旅の道中 後編
「坊ちゃんにそこの嬢ちゃん、助けてくれてありがとな」
さきほどの怪我をしていた冒険者三人が僕たちにお礼を言ってきたので僕たちはどういたしましてと返す。
別にそれはいいんだけど。どのみちこの人たちがいなくてもオリヴィアさんのことだから討伐しようって言っただろうし。それより――
「その人、怪我大丈夫ですか? 皆さんより明らかにひどいですよね?」
先ほどの三人の冒険者の仲間であろうもう一人の人物。腕が今にも千切れそうだ。さっきのオリヴィアさんが戦っていた魔物に食いちぎられそうになったのだろう。多分それをオリヴィアさんが……。
「ああ、こいつも俺たちの仲間だ。さっきの魔物から俺たちをかばったせいで腕をもっていかれそうになってな。それをそこの嬢ちゃんに助けてもらって腕を完全に食いちぎられることがなかったんだ。感謝してもしきれねぇよ。腕を完全にもっていかれていたら片腕だけになっていただろうしな」
ん? 明らかにこの怪我治りようがなくない? だって少しでも引っ張れば腕線切れそうだし。今にも壊死しそうだよね? 腕全部が。
僕は不思議に思いオリヴィアさんを見た。
どういうことですか? 回復薬があるのは知っていますけど……。
オリヴィアさんは僕の方を見ると僕が思っていることに気づいたみたいで教えてくれた。
「エリクサーや聖水があれば完全に治るの。でも血は戻らなかったり、完全にその部位がなくなっていたりすると傷口が塞がるだけで生えてくることはない」
「そうなんですね。さすがに腕がない状態から生えてくる薬とかはないか」
先ほどの冒険者が腕に回復薬をかけた効果もあり、腕が少しずつだが元の形に戻っていく。
僕たちの話を聞いていたのか魔法使いらしき格好をしたお姉さんが僕たちの話に加わってきた。
「あら、そこの坊やは世間知らずなのね」
今、僕バカにされた? 僕はお姉さんのことを冷たい目でにらみつけた。あんまり思いたくないけど助けてもらっといてその言い方はないんじゃないかな。
お姉さんは僕がお姉さんをよく思っていないことに気づき、慌てて弁明をし始めた。
「違うの。ごめんなさい。言い方が悪かったわね。ただそんなに強いのに知らないことが不思議に思って。冒険者はみんな回復薬とか持ち歩くことが多いし、あなたも冒険者だと思ったから。それで――」
「その言い方じゃあ、誤解解けないよソフィア。本当にソフィアは言い方が悪いよね。無自覚だと分かっているんだけどさ。そちらの少年、えぇと名前は……」
小人族らしき女の人がソフィアさんの言動の誤解を解くべく話に混ざってきた。
そういえば自己紹介がまだしてなかったや。
「お互い自己紹介がまだでしたね。僕はリアンと言います。そして隣にいるのが――」
「オリヴィアと言います。そしてこの子がロジェです」
オリヴィアさんは自分の陰に隠れているロジェ君も一緒に紹介した。ロジェ君、会って一度もまともに話したことないからなあ。声はさっきの叫び声とかで分かったけどまだ普通に話したことないからいつか話してみたいなあ。
「私はアン。そしてさっき失礼なことしちゃったのがソフィア。後はそっちにいる男たち、赤髪の大男がブラットで、腕をやられた茶髪の男がドニって言うんだ。改めてよろしくね」
「はい。――アンさんはまともなんですね」
僕は先ほどの態度に少し苛ついていたせいでトゲのアル言い方をしてしまった。
助けてって言われたわけじゃないから別にお礼を言われる筋合いはないけど最低限の人としての礼儀はあると思うんだよね。馬鹿にされる筋合いはないというか……。
「ごめんね。ソフィアは別に君をバカにしたわけじゃないんだ。ただ純粋な疑問なんだよ。だけど昔からソフィアは言い方が悪いせいで誤解されやすくてね。直そうと努力はしているんだけどたまにそういう言い方に戻っちゃうんだ。だから嫌わないでくれるとうれしいというか……」
アンさんは指をもじもじしながらそう言った。この人は本当にソフィアさんのこと大事に思っているんだな。僕も少し悪かったかも。
「僕も少しやりすぎました。そのごめんなさい」
僕は素直に謝った。勘違いしていたのも悪かったしね。
「私もごめんなさい。これからはもっと気をつけるわ」
仲直りかな。仲直りするほどの仲でもないけど……。
「どうしてあなたたちはこの森にいたの?」
オリヴィアさんはソフィアさんとアンさんに向かって疑問を投げつけた。
「依頼でエルフの里にある聖水をもらいに行った帰りだったのよ。それでその帰り道にさっきの魔物に襲われてしまって……。私たちこれでもB級冒険者なんだけどそれでもさっきの魔物が私たち以上に強くて苦戦してしまったの。本当にあなたたちの強さにはびっくりしたのよ。私たちが弱いわけではないから」
「よくよく考えてたら君たちは冒険者じゃないよね? 私たちより明らかに強いし、A級冒険者の名前でもない。それに今はS級冒険者でもある勇者たちは行方不明だって噂だからなおさら私もソフィアと同様に不思議に思った」
