第93話 助けたいという想い
クレイさんたちを見送り、館へ引き返す。館に入ると、1人のメイドが出迎えてくれた。
「何か忘れ物ですか?」
「いえ、子供たちを任せる方が来るまで、わたしもここに居たいと思いまして……申し訳ないのですが、しばらくお世話になります」
そう伝えて、子供たちがいる部屋へ向かう。解放されてすぐにはしゃぎ回る元気がある子はいないようで、皆集められた部屋で大人しくしていた。
人数は8人。男の子4人、女の子4人だ。年齢は7~10歳くらいだろうか。倒したモンスターに比べて人数が少ないが、実験に使われてしまったのか、集めた人数が最初から少ないのかは不明だ。
「お姉ちゃんたち、戻ってきたの?」
わたしたちが部屋に入ると、子供たちが寄ってくる。この子たちにとって、この館は恐怖の象徴。そんな中で、助けてくれたわたしたちだけが安心出来る相手なのだろう。
本当は、この子たちと一緒にこの館を出たい。だが、この子たちは弱ってしまっている可能性がある。歩いて森を抜けるのは大変だろう。そういう判断で、クレイさんたちがこの館へ乗り物で迎えを連れてきてくれるまで、このまま待機してもらっている。
「うん。お姉ちゃんたちもここで一緒にお迎えを待つことになったんだ。仲良くしてね」
そう伝えれば、顔には喜びが浮かぶ。残ることにして良かった。
「わたし、お腹空いたわ。ねえ、皆はもうご飯食べた?」
「ううん、まだ。今メイドさんたちが用意してくれてる」
「そう。じゃあわたしたちの分も作ってもらいましょ」
「あ、ならわたしが伝えて……」
「クルはその子たちと遊んでなさい。わたしが伝えてくるわ」
そう言って、わたしの返事も聞かずにさっさと部屋を出て行ってしまうアイリス様。遊んでいろと言われても、この子たちは走り回れる元気はないと思う。何をしようか。
「ねえ、お姉ちゃんは、なんであんなに強いの?」
「え?」
「そうそう、おっきなかいぶつやっつけてた! かっこよかった!」
難しい質問だ。わたしが強い理由は、そのように育てられたからだが、そんなことを正直にこの子たちに教えられる訳がない。
「皆はディルガドール学園って知ってる?」
「しらなーい」
「あ、あたし知ってる! 世界一スゴイ学校!」
「世界一!? スゲー!」
「そうそう、そのスゴイ学校。わたしたちはそこの生徒なんだ」
そうして、ディルガドールでの生活について子供たちに話していく。振り返ると、まだ入学からそう時間が経っていないことを再認識出来る。
この短い期間に、色々なことがあった。もう1年くらい学園で生活しているような気分だが、まだ1学期が終わったところなんだ。
話をしていると、ふと袖が控えめに引っ張られる。そちらを見ると、1人の女の子がわたしの服の袖を掴んでいた。
「どうしたの?」
「お姉ちゃんは、その学校に帰っちゃうの?」
目に涙を溜めて、今にも泣き出しそうなその子の頭を撫でる。
「うん、そうだね。帰っちゃう。でも大丈夫だよ。皆のことは、頼りになる人にお願いするから」
「頼りになんてなんないもん! だって、あたし見たもん! 先生がお金もらって、あたしたちのこと知らない人に渡したんだよ!」
「っ!?」
先生、というのは、もしかして孤児院の先生か? どこかの孤児院の子供たちが、金で売られてここに来ているということか。
だが、そうだとしてどうすれば良い? この子たち全員の面倒を見てあげることなど、わたしには出来ない。どこかの孤児院に預けるしかない。しかし、もしそんなことをしたら、この子たちの心がどうなってしまうか……。
「だったら、店でも作ってそこで住み込みで働かせれば良いのよ」
「え、アイリス様? いくらなんでも……」
いつの間に戻ってきていたのか、部屋に入ってきたアイリス様が無茶苦茶な提案をしてくる。
「ちょうどリーナテイスには立派な建物が空いてるでしょ。あそこ、買い取ってあげるわ。そこで飲食店を開く。料理は、クル。あなたが教えなさい」
立派な建物とは、元イーヴィッド薬品のことだろう。アイリス様なら買い取るのも可能ではある。だからと言って、いきなりこの子たちに店を開かせるなんて無茶に決まっている。
「接客も、掃除も、料理も、全部あなたが教えるの。まあ経営はわたしがやってあげる。それが出来ないなら、この子たちはどこかの孤児院に預けるわ」
それを聞いて、子供たちの表情が歪む。そしてこちらを見て必死に懇願してくる。
「お、お願いします! 頑張りますから!」
「おねがいします!」
こうしてしばらく会話していても。子供たちに疲れた様子はない。日常生活に支障が出るほど弱っている訳ではなさそうだ。
とはいえ、万全の体調とはいかないだろう。そんな子たちに店をやらせようとするなら、休憩の取り方も含めてかなり真剣に教える必要がある。
わたしだって店を持ったことなどない。どこまで教えられる? 失敗したら捨てられると思って、この子たちが必要以上に頑張ってしまうかもしれない。それを止められるか?
