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冥界の主

「それは誰の意思?」


「それって今、重要?」


 ライリーの問いに、ヘラヘラとした笑みで結論を急かすリアン。


 詮索するな。


 金色に輝く瞳がそう告げていることは機微に疎い人間でも見てとれるだろう。

 そして、機微に通じている側はそれ以上に見透かせる。今のリアンにはそれだけの()()()()


 リアンは何かに気を取られている。焦っていると言ってもいいのかもしれない。

 

 気づかないふりをして詮索してみるのも酔狂ではあるが…………どうやらタイムリミットのようだ。




「貴様、何を言っているのか分かってるのか?!」


 四天王――クレトと一触即発の雰囲気からの唖然、そして怒りを含んだ驚愕。

 おじいさんの厳格さは消え失せていた。


「分かっているさ。それよりも本体じゃないとは言え油断しすぎじゃない?」


 返答と同時に()()()()()()()()()能力の出力を上げる。

 リアンはおじいさんの手を勢いよく引き、後ろへと追いやる。

 おじいさんを庇う時点で避ける時間は当然なし。

 骨をも砕く蹴りがリアンの左肩へと直撃する。

 だが――――


「弱いな」


 効かない。

 リアンはクレトの脚を掴むと、容赦なく()()()に繋がる穴へと投げ飛ばした。


 冥界の中心は空洞になっている。そしてその空洞の中心へと至ってしまえば、掴むところなどありはしない。しかもここは最下層にギリギリ入っていない最後の階層。


 貪る刀(イペタム)()()()()()()()クレトが落ちないという未来は訪れない。


「……何をしやがった?!」


 反響する激昂の声。

 リアンは振り向くことすらせずにただ一言。


「投げただけだ」


 些事と言わんばかりのその一言は憎悪を募らせるのに十分だった。

 憤激に身を染めながらクレトは落ちていく。


「怪物風情がァァァ!!」




――四天王最弱。身分不相応にその席に座った恥知らず。

 それがクレトが四天王になったときに言われた言葉だった。


 クレトという人物は、何でもそつなくこなす優秀な人間だ。悪く言えば器用貧乏。他の四天王のように()()()()()という行為はしなかった。絶対に極められないと分かっていたからだ。


 そんなクレトは冥界という危険地帯に本体で来るということはしなかった。妖術による本体より弱体化した分身でも事足りると思っていたのもある。器用貧乏とは言え、四天王として君臨している一人。周りよりもすべてにおいて優れていると言っていい。一を極められなくともすべてが高水準。


 だが、今回はいるはずのない英雄がいるという異常(イレギュラー)


