平凡な日常とのお別れ
「また、リアンがダンク決めたぞっ!!」
「あいつ、チビのくせにすっげぇ運動神経いいよな」
「ああ、次はレオナがやり返したぞ」
「やっべえな、女子どもの悲鳴。あいつものすげぇ、女子に人気だもんな」
「おっ、見ろよ、リアンとレオナの1on1だぜ」
同級生達はリアンとレオナとの勝負、いつもの名物である光景に見入っていた。勝負と言ってもリアンが一方的にレオナにしかけているのだが……。
「本当にリアンは俺にいつも負けるのによく懲りないね」
「だって、レオナばかりモテてなんか腹立つし悔しい。僕だってモテてみたい」
「余裕がないところと子供っぽいところがリアンのモテない理由だ」
「あっ」
やられた。レオナにボール取られた。ここはある高校の体育館。僕は今体育の時間でバスケをしていた。
「決められてたまるかっ!!」
僕は思いっきり踏み込みものすごく高く跳んだ。これでレオナのシュートを防げると思ったのだがまたしてもやられた。
「そんなのありかよ」
今、レオナは空中で体を回転させ、僕のディフェンスを躱したのだ。
「本当に、チビのくせに凄いな。あそこまで高く跳ぶとは思わなかったぞ」
「嫌みかっ!!」
目の前にいるレオナは180 cmを超えている。それに比べて僕は160 cm代である。本当に嫌みでしかない。毎日カルシウム取っているのに。まあでも僕はこれから伸びるんだい。
「おい、お前ら終わりだってよ」
「分かった。すぐ行く」
くっ、去り際に頭を触るなんて。しかもレオナの野郎、ニヤニヤしているし。
「次の授業に遅れないようにな。じゃあ解散」
体育教師がそう言って今日の体育は終わった。そして廊下では僕たちより早く終わったらしい女子達がレオナの周りに集まっていた。
「レオナ君!! ダンク格好良かったよ」
「ありがとう」
しれっと、女子の頭をなでているし。ああ、めっちゃ顔赤くなってる。レオナ、女の扱い慣れすぎだろ。
「リアン君、お疲れさまです。飲み物どうです?」
「ああ、ありがとう日和さん」
日和さんからもらった飲み物をものすごい勢いで口に含む。生き返る。
今、話しかけたのは僕のクラスの委員長、日和さんだ。この学校のマドンナ的存在でこの人もものすごくモテる。まあ、ものすごくきれいな人だしな。そしてやさしくて頼りになる人でもある。僕もこっそり憧れている。
「ものすごく喉が渇いていたんですね。持ってきて良かったです」
「本当に助かったよ」
……会話が続かない。いつも女子にからかわれることはあってもちゃんとした会話あんまりしたことなかったな。それに日和さんの前だとなおさら何を言えばいいか分からない。
「リアン君。今、私から受け取ったお茶、飲みましたね?」
「うん? そうだね。もしかして飲んじゃいけなかった?!」
「いえいえ。ただ、お願いがあるんです」
僕、はめられた?! 先に飲ませてお願いする。これは、……断れないよね。
「お願いって、何かな?」
顔を引きつらせながら日和さんに尋ねる。さっきから笑顔なのが少し怖いんだよな。
「そんなに難しいことではありません。――今日、一緒に帰ってくれませんか?」
「えっ、それ僕にとってご褒美でしかないんだけど……」
「えっと、それは了承ということでいいんでしょうか?」
僕は思わず本音が口から出てあたふたする。日和さん、困惑しちゃってるよ。
「はい。お願いします」
「いい返事が聞けて良かったです。それでは――」
「ねえ、日和さん。リアンじゃなくて俺と一緒に帰らない?」
先ほどまで女子に囲まれていたはずのレオナが日和さんの言葉を遮り、話に加わってきた。
「それは遠慮しときます。レオナ君のファンクラブに後からいろいろ言われそうですし。――それに、レオナ君と私では釣り合いませんから」
(あなたと帰るのは死んでもごめんです。そもそも私とあなたじゃ、仲良くなれません)
「あらら、振られちゃったか。日和さんと今日も一緒に帰りたかったんだけどなあ」
(いい加減リアンに手を出そうとするのはやめろよ。毎回毎回、帰りについてきやがって)
「ぷぷ、レオナざまあ。日和さんに振られてやんの」
「リアン君、ちょ~と黙ってようか?」
「あ、はい」
なんかレオナ怒ってる? でも振られていい気味。いつもレオナには苦渋を飲まされているからな。
「日和さん、少し場所を変えようか」
僕たちの様子を見ていた女子達がなんか今のレオナの言葉で騒がしくなってきた。やっぱり二人って目立つなあ。二人ならなおさら。
「きゃあ、レオナ君が日和ちゃんに告白するんじゃない?」
「あり得る~。あの二人なんだか言い雰囲気になっていること多いもんね。あの二人なら付き合っても許せる」
「え~、私はどっちにも誰かと付き合って欲しくないなあ」
「あんたは今の二人の距離感好きって言ってたしね」
「そうそう。あの付き合う前の感じいいよね」
「本当に人気ですね。――もうすぐ授業が始まりますし、また今度でお願いします」
(周りを巻き込んで自分のペースに巻き込むとか最悪です。絶対にあなたとなんてお断りです)
「それは残念。後で後悔しても知らないよ?」
二人とも笑ってる。端からみたら微笑ましいんだろうけど……。二人の横にいる僕は少し怖い。なんか、二人とも怒ってるような気が……。
「リアン、行こうぜ」
「あっ、ああ」
「それでは放課後、楽しみにしています」
「日和さん、お待たせ」
放課後になり、日和さんのところに僕は向かった。レオナには一人で大丈夫かってからかわれたけど、大丈夫やい。僕も男子高校生だ。女子とのデートには憧れがある。いや、確かにレオナの言うとおり、女子との免疫ないんだけどね。なんとかなるよ。……たぶん。
「いえいえ、そんなに待ってませんよ。今終わったばかりではありませんか。もしかして、緊張しているんですか?」
下からニヤリと笑う日和さんに僕は思わずドキッとする。これが俗に言う小悪魔女子なんだろうか。
「べべべ、べつにそんなことないよ。うん。そんなことない。緊張なんかっ」
日和さんのふふふと笑う声がする。笑われた?!