不安はいくらでも湧いて出る。逆に、この子たちを受け入れた場合のメリットなどほぼ皆無と言って良いだろう。
だが、この子たちはわたしなんだ。わたしにはアイリス様がいた。では、この子たちは?
「クル、一応言っておくわ。別に失敗するな、なんて言わない。店を開くからと言って、必ず儲けを出せとも言わない。でも、何もしない子供をいくらでも引き取ってくれる、なんて噂を立てられては困るのよ。わたしは姫だからね」
「はい、分かっています」
分かっている。アイリス様は常にわたしに自立を促してくれる。これもその一環なのだろう。もしくは、最近昔のことを思い出す出来事が多いから、気を使われているのかもしれない。
何にせよ、アイリス様の優しさなのは分かっている。何故なら、こうして悩んでみたところで、わたしがこの子たちを投げ出すことが出来ないのは確定しているのだから。
だったら、やれるだけやってみれば良い。最悪の結果になったって、今孤児院に預けるか、店が潰れてから預けるかの違いしかない。
「皆、頑張れる?」
「はいっ!」
「きっと皆が想像している以上に、大変だよ」
「わかってる! ……ううん、わかってないのかもしれないけど、でも、今までより大変なことなんてきっとないから!」
賢い子たちだ。自分たちが世間を知らない子供で、店を開くことがどれだけ大変なのかを理解出来ていないことを理解出来ている。
いや、賢い子だけが生き残っているのか。きっとこの子たちの仲間が何人か、実験に使われて死んでしまっているはず。それを見て泣きわめく子が優先的に実験に使われ、賢い子たちは息をひそめて生き延びた。
恐らくそういうことなのだろう、という予想が出来る。だが、それをわざわざ指摘する意味はない。ただこの子たちを傷つけるだけだ。今は、この子たちに仕事を与え、必死に生きることで嫌なことを忘れさせてあげれば良い。
これからいかに大変になるのか。それが分かった上でやりたいと言うのなら、少なくともこの子たち自身の努力不足で失敗することはなさそうだ。
「じゃあ、やってみようか」
「……! ありがとうございますっ!」
となれば、店を動かす大人も必要だろう。仕事はわたしが教えるとしても、経営はアイリス様がやってくれるとしても、表面上の責任者となる大人は必要だ。
「なら、とりあえずここのメイドを2、3人連れて行きましょうか。どうせ次の仕事は決まっていないでしょうし」
「来てくれますかね?」
「こんな館に雇われるってことは、元々仕事に困っていたはずだし、提案すればほぼ全員が希望してくるんじゃないかしらね」
こんな森の奥の、外との交流もまともになさそうな館だ。確かに、自分から希望して就職してきたとは考えにくい。希望者は多そうだ。2、3人連れて行くことも可能かもしれない。というか、
「アイリス様、この館で働いているメイドは3人だけですよ」
「え、そうだったかしら? たった3人で掃除も料理も洗濯も、もしかしたら買い出しとか庭の世話とかもかしら。それだけ全部やっていたなら、凄く有能じゃない?」
「必要に迫られてだとは思いますけど、確かに優秀な方たちだと思います」
「なら全員雇いましょう。食事の後にでも話しましょうかね」
そこからの話はスムーズに進んだ。
予想通り、メイドたちはこれからどうすれば良いのか分からない状態で、こちらの提案に飛びつく勢いで食いついた。
3人とも20代半ばくらいの若いメイドだ。元々孤児院出身で、孤児院の先生が連れてきたメイドに教わることが出来たため、メイドとしての技能を身に付けていたらしい。