「ただの旅人だよ。それでエルフの里ってさっき言っていたけど詳しく教えてくれないかな?」
オリヴィアさん、今平然と嘘ついた!! でもあながち間違いでもないな。今確かに僕たちは旅をしているようなものだし。
「そうなんだ。旅人か。旅をするところによっては確かに私たち以上に強くないと命に関わるしね。それなら納得だよ」
これがレオナが前に言っていたことか。
『嘘をつくときは真実を混ぜると現実味が帯びて他人をだましやすくなる。といってもリアン君は態度に出るから嘘つくの無理だろうね?』
って。オリヴィアさん、確かに態度に出てなかったもんな。
「それでエルフの里のことだったわよね。普段とそんなに変わらずのどかなところだったわ。自然に囲まれて空気がおいしいし、老後はあそこに住みたいくらい」
「そういえば、帰り道の途中、最近暴れ回っているって噂の新人冒険者を見つけたよね? 方向的にエルフの里に行ったんじゃないかな?」
アンさんは思い出したかのようにそう言った。
新人冒険者か。今回のことと何か関係あるとは思えないけど。なんか嫌な予感がするんだよな。
ドニさんを治療していたブラッドさんがこっちに歩いてきた。どうしたんだろう。
「お前らエリクサー持っていたりしないか?」
エリクサー持ってなかったんだ。てっきり持っていると思ってた。
「持ってますけど」
ブラッドさんはそう言ったオリヴィアさんの肩をつかみ頭を下げた。
「それ少し分けてくれないか。お礼はする。それに回復薬だけじゃあ、ドニの腕がおそらく持たない」
オリヴィアさんはブラッドさんに肩をつかまれたことでびくりと体を揺らした。そして押し気味に言われたオリヴィアさんはブラッドさんにエリクサーを渡した。
「塗る方じゃなくて飲む方しか今は持っていないからそれ全部あげる」
「貴重な物なのに本当にありがとうな!! ギルドで『イグニス』って伝えてくれればいつでもお前らの依頼を優先して受けるからさ!」
ダメージを負っている茶髪の男の口に無理矢理エリクサーを含ませるとゴクンという音が聞こえた。そして外傷がみるみるうちに消える。腕も完全に治っている。
「歩けるか?」
「いや、血が少し足りないみたいだ」
「そうか……。俺がおぶっていくしかないか。行くぞ、お前ら。本当にありがとう」
そういって冒険者たちはもう一度お礼を言うと僕たちが来た方向へと帰って行った。
お昼時、冒険者と別れた僕たち三人一行は森の中で昼食を取っていた。
「ロジェ君、君がオークションに売られていた理由を聞いてもいいかな?」
魔物に襲われているのを助けたことで心を開いてくれたらしいロジェがポツポツと話し始めた。
「ロジェでいいよ。僕、追い出されたんだ。僕のお姉様に……。お姉様と知らない男の人がいきなり暴れ出して……。みんな最後は目から生気を失っちゃった。僕もそうなっちゃうかと思ったんだけど、お姉様は城の人たちに僕を追い出せって言うだけで僕のことに目も向けなかったんだ……。僕それで、助けを呼びに行かなきゃって思って歩いていた人に話しかけたの。その人は最初優しくしてくれたんだけど……」
言葉は続かなかった。
おそらく、その人に売られてしまったのだと思う。思い出すのもつらいはずだ。
「男の人が来る前に何か変わったことはなかった?」
オリヴィアさんは持っていた箸を置き、ロジェにやさしく聞いた。
「変わったことはなかったと思うけど……」
ほとんど手がかりなしか。国の人が目から生気を失ったってことしか分からなかった。
「生気を失ったのは十中八九能力のせい。精神に影響を及ぼす類いのものかな」
そういったオリヴィアさんは鞄から紙とペンを取り出し何かを書き込む。鳥の形をした魔導具も取り出し、メモをくくりつけ、魔力を込めた。
魔力の込められた鳥は大空へ羽ばたいて行く。
「どこに送ったんですか?」
オリヴィアさんは僕の問いに指を口の前に持っていき答える。
「内緒」
「そうですか」
内緒と言われると余計気になるな。
昼食を食べ終え、僕たちはまた移動を始めた。道中魔物が現れることはほとんどなかった。
移動してから二日後、僕たちはエルフの里の前まで来ていた。
「あきらかに魔物の数が少ない。それに普通だったらもっと着くのに時間がかかる」
そうつぶやいたオリヴィアさんは眉をひそめた。
「なんだか、嵐の前の静けさみたいですね……」
そういった僕の袖をロジェが不安そうに握りしめる。はっとし、慌ててロジェに謝る。
「ごめんね。ちょっと不謹慎だったかも。きっと大丈夫だよ」
「本当に?」
首をかしげながら言うロジェはとてもかわいかった。いや、本当に、マジで。
「本当だよ! 大丈夫!」
「大丈夫」
ロジェの目線に合わせながら僕とオリヴィアさんは笑った。それにつられてロジェも笑う。
「じゃあ、入ろうか」
いよいよ僕たちはエルフの里に足を踏み入れるのだった。