プロローグ
波が護岸を静かに叩く。
護岸に腰掛け、黒髪の青年――レオナは、真っ赤に染まった水平線をぼんやりと見つめていた。
湿った風が髪を揺らし、足元の貝殻が淡く光を弾いた。
「師匠、来たんだな」
背後に現れた気配に、振り向くことなく呟く。
足音も立てずにそこに立っていたのは、赤い瞳と銀の長髪を持つ女性。目を奪う美貌だが、レオナは一度もその顔を直視しない。
「兆候は?」
「昨日、体育の時間。人間離れした反応速度を見せた」
「そうか……」
波が再び来ては戻ってく。しばしの沈黙。師匠は意を決したように口を開いた。
「奴らに居場所がバレてしまった」
その一言にレオナは軽く息を飲んだ。
「連中って……」
「ヴァリテイターだ」
「はっ、学習しない奴らだ。あいつが手に負えるようなたまに見えるって?」
予想していた名にレオナは鼻で笑う。
「リアンをあちらの大陸へ移動させる。バレてしまった以上この大陸にいる意味はない」
「記憶が戻ってないのにか?」
「あちらの大陸に行けば思い出すだろうよ。お前にとってはそっちの方が好都合だろう」
「思い出すだけじゃあ意味がねえ。――あいつがまた、顔を出さないとな」
レオナは夕日を背に護岸の上に立ち上がる。師匠は見上げて見つめるが視線が合うことはなかった。
「転移することは確定事項だ。だから――――」
「言われなくても分かってる。明日でリアンとの“友達ごっこ”も終わりだ」
波の音がまた静かに押し寄せた。