第95話 夏休みの終わり
夏休み最終日。かなり忙しなく動き回っていたような気がするこの夏休みも、今日で終わりだ。
今日は特に予定もない。学園の図書室にでも行くか。夏休み明けのモンスター討伐実習に向けて、最近はモンスターに関する本を読んでいる。今日も予習をすることにしよう。
「俺は学園の図書室に行くが」
「ん。ついてく」
「図書室ですか……ついて行きます」
何をするでもなく、俺の部屋でのんびりしていたフォンとティールに声をかければ、ついて行くという返事。この2人は何故俺の部屋にいるのだろうな。別に構わないが。
3人で寮を出る。夏休みは終わりに近づいているが、夏の暑さはまだまだ続く。照り付ける日差しに、あっという間に汗が出始める。
「フォンは大丈夫か?」
「ん。問題ない」
少しずつ髪の色が薄くなってきたフォンの様子を確認するが、特に体調が悪そうにはしていない。嘘ではないだろう。氷のネックレスが守っているのだろうか。
その青みがかった黒い長髪が、いつか輝く青銀に戻った時、フォンは本来あるべき存在の形を取り戻す。その時、人間界で問題なく暮らしていけるのか。夏は暮らし辛かったりするのではないか。そんなことが、少し心配だったりする。
まあ、今から気にすることではないか。
「はわぁ、涼しいですねぇ」
学園の建物内は空調が利いている。玄関をくぐれば、日差しによって温められた体が一気に冷えていくような感覚に、心地良さを覚える。
図書室は1階にある。外部の人間が来ることもある関係でそうなっているのだろうが、いちいち上に行かなくても良いのはありがたい。
図書室の扉を開ける。紙の匂いがするその部屋に入ると、扉の開く音に反応して顔を上げた、1人の人物と目が合った。
「クレイさん。それにフォンさんとティールさんも。お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな。ルーも読書か?」
「んー、半々、ですかね? 自分の作品の執筆がメインです」
そういえば、ルーは物語を書いて本として売っているのだったか。アイリスが興奮した様子で教えてきたのを覚えている。
「クレイさんたちは?」
「俺はモンスター討伐実習の予習にな」
「ついてきた」
「あたしもついて来ました!」
「え、はぁ。ついてきた、んですか」
こんなことを言われれば困惑もするだろう。何しに図書室に来たのか、という問いに、ついてきただけ、だからな。
「あ、それなら、フォンさんとティールさんは時間があるんですよね? 夏休み中の出来事を教えてくれませんか? マーチさんから聞いていますよ、凄い体験をしたって」
「良いよ」
「分かりましたー」
フォンは割と自分の根幹に関わることだろうに、躊躇せずに人に教えるよな。隠す必要がないと思っているなら、自由にすれば良いが。
さて、俺は本を探すか。
「クレイとマーチには苦労をかけた」
「クレイさんもマーチさんも、素直じゃないですけど優しいですからね」
「で、憂いなく人間界に戻って来れた。クレイには感謝してる」
「へえ、精霊ってそういう存在なんですねぇ」
「で、みなさんが助けに来てくれたんです!」
「ふむふむ、よくそんな小さい痕跡を追うことが出来ますねぇ」
「クレイさんが人質はいないって教えてくれたんです!」
「あー、なるほど。むしろ相手の貴族はお気の毒といった感じですねぇ。その状況でクレイさんが言い負かされる姿は想像出来ません」
本を読んでいると、テーブルを挟んだ向かい側から、3人が話している声が聞こえてくる。フォンやティールの話の中で、何度か俺を褒める言葉が聞こえてきて、何だか気恥ずかしい。面と向かって褒められるならともかく、別の誰かに向かって俺を褒める言葉を話す姿は、何も悪いことはしていないはずなのに何となくバツが悪い。
「あの、クレイさん。ちょっと良いですか? すいません、読書中に」
ルーがこちらにも声をかけてきた。読書中とは言うが全く集中出来ていなかったし、もうこの本は閉じて後で読むことにするか。
「どうした?」
「何だか、以前よりも更に優しくなったような気がしまして。何かありました?」
「は? そうか? 別に変わってないと思うが……」
「だって、わたしを助けてくれた時は、何か素直じゃない言い訳してたじゃないですか。気に入らなかっただけ、とか。でも今回に関しては、助けるために助けているように思えたので。特にティールさんの時なんて、わざわざ助けるためにティールさんの故郷まで行ったんですよね?」
「あれは言い訳じゃなくて本心だが……」
そうか。確かに何の疑問も抱かず、当たり前のように助けに向かったな。以前の、それこそ学園入学前の俺なら、考えられない行動かもしれない。これを優しくなったと言うのなら、そうなんだろう。
これについては、理由ははっきりしている。
「大切な、仲間だからな」
そう伝えれば、こちらを向いている3人全員が驚いたように固まった。確かにらしくないことを言ったとは思うが、そこまで驚かなくても良いだろうに。
「クレイさんっ!!」
「うおっ!?」
突然テーブルを跳び越えて、ティールが抱き着いてくる。そして俺の胸に顔を当て、グリグリと擦りつける。
「クレイさんっ! むふー!」
「落ち着け、危ないから。そんなに嬉しかったか?」
「仕方ない。ティールの気持ちはよく分かる。わたしもとても嬉しい気分」
そんなにか。割と普段から大切にしているような気がするんだが。
「クレイはあまりそういうことをはっきり口や態度に出さないから。そうだろうとは思ってるけど、はっきり言ってもらった方が嬉しいもの」
「そういうものか」
表に出さないから分かりづらいなど、フォンに言われたくはないが……。
伝わっているだろうというのは、エゴなのかもしれないな。言葉にして初めて伝わる想いというのもあるのだろう。
「そうですかぁ。じゃあわたしのことは大切ではないということなんですね。ショックですねぇ。クレイさんの班の人たちが羨ましいです」
「そんなわざとらしく……。まあ仲間とは違うが、友人だとは思っている。あの事件の頃とは違ってな。やれる限りは助けてやらんでもない」
「ふふ、やっぱり素直じゃないですねぇ。でも、ありがとうございます。じゃあクレイさんをネタにした物語を書いても良いということで……」
「それは拒否する」
「ええーっ!?」
実際、班の仲間たちと、ルー、レオン、ハイラス。あとはマーチもか。それらの人間は、俺にとって大切であるという認識がある。
学園に入る前にはいなかった、友人という存在。こうして当たり前のように笑って誰かと雑談が出来ることの、何と素晴らしいことか。
もしかして、父が俺を学園に入れたのも、そのため……そんな訳がないか。あの男が実は俺のことを大切に想っているなど、幻想が過ぎる。
その後、結局は取り留めのない話に終始した。本を読むことも出来ず、ただ無意味な話に時間を費やすだけ。
だが、その時間が不必要だとは思わない。こんな何の意味もない時間にも、きっと意味はあるのだろう。そう思えるだけの余裕が出来たのだと思うと、我ながら成長出来ているのではないか、などと感じたりもする。
たとえ卒業時に最優秀班に選ばれ、自由を手に入れたとしても、それを楽しむ余裕がなくては。そうでなければ、せっかく自分の人生を始めてももったいないからな。
ちなみにその後、カレンにも大切に想っていると伝えたら、抱きしめられ、持ち上げられ、グルグルと振り回された。
アイリスには顔を真っ赤にして逃げられ、クルは微笑んで、ありがとうございます、わたしも同じ気持ちですよ、と言っていた。
仲間たちの中で最も大人なのは、クルなのだと確信した。
これにて第3章完結です。