「そうですか。そうですか。ふふふ」
「そんなに笑わなくても!! ――帰りましょうか」
「そうですね」
そうして校舎から僕たちは外へと出た。みんな僕たちを、というか日和さんを見ている気がする。
「リアン君とは一緒に帰って見たいと思っていたんです。今日はその願いが叶って良かったです」
「そうなんですか?」
そんなこと思ってなかったな。レオナならまだしも僕にだなんて。あ、でも、レオナはいつも僕と帰っているから女の子となにげに一緒に帰っているの見たことないかも。
「そうですよ。いつもレオナ君と一緒にいるから誘いづらかったんです。他にもリアン君と一緒に帰りたい人多いと思いますよ?」
「お世辞でもうれしいです」
いやいや、まさかね。そんなわけないでしょ。
「信じてくれないんですか? 本当なのに」
頬を膨らませ少しふてくされた日和さん。それでもかわいいんだけど。
その後たわいもないことを僕たちは話していった。
しばらく歩き、公園の前を通りかかったところで日和さんはこちらを振り向き満面の笑みを僕に向けてきた。
「リアン君、今日は楽しかったです。ありがとうございます。でも、ごめんなさい。今からあなたを殺します」
そう言った日和さんの手にはナイフが握られていた。
「何を言って……」
理解できない。どうして僕が……。日和さんに恨まれることでもしたのだろうか。心当たりない。
「本当にレオナ君がうっとうしかったですよ~。でも今日は運が私に味方をしてくれたみたいです。最初は罠かと思ったのですけど、ここまで来ればそんなことないですよね?
まあでも私やさしいので二十秒だけ逃げる時間をあげます。い~ち、に~」
僕は数えたと同時に走った。足の速さには自信があるが前にレオナに言われたことを思い出す。
『いいか、本気で動こうとするなよ。本気で動けばおまえ目をつけられて危ない目に遭うからな』
しかし約束を守っている場合ではない。これはすでに危険な目に遭っている。全力で走らないと逃げ切れないかもしれない。とりあえず警察署に向かえば、そう考えていると顔の横すれすれでナイフが飛んできた。
「はーい。二十秒たちました。いきますよ」
マジかよ。とてつもなく速いし、ナイフ投げてきやがった。やばいやばいやばい。このままじゃ本当に殺される!!
けど、僕が今、日和さんを止めようとしたら……、――――日和さんを殺してしまうかもしれない。 手加減できない。なら僕の答えは一つ。僕は大きく息を吸い込み大声を上げる。
「誰か助けてください!!!!」
助けを呼ぶこと。それしか今僕にできることはない。
「あは、誰も助けてなんかくれませんよ。だからおとなしく私に殺されてください。やさしくしますから」
ナイフが心臓めがけて飛んできた。ダメだ、これは躱せない。
あ、僕ここで人生終了なのか。
そう思いながら強く目をつぶった。
しかし、一向に痛みは来なかった。目を開けると銀髪の美しい女性が刀を握っていた。どうやらナイフを刀ではじいたみたいだ。その証拠にナイフは今僕の横にある。
日和さんの瞳が一瞬大きく見開いて驚いていたがすぐに戦闘態勢に入り銀髪の女性をにらみつけている。
「なぜ、なぜここにあなたがいるんですか。――まあ、ここにいる理由はこの際問いません。しかし、なぜこの子をかばうのでしょうか。あなたには関係ないと思うのですが」
尋ねられた銀髪の女性は目を細めた。顔見なくても不機嫌さが分かる程、この人、とても怒ってる?
「私が正直に答えるとでも? 知りたければ力ずくできくことだ。お前には無理だろうがな。それは一番お前が分かっているだろう?」
(確かにナイフを構えている手の震えが止まらない。絶対に勝てないと本能で理解してしまっている。もともとこの人にはかなわないことは重々承知ではあるが……
――しょうがない。ここまでね。)
「はあー。分かりました。今日の所はひきます。でも次、任務の邪魔をしたら容赦はしませんよ。白い悪魔さん」
ため息をつきながらそう告げた日和さんはそう言い残すとどこかへ消えてしまった。
僕は日和さんが行ったのを見計らい、銀髪の女性に向かって、
「助けてくれてありがとうございます。どこのどなたか存じませんがこの恩は」
と続きを言おうとしたが銀髪の女性を正面から見た瞬間いえなくなった。別に見惚れていたからではない。ただ逃げろと頭で警告音が鳴り響く。
僕は立ち上がり逃げようとするが、体が動かない。全ての時間が停止したかのように。
僕はそこで意識が途絶えた。