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約束の行方

「譲渡も終えた。ここにいる意味はない。地上に帰還する」


「ああ、さっさと消えるがいい。貴様の顔など当分の間見たくない」


 元冥界の主はシッシッと手を振りながら、忌々しそうに吐き捨て、どこかへ行ってしまった。

 ずいぶんと嫌われたものだ。

 だが、二度と見たくないと言わないあたり人が良いのだろう。


「ライリー」


「何?」


「最後の後処理は任せてもいいかな?」


 前回同様、厄災の後始末を冥界の主に託そうとしたところで待ったの声がかかる。


「その必要はない」


 ひどく馴染みのある声。アヴィオールの意思に反してリアンの体が思わず反応してしまう。


「……レオナ」


 振り返ると、武装したレオナがいた。レオナの瞳は、リアンただ一人、射抜いていた。

 

 リアンの記憶によるとレオナはリアンを庇った後、元冥界の主に治療を任せたとある。

 元冥界の主と一緒に来なかった時点で治療中だと思っていたが、様子を見る限り、治療はある程度済んでいるようだ。


「約束を果たしにきた」


「…………?」


(約束? リアンと約束なんかしてたのか?)


 消えかけているリアンが心なしか喜んでるようにも感じられる。

 リアンの記憶を覗こうとしたところで隣から声が響いた。ライリーだ。


「今のリアン兄さんはリアン兄さんではないよ」


「だからなんだ?」


「リアン兄さんとの約束だと思ったんだけど僕の思い違いかな? ――――それとも最悪の事態を起こすのがお望み?」


 最悪の事態。それはアヴィオールを殺すことによる厄災の放出。アヴィオールは厄災である黒龍の封印かつ制御装置のようなもの。つまり、アヴィオールを殺すと言うことは厄災が自由に暴れまわることを意味する。そうなれば地上の被害は計り知れないものになる。この冥界をもってしても厄災を完全に封殺することは不可能なのだから。


「さあな。ただ一つ言えるのは、ブラックドッグ――お前との約束を破るつもりもない」


 飄々な態度でありながら、そこには憎しみとある種の決意を秘めた眼差しがあった。何に対する決意なのかきっとライリーには分からないだろう。だが、アヴィオールには確信がある。この決意は()()()()()()()()()()に対するものだと。

 あの憎しみを宿した瞳には見覚えがあった。アヴィオールがリアンの肉体ではじめて目覚めたときに見た眼差しだ。施設で暴虐の限りを尽くしたときに見逃したたった一人の生き残りがしていたあの眼差し。


「確かに約束らしきものはしてたな。だが、そんなもの無効だ。今と昔では状況が違うだろ」


 アヴィオールはわずかに自身の声が固くなっていることに気づきながらも、毅然とした態度で反論する。だが――――


「約束を否定しようが関係ない。アヴィオール、お前との約束は果たさせてもらう」


 決定的な言葉だった。

 アヴィオールはリアンの心に罅が走ったのを感じた。警告するかのように絶望を知らせる鐘の音が何度も鳴り響いた。


(耳障りな音だ)


 アヴィオールは思わず目を細めた。


 自分でトドメを刺すことはできる。刺してしまえば音も、不快な感情も消えるだろう。

 アヴィオールは殺すことに躊躇いなどなかった。

 これは『嫉妬』の化身である黒龍による殺人衝動があるからではない。


 アヴィオールが英雄だから。


 四人の英雄の中の誰よりも己が一番殺していると自負している。今さら殺しに思うことなどありはしない。

 義理は果た()()()()つもりだ。だがこれ以上する義理はない。


アヴィオールが内側にいるリアンの心臓を握り潰そうと手を伸ばそうとしたその矢先――

レオナの鋭利に伸びた爪がアヴィオールの首筋にかすかに触れる。


()らないのか?」


今ここでアヴィオールを殺せば黒龍という名の厄災が放たれるという緊張感の中でただ一人、アヴィオールだけが――――笑っていた。


「何が言いたい?」


「どうして手を止める?」


 その問いかけに込められた意味は何もない。ただの言葉。挑発ですら、駆け引きですらなかった。


 アヴィオール にとってそれは「代わりにやってくれるなら好都合だ」という本音に過ぎなかった。

  リアンの心臓を自分で握りつぶす必要がない。面倒な仕事を一つ減らせる。ただそれだけの話。

 だが、それを知るのはアヴィオール本人のみ。


「まさか怖気付いたわけじゃないよな? 俺はてっきり君が最後まで意見を変えずに貫き通す男だと……あ、いや君は英雄でもないし剣神と謳われた者ですらない。そんな期待は無意味というものか」


 喉元の爪に血が滲むほど接触しているというのにアヴィオールの口調はいたって軽い。

 だがその無関心さにレオナは逆に動けなくなっていた。


(何なんだ……この男は)


 アヴィオールはレオナの決意を「止めよう」としてなどいない。ただ「ご自由に」と言っている。そこにあるのは命の重みに対する侮辱だ。

 それと同時にレオナは思う。

 これが元の性格なのか。それとも施設の爆発時に命からがらにアヴィオールから盗んだ能力の一部『()()()()()』を奪った結果なのか。

 後者ならまだいい。

 だが、前者ならこの異質さは、元からアヴィオールという人間に備わっていたものだとしたら。

 人でありながら、人ではなかった本質ー魔族の元祖返りにも似た性質が彼を英雄たらしめていたのだとしたら…


(……反吐が出る)


