第94話 開店準備
アイリスとクルが引き取った子供たちや元メイドも連れて、リーナテイスへの帰路につく。魔導列車に乗り込み、外を流れる景色を見送る。
「ティール、良かったのか、あんなにあっさり出てきてしまって」
ハーポルトを出発する際、集まった村人たちに対し、ティールが発したのは一言。行ってきますとだけだ。村人たちの応援を背に堂々と歩き出すティールは、随分大きく感じた。
「はい。あたしがやるべきことは、故郷でのんびりすることではありませんから」
そう感じたのは間違いではないようで、今のティールには自信とやる気が満ちているように思える。一つ事件を乗り越えて、成長したということだろうか。
「もっと強くなって、勉強も頑張って、上を目指すんです。みんなを楽させてあげられるように」
「そうか」
初めて会った頃の、全てに自信がなく、常におどおどしていたティールはもういない。最近は強くなったと感じていたが、もうティールの臆病をフォローしてやる必要もないかもしれないな。
「じゃあ、わたしたちは店の準備をするから、ここで」
「失礼します。皆さん、ついて来て下さい」
リーナテイスの駅で列車を降りると、アイリス、クルがさっさと移動を始める。夏休みもあと少しだからな。出来る限り準備を急ぎたいのだろう。
「店か。あんな小さい子供たちがメインで店を動かすのだろう? そんなことが出来るのだろうか」
「可能不可能で言うなら、可能ではあるだろうな。それがどれだけ苦労することになるかは、俺も分からんが」
「何か出来ることはないんでしょうか?」
「店が形になってきたら、開店前にお試しで客の役をしてやるくらいじゃないか?」
「そうですか……」
「クレイには何か考えがある。違う?」
「そうなんですか?」
考えというか、こういうことに詳しそうな奴に心当たりがあるだけだ。話してみて、引き受けてくれるかは分からない。
「ま、一応はな」
早速調理器具やテーブル、椅子など、一通りの物が届いていたので、店の準備をする。アイリス様があらかじめかき集めてくれていたお陰で、従業員の教育に時間を使うことが出来そうだ。
まさか既にキッチンまで完成しているとは。仕事が早いというレベルではない。王族のコネは伊達ではないということか。
「では、まずは掃除からやっていきましょうか」
「はーい!」
「はい」
この返事の子供らしさも、直してあげた方が良いだろう。それは接客の教育の際にでもまとめてやるとして、まずはしばらく放置されていたこの建物を掃除しなければ。
「どうですか?」
子供たちの中では最年長の、10歳くらいの女の子に声を掛けられる。その子が掃除していた場所を確認すると、端にまだ埃が残っているが、大体は出来ている。
「うん、良い感じだね」
「……本当ですか? お願いします。遠慮しないで、気になるところははっきり指摘してください」
思っていることがバレた? この子は、人の表情を読み取るのが上手いのか。
「あの、分かっているつもりです。あたしたちが何も出来ない子供なんだって。でも、だからこそ、頑張ろうって思ってます。みんな、簡単に投げ出しちゃうような弱い気持ちじゃありません。お願いします。厳しく指導してください」
こちらの様子を、他の子供たちも見ている。その表情は、この子の言葉に嘘がないことを示している。
「……なるほど。本気で指導して欲しいって、そう言うんだね?」
「はいっ!」
実際、遠慮なく厳しく教育して、やっと開店が間に合うかどうか。それくらい時間的余裕はない。なら、この言葉を信じて、やってみよう。
「分かりました。では少しでも気になる部分は指摘していきます。覚悟するように」
「はいっ!」
「まずそこ。端に埃が残っています。部屋の角、テーブルの脚の下、窓枠の隅、細かいところまで気にしなさい」
「は、はいっ!」
「調理方法を全て叩き込みます。見て覚えろ、とは言いません。分からないことは全て質問すること。これくらいで良いだろう、は絶対に許しません」
「はいっ!」
「そのような自信のない声ではいけません。お客様をお出迎えする際は、笑顔ではっきりと。そのような暗い店員に出迎えられたら、二度と訪れたくないと思われますよ」
「はいっ!」
掃除、料理、接客を指導していく。やる気がある子供たちは飲み込みが良いし、元メイドの女性3人は元々能力が高い。最低限は出来るようにするのに、そこまで時間はかからなかった。
店の準備を始めてから5日。流石に完璧とは言い難いが、店として動かすことは出来そうだろうか。そう思い、クレイさんたちに客を引き受けてもらうことにした。
「では、今からお客様をお呼びします。本番のつもりで当たりなさい」
「はいっ!」
その返事を受けて、店の扉を開く。
「では、お願いします」
店の前で待っていたのは、クレイさん、ティールさん、カレンさん、フォンさん。それと何故かマーチさんがいる。
