こえるの?」
「一応、俺は吸血鬼の真祖だからな。あれぐらいの距離なら一言一句聞こえる」
「この戦いを終わらせようか」
僕とリンさんはリアン兄ちゃんの元に走りだした。