第88話 犯人確保
森を更に奥へと進む。地面に足跡はなく、木の皮が僅かに削れているのを頼りに足取りを追う。ティールを抱えた状態で一度も地面に下りずに移動するとは、カレン並に身体能力が高い奴だ。
そのまま1時間も進み続けて、ようやく発見した。
「こんなところに、館、か?」
カレンの言う通り、館と言うのが正しいだろう建造物が現れた。2階建てのレンガ造り。貴族の別荘と言われても違和感のない立派な建物だ。
こんな何もない森の中にポツンと建っているのは異様としか言いようがない。ここだな。
「解析」
門の前に立っている警備に見つからないように、木の陰から解析魔法で建物内の様子を確認する。地下もあるのか。これは……なるほど。
「俺とカレンで2階へ向かう。フォン、アイリス、クルは地下へ行ってくれ」
「地下? 分かれるの?」
「ああ。敵の親玉は恐らく2階の方だが、地下も放置は出来ないだろう。恐らくどちらも戦闘がある。充分に注意してくれ」
建物の構造と、そこにあるものを仲間たちに共有。行動を開始する。
「カレン、クル」
指示を受けた2人が高速で見張りに接近する。
「何、ぐあっ!」
誰何の声を遮り見張りの無力化に成功。もしかしたらこの声が建物の中まで聞こえているかもしれないが、問題ない。中には大した人数はいないからな。
「行くぞ」
全員で建物に突入、二手に分かれる。
廊下を駆け抜け、2階へ向かう。たまにメイドとすれ違うが、戦闘訓練を受けた特殊メイドではなく普通のメイドのようだ。こちらを見て呼び止めようとはしてきても、攻撃はしてこない。無視して通り過ぎる。
「メイドに見られたら主に連絡が行くのではないか?」
「行くだろうな」
「大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない。強敵と戦う用意をしていろ。レオン並に強い可能性もある」
「それほどか、分かった」
2階の中央に位置する一際大きい部屋。相応に豪華に作られた扉が出迎える。躊躇なく両手で扉を開き、そのまま部屋へ突入する。
中は書斎のような部屋だ。壁には本棚が並び、ファイルが収められている。部屋の奥には執務机。その上には書類。
机の前に立っているのは、一人の太った男。年齢は50代ほどか。スーツを着て整った身なりをしているが、その表情は忌々し気に歪められている。
「何者だ! ここがこのわたし、リードクレス伯爵の別荘だと知ってのことか!」
「フッ」
おっと、思わず笑いが出てしまった。面白いことを言うものだからつい。
「何がおかしい!」
「いやいや、そりゃあおかしいでしょう。そもそもリードクレス伯爵などという貴族は存在しないというのもありますがね? あまりに堂々と爵位を騙るものですから。それ、大罪ですが、分かっていますか?」
ねぇ、ヴラトリー子爵
「っ!? い、いや、何を言っている! わたしはリードクレス伯爵だ! 最近伯爵位を賜ったばかりだから、貴様が知らぬだけだろう! 確かにヴラトリー子爵とは懇意にしているが、それとは別の話だ! 罪というのなら、貴様らがこうして我が館に侵入していることこそが罪であろうが!」
「わたしは、クレイ・ティクライズと申します。隣の彼女はカレン・ファレイオル。ここまで言えばお分かりですね?」
「ティクライズ……ファレイオル……! 馬鹿なっ! もうここを嗅ぎ付けてきたと言うのか!」
さて、大分追い詰められてきただろうか。そろそろ切り札を切ろうとする頃合いだな。先に潰すか。
「カレン、天井に潜んでいる奴と遊んで来い」
「承知!」
「っ!? スロフ!」
天井に向かって跳び上がるカレンを迎え撃つように、天井板がズレて一人の男が跳び下りてくる。
「はぁっ!」
「っ!?」
先に跳び上がっていたカレンの方が体勢が有利だ。振り抜かれた剣に吹き飛ばされた男が、窓を突き破って外へと飛んでいく。
それを追ってカレンも窓から飛び出し、戦闘が始まった外とは対照的に室内は静かになった。
「大人しく捕まれば、多少は罪も軽くなるかもしれませんよ」