5人が店に入ると、女の子の1人が出迎える。
「いらっしゃいませ!」
大丈夫そうだ。声もはっきりしているし、笑顔も出来ている。
「はい、ストップ」
「え?」
ただいらっしゃいませと言っただけなのに、マーチさんから待ったがかかる。
「ちょっと、なにこれ」
「え、あ、も、申し訳ありません!」
慌てた様子で頭を下げる女の子に対し、マーチさんが手で制す。
「違うわ。あんたじゃなくて。クル!」
「何か問題がありましたか?」
「あのねぇ、地味! 何よこの服。わたしは落ち着いたバーに来た覚えはないんだけど。もっと可愛い服にしなさい。飲食店舐めんじゃないわよ? ただ料理が美味しければ何でも良い訳じゃないんだから」
それから次々とマーチさんによる駄目出しが入る。
「店内も雰囲気暗いわ。テーブルクロス、カーテン、壁、小物、灯り。全部色合いやデザイン考えなさい」
「メニューもなにこれ。こんな○○産○○の○○ソースかけ○○風味みたいな高級感溢れるメニューいらないのよ。どこ向けよ、このメニュー」
「値段高過ぎ。あんたこれどんな高級食材使ってる訳? って全部メニューに書いてあるわね。こんなもん、貴族しか食べないのよ。ここを貴族向けの店にするなら良いけど、そうじゃないんでしょ? もっと安価な材料仕入れなさい」
「美味しいわね。とても美味しいけど、味が繊細過ぎるわね。これも庶民向けじゃないわ。もう少し大雑把で良い。まあこれはこのままでも良いかもしれないけど。庶民向け高級料理風ってことで」
「はい、これくらいかしらね。まあ要するに、客層考えなさいってことよ。現状、貴族向けの落ち着いた高級料理店になってるから。いや、だとしたら接客の仕方が間違ってるから、高級料理店にもなれてないけど」
ことごとく尤もな内容ばかりで、とてもありがたい指摘だ。確かにわたしが学んできたのは城内で通じるもの。それを基準にすれば、貴族向けになるのは必然だった。
メニューは、名前を変えるのはもちろんとして、安い食材に合わせて味付けを変えつつ、内容は現状のままでいくことにする。今から全てを変えても、子供たちも覚えきれないだろう。
制服は急いで新しいものを作らなければ。ここはアイリス様に連絡し、デザインも含めて発注してもらう。それが届くまでは仕方がないので、開店を見送ろう。夏休み中に開店したかったが、流石に無理だ。
あとは店内の模様替えか。この辺りは、元メイドの3人にお願いしよう。彼女らの能力なら可能なはずだ。
「マーチさん、皆さんも、ありがとうございました」
「準備出来たらまた呼びなさい。料理は美味しいし、それに免じてアドバイスくらいはしてあげるわ」
「はい、是非お願いします」
店を出ていく皆さんを見送って、改善を始める。
「流石だな。呼んで良かった」
店を出て、寮へと帰る道を歩きながら、マーチに声をかける。店の経営などに詳しい知り合いといったら、マーチくらいしか思い浮かばなかった。クルの店には成功して欲しいが、俺たちでは建設的な提案をするのは難しかったので、素直に助かった。
「ふん、便利に使ってんじゃないわよ。次に呼ばれる時もあんた一緒に来なさいよ。全部あんたの奢りで食べまくってやるわ」
「その時はわたしも行く」
「もちろんわたしも行くぞ! クルが頑張っているのだ。少しでも協力したい」
「あたしも行きます! 次はもっと安いメニューになってるんですよね?」
恐らく夏休み中に開店することは出来ないだろうが、問題はなさそうだな。接客も料理も出来ていた。今日食べた料理はかなりの高級品だったが、味は間違いなく良かった。クルが指導するなら、材料が安くなったからと言って不味くなったりはしないだろう。材料相応の味にはなるだろうが、間違いなく美味いはずだ。
「これで、クルも前を向ければ良いんだがな」
クルの問題は根深い。物心つく以前からのことだからな。そう簡単に全て解決とはいかない。
あまり表には出さないが、クルが悩んでいることは知っている。ディアン先輩に指摘され、落ち込んでいたのが分かりやすい例だ。
本気を出せないこと。命令がなければ動けないこと。それはクルを縛る過去の鎖だ。
そのせいで、自分が本来やれるはずの活躍が出来ていないため、俺たちに対して罪悪感を抱いている。
そんなことを気にする必要はない。俺たちがそう思っていることなど分かっているだろう。だが、自分を許せない。その気持ちは理解出来る。
だから、クル自身が誰かを助けることで、その罪悪感が少しでも薄れてくれれば。あの店には、そんな期待をしている。アイリスもそのつもりで協力しているのだろう。
「どうにかして、根本的な解決が出来ないものかな」
クルの気持ちの問題ではなく、そもそもとして、本気を出せない状態の解決が出来れば最良なのだが。
いくら考えても妙案が浮かぶことはなく、結局は先送りにするしかなかった。
次話で第3章完結となります。