 魔族を魔族たらしめるその性質を見下していたくせに、彼を英雄と讃美していた連中もそれに気付きながらも利用していた英雄にも。


 喉元の爪に力を込めれば終わる命。だがそれと同時にレオナにはある直感があった。()()()()()()()()()()という直感が。

 魔族の元祖返りとはいかないまでもその性質を色濃く受けついだレオナだからこそ思う。

 アヴィオールは俺が力を込めた瞬間リアンと入れ替わる気だと。そしてリアンの死と同時に奪われた能力を取り上げるだろうと。そしてその直感は正しい。


「結局のところ……」


 アヴィオールがかすかに首を傾ける。喉から血が伝う。だが、痛みも恐れも見せずにただ愉しげに。


「君に昔ほどの狂気もないんだろ?」


 アヴィオールの嘲るような問いかけにレオナは返す言葉を探すよりも先に喉元の爪に力を込めようとして――やめた。


 その瞬間だった。空気があきらかに変化した。


「もういい。見るに耐えない」


 場を断ち切るような、しかしどこか機械的な冷たさのある声。冥界の主人になったばかりのライリーが静かに前に出る。


「レオナ、君の覚悟も理解する。でも、アヴィオール。君はレオナを挑発しているだけに見える。リアンを殺させるためにね」


「挑発してるつもりはないんだけどね」


  アヴィオールは金眼を細め、どこか諦めたように肩をすくめた。


「それに」


 ライリーはレオナの前に出る。瞳の奥に宿すのは、冷酷さと静かな怒り。そしてかすかな、喪失感。


「黒龍という厄災を、()()()()の手に渡すことだけは、断じて許さない」


 その()()()()という言葉に、レオナもわずかに目を細めた。あの人間とはおそらくヴァリテイターのボスだろう。リアンたちが見たボスではなく地上で黒龍捕縛に動き始めている真のボス。


 アヴィオールは、口元をゆがめて笑う。


「そういうことだ、レオナ。僕とライリーは今は同盟関係にある。つまりどちらにせよここが冥界である限りレオナに勝ち目はない。だから約束はなしだ」


 得意そうな顔を浮かべるアヴィオールが一瞬リアンに重なったように見えた。レオナはギシっと歯を鳴らす。


(絶対にわざとやってやがるっ……)


「アヴィオール。これ以上レオナを逆撫でする気なら同盟とやらはなしにするよ?」


「……」


 ライリーの言う通り同盟なぞ組んでいない。ただ、ライリーはアヴィオールに助けてもらったことと先ほどの言葉、そしてリアンの願いからアヴィオールがライリーに手を貸すという意思が感じられたからこそその嘘に乗っているだけに過ぎないのだ。


「ちっ…。同盟が終わった直後にまた約束を果たしにくる。その時は絶対に反故にはさせない。何があろうとな」


 分が悪いと悟ったレオナは忌々しそうに睨みつけながら、捨て台詞をはき、冥界をあとにする。そしてアヴィオールもライリーと少々話こんだあとで冥界をあとにするのだった。


冥界編、これにて無事完結です。

いや〜、思っていた以上に時間がかかってしまいました……。お待たせしてしまった方々には、心からお詫びを。


さて、このあとがきでは少し、物語本編では書ききれなかった部分や裏設定を軽く補足しておこうと思います。気になる方だけお付き合いください。


アヴィオールはレオナのことを“面白いおもちゃ”だと思っています。とはいえ、これは見下しや嘲りではなく、むしろ「認めている証」でもあります。

彼は、レオナという少年の中に――狂気と暴虐性という、どこか自分と通じるものを感じているんですね。


実は、あの施設が壊滅した原因はリアンの能力暴走によるもので、その背後には“厄災・黒龍”の影があります。

暴走中、アヴィオールの意識が一時的に表に出る場面があるのですが、彼はそのとき、施設の正体――表向きはエリート養成学校、実態は違法な人体実験施設――を知ります。

そして即座に黒龍側に手を貸す決断をします。


その中で、アヴィオールはレオナと出会います。

レオナだけが他の者と違い、真正面から自分に立ち向かってきた。しかも、まだ子どもでありながら、アヴィオールの能力の一部を奪い、一撃を加えるという離れ業までやってのける。正直、頭おかしいことをやってます(笑)。


アヴィオールはその瞬間、確信するんですね。

「この少年は、自分以外の厄災さえも退けられるほどの存在になれるかもしれない」と。


だから彼は、レオナと“ある約束”を交わします。

それが――「僕を殺しにこい」という一言。もちろん、それだけじゃレオナは動かない。そこでアヴィオールは、彼に呪いをかけるんです。能力発動時にデバフがかかるような仕組みで、これによってレオナは“アヴィオールを倒さない限り本気の力を引き出せない”という状態に陥る。

つまり、「成長しないと生き残れないし周りも死ぬぞ」という極限状態を強制的に作ったわけですね。


アヴィオールなりの歪んだ“期待”と“賭け”だったのかもしれません(笑)


この冥界編は、レオナの過去や彼とアヴィオールの因縁、そして“厄災”という存在の片鱗を描くためのエピソードでした。


次の展開では、いよいよ地上に戻り、厄災を巡る本格的な戦争へと物語が動いていく予定です。

レオナがどう成長し、どんな決断を下していくのか――そこも含めて、引き続き読んでいただけたら嬉しいです。


それでは、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。

また次の章で、お会いしましょう。

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