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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第3章 休めない夏休み
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第92話 親子の愛情

 館を出発し、ハーポルトへ帰る。その途中、不意にクルが立ち止まった。


「クル? どうしたの?」


「……あの、やっぱりわたし、あの館で待っていても良いですか? 子供たちが心配で……」


 いくら悪人は拘束したとはいえ、メイドたちも子供たちも自由に動くことが出来る以上、何があるかは分からない。最悪、誰かが唆されて拘束を解いてしまう可能性もゼロではない。だから、万全を期すなら、誰かを監視に残すべきではある。

 とはいえ、館に待機して事件の解決まで付き合ってやる必要も義理もない。だからこうして、仲間たち全員で帰路についている訳だが。


 自分から希望して残りたいと言うのなら、話は別だ。


「残りたいと言うなら構わないが……クルだけで残すのは心配だな」


「ま、ここはわたしが残るべきでしょうね」


「気が進まないようなら俺が残っても構わないが」


「良いわよ別に。長くても一週間くらいでしょ」


「申し訳ありません……」


「良いってば。じゃ、わたしたちは館に戻るわ。出来るだけ早く迎えを寄こしなさいよね」


 クルには辛い光景を見せてしまったかもしれない。実験室の檻に囚われていた子供たちを見て、昔の自分と重ねてしまったのだろう。解放されたとはいえ、子供たちが心配になるのも無理はない。

 2人が館に残るのなら、俺たちがいない間に問題を起こされる心配もない。憂いなく事件の報告に向かうことが出来る。


 アイリス、クルと別れ、ハーポルトを目指す。











「何だか久しぶりに帰ってきた気がします」


 ハーポルトに帰ってくるのは3日ぶりかな。学園に入学してから4ヶ月近く故郷を離れていたはずだけど、帰ろうと思えばいつでも帰ることが出来るのと、いつ帰ることが出来るか分からないのとでは、心理的に差があったのかもしれない。たった3日だ、とは言えないくらい長く感じた気がする。



「ティール!!」



「あ、お父さん……」


 ハーポルトの村に着いてすぐ、お父さんが勢いよく駆けてくる。まさか、ずっと村の入り口で待ってたの?


「良かった……本当に良かった……!」


 走ってきた勢いのままにあたしを抱きしめるお父さんの目には、涙が浮かんでいる。子を想う親の気持ちというものがどれほど大きいのかこちらにまで伝わってくるほどに、あたしを抱きしめる腕には力が込められている。


「うん……ゴメンね、お父さん。心配かけて……」


 モンスター退治に出掛ける前から分かっていた。1人では危険だって。結果的にモンスターはあたしだけでも倒せたけど、その後やっぱり1人では対処出来ない事態に陥った訳で、あたしがやったのは無謀なことだったのかもしれない。

 クレイさんがいつも言う通り、最悪を想定して、応援を呼ぶのが正解だったんだろう。


 強くなった気になって、勝手に1人で突っ走って、みんなに心配をかけてしまった。



「ティールは立派にこの村を守りましたよ」



「え? クレイさん?」


 急に何を言い出すんだろう。あたしは結局事件の解決に至ることは出来なかった。館での戦いでも何もしていないし、村を守ったのはあたしじゃないと思う。


「そうなのか?」


「ええ。我々が行ったときには既に10体近くものモンスターが討伐された後でした。もしあれが放置されていたら、この村にも大きな被害が出ていたかもしれない。それをたった1人で討伐し、村の安全を確保したのはティールです。危険なことをしたのは確かですが、褒めてあげてください。立派なことをしたのだと」


「そうか……! 頑張ったな、ティール。えらいぞ」


 あたしを抱きしめていた腕を緩め、頭を撫でるお父さん。



 その時、理解した。



 あたしはただ、褒めて欲しかっただけなんだって。



 過剰なお祝いも、無理をして手に入れた贈り物もいらない。



 ただ、こうやって、えらいぞって、よくやったなって。



 大好きな家族が、褒めてくれれば、それだけで良いんだって。それこそが嬉しいんだって。



「うん……頑張った……あたし、がんばったんだよ……!」



 勝手に声が震え、涙が溢れてきてしまう。しっかりこの気持ちを伝えたいのに。今、あたしはとっても嬉しいんだって、伝えたいのに。



「ああ、よくやったな」



 再び抱きしめてくれるお父さんを、あたしも抱きしめ返して。



 しばらくの間、その場から動くことが出来なかった。







 親子で話したいこともあるだろう。2人をその場に残し、俺たちは村長の家に向かう。流石にもう寝ているかもしれないが、もし起きて待っていたら申し訳ない。一度訪ねるべきだろう。