だが、伝手もない状態では雇い主が見つからず、稀にメイドの募集を発見しても孤児院出身という経歴を避けられ、働くことが出来なかったようだ。
無理もない。メイドを雇うのは、貴族か豪商くらいだろう。貴族が雇うのは下級貴族の娘が多いし、豪商は自らの伝手を使って信頼出来る人材を雇うものだ。
その孤児院の先生は何を考えていたんだろうか。もう死んでしまっているそうで、その内心を聞くことは叶わない。
翌日から、メイドや子供たちに、料理や掃除等を教えて迎えを待つ。
「え、美味しい……!」
「うま―!!」
「凄いですね……。使っている食材は同じはずなのに……」
「これでも王城で働いていたので、相応の腕はあります。皆さんにも覚えてもらいますよ」
「王城!?」
そういえば、フォンさんのかき氷は美味しかった。あれも伝授してもらえないだろうか。迎えが来たら聞いてみよう。
そんな生活をすること3日。ネルンダルからの迎えが来た。魔導車が5台、館の前に並ぶ。柔らかい土の地面を通ってきたからか、車体が汚れてしまっている。こんな森の中まで来てもらって申し訳ない。
そこから降りてきたのは、ネルンダルで警備の仕事をしている人が5人。あとは運転手とクレイさんたちだ。
館の前で出迎えて、警備の人たちが中に入っていくのを見送っていると、クレイさんたちがこちらへ来た。
「待たせたな」
「意外と有意義だったわ。もう少しゆっくりでも良かったくらい。あ、クレイ。もしかしたらあなたにも協力してもらうかも」
「協力?」
「そ。ここのメイドや子供たちを雇って店を開くの。わたしが経営するんだけれど、初めてのことだからアドバイスが欲しいのよ」
「は?」
呆れた目をもらってしまった。それも仕方がない。常識外れなことをしている自覚はある。
「あー、この館にいた人間は漏れなく事情聴取を受ける。今回は貴族が関わっているから、街の警備レベルではどうにも出来ないということで、聴取後問題のある人間は王都へ送られることになる」
「ええ、分かっているわ。でも問題がない人たちは聴取後解放されるでしょう?」
「もちろんそうだが……聴取が終わるまでネルンダルで待機することになるぞ。恐らく数日はかかる」
「それくらい良いわよ。何ならクレイたちは先に学園に帰ってくれても大丈夫だし」
アイリス様の話を聞き、クレイさんがわたしの方へ視線を向けてくるので頷きで返す。意思が固そうなのを見て取ったのか、ため息を吐くクレイさん。
「そうしたいと言うなら別に反対はしないがな。身寄りのない子供たちを全員受け入れていたらキリがないぞ」
「はい、分かっています。でも、どうしても放っておけなくて……」
「で、協力か? 俺だって店の経営などやったことも学んだこともないが……いや、そうだな。あいつに頼むか」
そんな話をしていると、移動の準備が終わったようで、警備の人から呼ばれる。やっとこの館を離れられるということで、子供たちの表情も明るい。
ネルンダルに移動して更に3日待機することになった。その間、アイリス様は通信機で連絡を取り、例の建物を買う申請や必要な物の仕入れなど、王女としての伝手を最大限に活用して、広く手をまわしてくれた。
子爵の聴取には時間がかかっているようだが、研究員も含めた他の人たちの聴取は早々に終わり、メイド3人と子供8人は解放された。
もう夏休みはあと一週間しかない。学園が始まれば、わたしたちはあまり店に構っていられなくなる。新学期に入ってからも細かい指示出しはしていくつもりだが、少なくともこの短い期間で、最低限店として動くようにしなければならない。
かなり詰め込むことになるだろうが、従業員となる予定の元メイドや子供たちは大丈夫だろうか。