 敗北するのは当然の摂理だった。それも、ただの敗北ではなく、何もかもが中途半端であるがゆえの無様な敗北だった。


 シエルなら敗北はしてもこの結末を迎えなかった。


 妖術師として技を極めているシエルの分身ならば、本体と同じレベルの分身をノーリスクでつくれるのだから。


 クレトの分身は本体の力の一部を利用して生み出す。分身の核が手元に戻ってくれば力が戻るだろうが、逆に言えば核が戻らなければ力も失われる。


 クレトはギリッと目の前の魔石を前に歯を鳴らした。


「この屈辱は絶対に忘れないぞ、リアン!!」






「ねぇ、ライリー。貪る刀(イペタム)ってとっても食い意地があると思わない?」


「他人事のように言うんだね。自分の血を利用されないためだと思わせて魔力を奪ってたくせに」


「血を利用されないためっていうのも嘘じゃないさ。なんならそっちが本命だ」


 ライリーの言うとおり、リアンは魔力を奪っていた。だが、それはあくまで貪る刀(イペタム)の独断専行によるものだ。


 第弐開放【血刀蒼炎雷(けっとうそうえんらい)】はひどく燃費が悪い。

 そして、先ほど乱暴に壁に突き刺したこと。


 貪る刀(イペタム)は意志を持つ妖刀だ。


 貪る刀(イペタム)の虫の居所が悪くなってもしょうがない。


「雑談はこのあたりで終わりにしようか。邪魔も消えたことだ。そろそろ提案の答えを聞かせてくれないか」


 静かになったここで。

 リアンは再びライリーに答えを求めた。

 もしここで冥界の主にならないというのなら――――冥界の主の権限はすべて()()いただく。


「リアン兄さんではなく、英雄アヴィオール•エル•ガザニアとしての提案なら冥界の主になってもいい」


 ライリーのその言い方は、リアンの中身がリアンではなく、アヴィオール•エル•ガザニアであることを確信していた。

 そのことに特段驚きはない。

 中身が違うことには気づかれていると思っていたが、正体までも知られているとは思っていなかった。 

 そのことに多少の驚きはあれど予想の範囲内だ。

終着の導(リードグレイブ)』持っているライリーが調べればその結論に至ることは決して不可能なことではない。

 アヴィオール•エル•ガザニアという人物は()()()()()ここに来たことがあるのだから。


「それでどっちなの?」


「提案したのは僕だ。リアンはただ願っただけだ。ライリーが死んでほしくないと」


「……そう。――ならばその提案、受け入れよう」


 リアンはライリーの正面に立つと、手を握った。そして宣言する。


「ライリーを冥界の主として認める」


 宣言とともに、ライリーとリアンの下に大きな青い魔法陣が展開される。

 クリスティーナを刺しているときに盗んだ冥界の主の一部の権限がライリーへと譲渡される。


「残りはおじいさんが持つ権限だけ。それを手に入れればライリーは真の冥界の主だ」


「――――よくも冥界の主の目の前でそんなことが言えたものだ」


 冥界の主の権限をライリーに譲渡する光景を黙って見ていた冥界の主は呟いた。


「どうして攻撃しなかったの?」


 リアンは訝しんだ視線を向ける。

 冥界の主を取り戻したのに奪われようとしているのだ。

 怒って当然の状況。

 だが、冥界の主は攻撃しなかった。それどころか権限の譲渡を見守っていた。



「英雄に手を出すほどの気力は年老いた私には残っていない。貴様ならなおさらだ。ここが冥界であるとはいえ、英雄と戦えばこちらも五体満足とはいかん。それに、権限をすべて取り戻せていなかったことにすら気づけなかった私では負けるのは道理だろう。その時点で今の私は冥界の主にふさわしくない。そう判断した――――――ライ、今まですまなかった」


「どうしてあなたが謝るの?」


「クリスティーナの件でライには迷惑をかけた。本来、冥界の主に従わなくていいはずだったのにクリスティーナによって従わざる負えなかったことは分かっている」


 ライリーは冥界の主に従ってきた。だが、それはライリーが冥界の主の使い魔だからではない。

 そもそもライリーは冥界の主が創り出した生命体ではない。ライリーの存在は死の代行者が生まれたことで誕生した異物(イレギュラー)

 従っていたのはそうせざる終えなかったからだ。誰もが無防備になるタイミング――誕生の瞬間にクリスティーナの横槍が入ったことで本来上下関係がなかったものに上下関係がうまれてしまった。


 その結果が今だ。クリスティーナがいなければライリーがライリーに殺されることもクリスティーナに殺されることもなかった。同時に、フレイと出会うことも、人の感情を理解することもなかっただろう。


 ライリーは大きく息を吐いた。そして――


「あなたがクリスティーナに冥界の主の権限を奪われなければこんなことにならなかった」


 心にも思っていない糾弾の言葉をぶつけた。

 冥界の主の瞳に動揺が宿る。


「僕はそうは思わない。謝罪もいらない。だけど、そう正当化することであなたのプライドが守れるというのなら受け入れる」


 ライリーは穏やかな顔で冥界の主自身も気づいていなかった核心を突く。

 冥界で見守ってくれた礼でもあり、権限を持っていながら何もしてくれず、あまつさえ利用しようとしていたことへの礼でもあった。

 人間に毒されている。

 そう自覚しながらも今の自分も悪くない、とライリーは微かに口角をあげた。


「話もついたみたいだ。おじいさん、さっそくだけど冥界の主の権限譲り渡して?」


「貴様は感傷に浸る時間も与えない鬼畜かっ……!!」


「譲り渡した後にいくらでもそんな時間とれるでしょ?」


「なっなっなっ……ッ!!」


 デリカシーの欠片もない言葉に冥界の主は怒りで口をパクパクと開閉させる。

 一方でリアンは鯉みたいだと失礼なことを考えながら冥界の主の両肩に手を乗せ、ライリーの目の前へと押していった。


「ほらほら早く!!」


「くう〜っ、英雄はネジの外れたやつしかおらんのか!!」


「知らないのか。ネジを外すのが英雄への第一歩だ」

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