第8話 留年
「ということがあったんです」
休み2日目。流石に毎日図書室通いもどうかと思っていたら、部屋の前でティールが待ち構えていた。昨日カレンと出会って話したらしい。
部屋に招き入れると、早速とばかりにどんな話をしたのか説明される。なるほどな、騎士らしく、か。
「あ、あとカレンさんの班を抜けた人たちにも話を聞くことが出来ました」
情報収集のために自由に動いてもらっている訳ではないんだがな。要するに、
「カレンは騎士道を重んじている。そしてトレーニングはひたすら気合い、戦闘ではひたすら突撃。なるほどな。そりゃあ人がついてこない訳だ」
例えばここが騎士団で、カレンが隊長、他の生徒たちが部下の騎士だとすれば、カレンのやり方に多少不満があろうとついてくるだろう。騎士である以上騎士道を重んじた生き様は必要だし、実力があるのだから隊長であることにも文句は言えない。
だが、ここは学園だ。気に入らなければ自由に所属を変えることが出来る。誰が好んで無茶苦茶な上司の下に居たいと思うのか。
「それだと俺の班に入ってもらうのは不可能に近いな。俺が騎士らしい戦いなど出来る訳がない」
正確には、騎士らしく戦うだけなら可能だ。仮にもティクライズの家で育ったのだし、それらしい精神や戦い方は教わっている。
だが、それは確定で負けることを意味する。この学園に入学出来るような連中に、正々堂々と戦って勝てる訳がない。カレンに入ってもらうために負け続けては、何のために入ってもらうのか分からない。
「ダメですかー」
「で、本来の目的は達成出来たのか?」
「本来の目的? あ、友達……。えっとー」
露骨に視線があらぬ方向へ行く。ま、難しいか。そう簡単に友人が出来るなら、とっくに出来ているだろうしな。
「朝食、行くか」
「あ、はいっ!」
新しい週が始まる。と言っても、やることは変わらない。
「今日も図書室ですか?」
「ああ。もうしばらくは図書室に行きたい」
「あたしも、ついて行ったらダメですかね……?」
別に俺がティールの成長の手助けをしなければならないという義務はない訳だから、許可しても構わないといえば構わないんだが、
「もう少し、頑張ってみないか?」
「もう少しですか。じゃあ、もう少しだけ……」
人見知りを改善してくれた方が、班員を増やした時に連携がしやすい。ここは頑張って欲しいところだ。ティールから離れ、図書室に向かう。
「クレイ・ティクライズ」
「ん?」
図書室でいつも通り魔法陣の本を探そうと思っていたら、以前急に問題を出してきた女子に本を差し出された。
「これ、オススメ」
「あ、ああ、ありがとう……」
「ん」
受け取って見てみると、禁忌の魔導と書かれている。これ本当に魔法陣の本なのか?
「ん? 何故俺の名前を」
っていないし。もういつも通り本の山に埋もれている。まあせっかくオススメされたんだし、読んでみるか。
やけに難解な本だ。案の定魔法陣についての本ではなく、危険な魔法について様々な記録、考察、事件などが記されている。
一晩で街一つを壊滅させた病を発生させる魔法。
死体を起こし、操る魔法。
魂を傷つけたり、消滅させたりする、魂に関する魔法。
モンスターを興奮させ、周囲の人間を手当たり次第に襲わせる魔法。
何故こんな本をオススメされたのだろうか。もしかして、魔法陣について調べていたのを、様々な魔法について調べていると勘違いされたか?
「どうだった?」
いつの間にか近くに来ていたようだ。読み終わって顔を上げると、すぐそこに例の女子がいた。
「せっかくオススメしてくれたところ悪いが、これは俺が探している本じゃないな」
「そう。内容は理解出来た?」
「まあ概ねはな。流石にこんな魔法を使えと言われても使えないぞ。使えたとしても使わないだろうが」
「ん」
何がしたいんだ、こいつは。全く理解出来んな。
まてよ? そういえばいつも図書室で一人、本を読んでいるな。もしかして孤立しているんじゃないか? 俺みたいな奴の班にも、もしかしたら入ってくれるかもしれない。一度勧誘してみるか。
「そういえば名前を聞いていなかったな。聞いても良いか?」
「フォン・リークライト」
「どこかの班に所属しているか?」
「してない」
よし、案の定と言っては失礼だが、どこの班にも入っていないようだ。図書室は他学年でも利用可能だが、班に所属していないということは同じ1年だろうし、条件は大丈夫だ。
「良かったら、俺の班に入る気はないか?」
「…………?」
キョトンとされた。不思議そうな顔で自分を指さして首をかしげている。そんなに変なことを言ったか? この話の流れなら当然の発言だと思うんだが。
「勧誘してるの? わたしを?」
「そんなにおかしいか?」
「わたしは留年した。班を追い出されて」
「何?」
年上だったのか。この学園で留年するということは、退学にするような悪い成績ではないが、進級条件を満たすことが出来なかったということだ。
悪い成績ではないのに班を追い出されたというのは不可解だな。進級試験近くまでは班を組んでいた訳だし、それならそのままの班で試験を受けた方が他の班員にとっても良さそうなものだが。
「気持ち悪がられた」
「気持ち悪い……?」
全く理解出来ない。常識的な美醜感覚をしていれば、フォンはむしろ整った容姿だと判断されると思うが。そもそも一度は班を組んだんだろ? 何が気持ち悪いというのか。
「そう。班員のことを調べ過ぎた」
「……そんなにか?」
「クレイ・ティクライズ。身長165センチ。体重62キロ。1年3組。部屋番号4303。入試成績学科1000点、実技530点、145位。ティクライズ家次男。ティクライズの剣を習得出来ず、独自の戦闘スタイルを取る。気配を消すのが得意。使用武器はナイフ。魔法は簡単な物しか使用出来ない。一度見た物は忘れない。班員はティール・ロウリューゼ」
冷や汗が出る。俺とフォンの交流なんて、一昨日少し会話した程度だ。何故こんなにも調べられている? 内容自体は大したことはない。この学園にいれば誰でも調べられることだ。だが、調べようと思われること、それ自体が異常だ。どこからこんな興味を持ってくるのか。
「何故俺のことを調べた?」
「気になったから。本の読み方が面白いと思った」
それだけで、か。班員に対しては更に調べたんだろうな。それで気味悪がられて追い出された訳だ。
「戦闘スタイルは?」
「え?」
「フォンの戦い方を聞いている」
「……魔法。でも魔力制御が下手。魔力を全部使ってしまう」
「それでどれだけの魔法が使える?」
「この部屋を氷漬けにするくらいは楽に」
凄まじい。一発限りの必殺技だな。まったく、どうしてこう極端な奴ばかり見つかるんだ。孤立してる奴に声をかけているんだから当然か。
元々フォンが所属していた班は、この一発の魔法が上手く使えずフォンを持て余していたところに、班員を調べ上げられたことで追い出す判断になったんだろう。
だが、俺に言わせれば逆だ。何か極端な特技があった方が、役割が分かりやすくて使いやすい。
「ティールに聞かなければならないが、前向きに検討しよう。俺の班に入る気でいてくれ」
「……良いの?」
「ああ。自重しようとはしてくれよ?」
「ありがとう」
これで二人目。あと3人か。最悪、人数が足りない状態でやっていく覚悟も必要かもしれないな。