「ぐすっ……良い光景だったな……!」


「うん」


 カレンが泣いている。ティールがいるから目立たないが、こいつも結構涙もろいよな。


「ほら、村長の家に着いたぞ。泣いていたら何事かと思われるだろう」


「すまん……ちょっと待ってくれ、すぐに落ち着くと思うから……」


 カレンが落ち着くのを待って、村長の家の扉をノックする。


「クレイです。村長、起きていますか?」


 扉の前から声をかける。少しして、扉が開けられた。


「帰ってきたか。……人数が減っているようだが、大丈夫か?」


 気づかわし気に尋ねてくる村長。ティールを助けに行ったら、逆に人数を減らして帰ってきたら心配にもなるか。


「ええ、大丈夫です。問題なくティールの救出には成功しました。顛末を説明しても?」


「ああ、聞かせてくれ」


 家の中に通され、勧められた椅子に腰かける。俺自身は戦った訳でもないのに、歩き回った疲労が全身を重くするが、休みに来たのではない。説明をするべく口を開く。

 恐らく領主が替わることになるだろう今回の事件。その内容は、この村にとっても関わりが深い。包み隠さず、全ての事実を伝えることにする。


「そうか……領主が……。村長として、直接会ったことも何度かある。善人とは言わないが、悪人という感じも受けなかったのだがな」


「そういうものですよ。悪党は、自ら悪党だとは名乗りませんから」


「ああ、そうだな……」


 しばらく考え込むように目を伏せる村長。ややあって、気を取り直したように顔を上げる。


「ともかく、お疲れ様だ。よくやってくれた。本人たちには言い難いが、最悪もう間に合わない可能性も考えていた。だが、君たちのお陰で、大切な仲間が無事帰ってきてくれた。感謝する」


 椅子から立ち上がり、深く頭を下げる村長。人の少ない村だ。村民全員が仲間であるという気持ちが強いのだろう。その姿からは、心から感謝していることが伝わってくる。


「頭を上げてください。ティールは我々にとっても大切な仲間。当然のことをしただけですよ」


「そうか……そうか……! あの子は、良い仲間に恵まれたのだな……。あの子には期待ばかり乗せて、何もしてあげられなかった。あの子にとって良い出会い、良い成長の場となればと思い、ディルガドール行きを手伝ったが……その判断は間違っていなかったようで、安心した」


 ディルガドール学園は、入学さえすれば以降金がかからない。だが、入学前は流石に全て無料とはいかない。

 入試に向けた勉強用品を購入したり、試験のためのリーナテイスまでの移動や宿泊にも金はかかる。あとは、受験料。ほぼ全ての費用を免除してくれるディルガドールでも、入学前の人間の面倒までは見てくれないので、受験料だけは支払わなくてはならない。


 実際のところは分からないが、そういった金の支援を行っていたのかもしれない。


「その期待は裏切らないとお約束しますよ。我々の班は、既に同学年では一番の成績を収めていますから。卒業を楽しみにしていてください」


「それほどか……! はっはっはっ! 負けてはいられんな! いつまでも貧乏に甘んじていては駄目だ! 俺の代で、この村を発展させて見せよう!」


 まるで若返ったかのように快活に笑う村長。実際、あの領主が無能だっただけで、この村は発展の可能性がいくらでも秘められていると思う。頑張って欲しいものだ。


「今すぐに、とはいきませんが、発展の案があります」


「ほう、聞かせてもらえるか?」


「漁ですよ。もっと大規模に漁業を行い、魚介類の流通に食い込みましょう。この村には現在、大型の船がない。しかし、領主が新しくなるのですから、具体的に提案出来れば新事業に金をかけてくれるはずです。例えば……」


 しばらく、この村の展望について村長と語り合った。






「な、なあクレイ。わたしはそろそろ腹が減って限界だ。一度ティールのところに戻らないか……?」


 気づけばずいぶん長い時間話していた。現在、ヴォルスグランはあまり魚介類の流通がない。それは、他の2国と比べて海と接する面積が小さいことが原因だが、大きい漁港がないことも理由として大きい。

 それが改善されれば、他国からの輸入頼りの部分を減らせる。国としてかなり有意義な話だった。そのせいで、夢中になってしまったな。国力はアインミークに押され気味だから、盛り返したいところだ。


「おお、すまんな、長々と。疲れているだろう。もし必要なら、この家に泊まってくれても構わんからな」


「ありがとうございます。では、我々はこれで。もし必要なら、後ほどお世話になります」


「ああ、遠慮なく言ってくれ。今回は助かった。ありがとう」


 村長の家を出て、ティールと別れたところへ戻る。もう家に帰っているかもしれないが、ティールの家の場所を知らないので、その場合は村長の世話になろう。

 そう考えていたのだが、杞憂だったようだ。その場所で、ティールは俺たちを待っていてくれた。


「あ、みなさん! 今回のお礼に、あたしの家でごはん食べてもらいなさいってお父さんが。もう準備出来てるはずなので、ついて来て下さい!」


「おお! ありがたい! 是非ご馳走になろう! な、クレイ?」


「もちろんありがたいが……大丈夫なのか?」


 その日食べるものにも困るというほどでないのは分かっているが、それでもティールの家はあまり裕福ではない。他人に飯を食わせるなど、出来ればやりたくないのが本音なのではないだろうか。


「大丈夫です! 夏休みにあたしが帰ってくるからって、ごちそうを用意する予定だったらしくて。村のみんなの協力もあって、お金の心配はいらないって言ってました! 今日あたしが帰ってくるって信じて準備してくれてたみたいです!」


 なるほど。もともと豪華な食事の用意があったのか。俺たちの分まで用意してくれているのなら、断るのも失礼だな。


「なら、世話になるか」


 ティールの家で、食事をいただく。それは豪華と言っても、ディルガドールで普段口にしている物に比べれば、失礼ながらランクの下がる物だ。

 だが、温かい。家族の食事とは、こういうものなのだろうと思わせてくれる、温かい食事だ。


 食事を終えると、疲労が限界になった。すぐにでも意識を失いそうな状態で、何とかティールの父親に、村長へ断りの伝言を頼むと、そのまま倒れるように眠りに就いた。

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