envysion ~同級生に彼氏を奪われそうな女の子の話~
nogi様の楽曲『envysion』( https://www.nicovideo.jp/watch/sm39174399)を下敷きに、自分なりのイメージを膨らませて書きました。コミカルでどろどろでノリの良い原曲を聴いてください!
自分のこと――好きでも嫌いでもない。
好きな人のこと――大す……大嫌い。
好きな人の好きな人は――
――大嫌い。心底、だいっきらい。
☆
勘のいいほうだと思っている。相手が私にかけてほしい言葉、とか。仲良しグループの中でどんな役割やキャラクターを演じればいいか、とか。そういうのをかぎ分ける天性の勘。要領って言ってもいいかもだけど。
おかげで人付き合いで困ったことはあまりない。だけど今だけは、勘の鋭さが恨めしくてしょうがない。
だって――私の彼氏が他の子になびきかけてること、察しちゃったから。
最初におかしいと思ったのは、高校の昼休み。彼と私は同じクラスだから、休み時間は廊下に出てさりげなく話したりするんだけど。最近、会話中に彼の視線がよそへ向くことがたまにある。
どこ見てんの、変だなあって、最初はそれだけだった。でも、気づいたんだ。彼の視線が私から外れるとき、その先にはいつも同じ女の子がいるって。
あの子はたしか、私たちと同じ1年生。そして――彼と同じ、天文部の所属。
この歳にしてはだいぶちんまりした体格と、おとなしくて口下手そうな小動物系の顔。私とは明らかにタイプが違うその子を、彼は目で追っていた。
……そういえば去年、ふたりで天体観測に行ったって言ってたなあ。ペルセウス座流星群だっけ。誰もいない原っぱでふたりきりとか、想像するだけで嫌になる。
デートでもなにか様子がおかしい。移動とか食事中に、そこそこの頻度でスマホを見てる。こないだ近くの水族館でデートしたときも、帰りのバスの中で適当に会話してたんだけど。3分に1回くらいのペースでスマホいじってて、つい「私の話聞いてる!?」って大きな声出しちゃった。周りの視線が痛かったし、すごく申し訳なかった。せっかくのデートなのに、帰ってからも落ち込んじゃった。なんでもそつなくこなせて、みんなと仲のいい優等生。それが私なのに、なんであんなことしちゃったんだって。
……でも、それくらい彼には不満が溜まってた。なんであの子に。私を見てよ。私じゃだめなの? きみのこと、精いっぱい愛してきたつもりだよ。 つらそうにしてたらいつでも相談に乗ったし、きみの趣味を自分でもやってみて、一緒にいろんな遊びをした。ひとりにしてほしそうなときは、ちゃんと気を遣った。
飽きたり嫌いになったんならちゃんと言ってよ、弱虫。
あんまり気になって、いくつか彼を試してみた。素直にはちょっと……言いづらいから。たとえば「私のこと、愛してる?」ってメンヘラみたいな質問しちゃったりとか。彼は「愛してるよ」って答えたけど、半分苦笑いだった。裏があるの丸わかりなの。自信もって「愛してる」って言うか、うつむいて小さく「ごめん」って言うか。どっちかにして。
あと、ロングだった髪をセミロングくらいまで切って、イメチェンしたりもした。「髪切った?」とか「なんか変わった?」って言わせたくて。でも、彼は全然気づいてなさそうだった。彼、たしかに普段もそこまで鋭いほうじゃないよ? でも、デートに新しい服着てきたときは、いつも気づいて褒めてくれてた。だから髪切っても気づくはずなのに。
じゃあそれって――私に興味なくなってきた、ってことなんじゃ。
……ほんと、嫌になる。病み期になっちゃう。
そうやってうだうだ悩むだけで済むなら、まだよかったかもしれない。一刻も争う事態だってわかったのが、昨日のことだ。
2月に入って、あと少しで2年生。まだまだ受験なんて遠いこの時期にやってくるのが――バレンタインデー。最近じゃ本命チョコより友チョコとか義理チョコのほうが多そうだけど、ここを勝負の日にする子もやっぱりいて。
あと数日でバレンタインという日。その日も彼と一緒に登校していて。下駄箱で聞こえてきた会話が、私のメンタルを壊した。
「チョコどうするん? 誰か知らないけど、好きな人いるんでしょ~?」
「う、うん……」
友達から好奇心を向けられていたらしい、あの子。彼が気にしてる、あの子。
困ってるみたいだったその目が、私のとなりの彼を見た、その瞬間。彼女の頬が真っ赤になった。
――ああ、やっぱり。狙ってるんだ。本命チョコを渡すつもりなんだ。
それだけでも衝撃だったのに。彼女は頬の赤みを消して、据わった目で私を見た。そして、小さく笑ったんだ。口の端をちょっと上げるくらいの、でも、挑発のこもった笑みを。
あの子、彼女がいると知ってて……!
小動物じゃない、小悪魔だ。私にとっては大悪魔。全然そんな風には見えなかったけど……あれはたしかに、恋する乙女の目をしてた。
そういえばあの子、いつの間にかインスタ始めてたなあ。いかにも〝映え〟を狙ったパフェの写真とか投稿してて。あの頃にはもう、彼を狙ってたのかも。人の彼氏を奪う覚悟を、決めてたのかもしれない。
挑発には乗らずに、無反応を貫いた。気づかなかったふりをして教室に向かった。でも、内心はぐちゃぐちゃで。
要領はいいほうだし、努力もしてる私が負けるはずない。なのに胸の奥から、暗いものがこみ上げる。私とは違う魅力で攻められたら彼はどうするんだろうって、弱ってしまう。守ってあげたくなる感じとか、覚悟決めてからのアタックの強さとかは、私の持ってないもの。どうしても羨ましくなるし、だからこそ受け入れられない。
何様のつもりかも、どんなチョコを作るかも知らない。どうだっていい。ただただ、反撃がしたかった。
――私の彼氏、返してよ!
まだ完全に奪われてはないけど、そう叫びたい。だから手紙を書いた。今日のどこかで、あの子の下駄箱に入れるつもり。
――14日の放課後、体育館の裏に来て。その日天文部ないでしょ。私はあの人の彼女だから、ちゃんと知ってる。じっくり話し合おうね。
そんな宣戦布告を書いた。
大丈夫。手を上げたりはしない。私は優等生だから。彼の知らないところで、穏便に解決しようよ。
☆
あの子はきっと、私の申し出を受けるはず。というか、受けてくれなきゃ困る。バレンタインデーが決戦だ。
……彼の一等星が、今も私でありますように。