「何故……何故分かった!」
何の話だろうな。何故ここが分かった、ということか。もしくは何故ヴラトリー子爵が関わっていることが分かったのかということか。まあ後者かな。
「ネルンダルで聞いたんですよ。領主から賊に気をつけるようにというお触れが出ていると。しかしハーポルトではモンスターが出たという。おかしいですね?」
「ふん、なんだそのことか。それなら領民に不安を感じさせないようわざと嘘を伝えたのだ。出ないはずの場所にモンスターが現れたなどと言えば混乱が広まるからな」
なるほど。回りくどい言い方をすると思えば、言質を取られないためか。何故自分が関わっていると分かったのか、と聞けば、自分が関わっていると白状したようなものだからな。曖昧な言い方をすることで、俺が勝手に話し始めた内容に答えただけだと言い訳するのだろう。
腐っても貴族、多少は頭が回る。とはいえ、そちらに気を取られ過ぎて、実質白状しているのに変わりないことに気が付いていないようだが。
「何故ヴラトリー子爵の考えをあなたがご存知なんです? あなたはリードクレス伯爵なのでしょう?」
「っ! そ、それは、懇意にしているヴラトリー子爵から聞いたのだ」
「ほう、まあ良いでしょう。では、何故ヴラトリー子爵はモンスターの話を国に伝えていないのかもご存知ですか? ハーポルトの民からは騎士団の派遣要請が出ているはずですが」
「な、何のことだ? 子爵は間違いなく騎士団の派遣要請を国に出した。断られたのだ」
「ならば何故断られた段階で次の策を打たないのでしょうか。騎士団の派遣を断られたのなら、そのことをハーポルトの民に伝え、代わりにこのような策を講じている、などとして安心させるのが仕事ではありませんか? ハーポルト側は、恐らく騎士団の派遣は断られるだろう、という予想を伝えられたのを最後に何の連絡ももらっていないようですが」
「そ、それは……」
慌て過ぎて頭が回っていないな。この質問に対する答えは、それは子爵が考えることで自分は関係ない、が正解だ。もちろんそんなことを教えてやる訳がない。慌てている内に畳み掛ける。
「この施設も、おかしいですね。どうやら地下にモンスターが収容されているようですが、さて、これでも自分は関係ないなどと言うおつもりですか?」
外から解析した結果、この建物の地下には、人間の子供とモンスターが捕らえられていることが分かっている。何やらごちゃごちゃとした装置も置かれていることから、恐らく人体実験を行っているのだと予想している。
今回のモンスター騒動、この捕らえているモンスターが逃げ出したのが原因だろう。子爵はこのことを隠すために、モンスターについての話を領民に公にしなかったんだ。
「ちぃっ! こうなれば……!」
机の裏に回り込んだ子爵が、そこに隠していた人物を拘束している縄を掴んで立たせ、その首にナイフを突きつける。
「動くんじゃないぞ。動けばこいつを殺す!」
その人物は、
「ク、クレイさん……」
ティールだった。
「……ふむ、誰かは分かりませんが、その子を放しなさい。無関係な子供を傷つけるのは無意味ですよ」
「クククク、無駄だ! 分かっているぞ! こんなにも早くこの場所に駆けつけたのは、このガキを追ってきたからだろう? 何やらコソコソとこの件について嗅ぎまわっていたが、やはりお前たちの関係者か」
ティールが拘束されて机の裏にいるのは分かっていた。どうにかして助けられないかと機を窺っていたんだが、流石にそこまで都合良くはいかないか。
「お前も、大人しくしていろよ。既にハーポルトには部下を送り込んである。わたしが一言指示を出せば、お前の家族も友人も皆殺しに出来るのだからな」
「うぅ……」
ティールならこんな何の力もない男、どうにでも出来ると思っていたが、人質を取られていたか。だが、ハーポルトに部下を送ってある? それは、おかしい。
「ハーポルトに既に部下を送ってあるのですか。それはそれは、用意周到ですね」
「ふん、余裕そうに取り繕っているな。おい! そのまま大人しくしていろ! スロフが戻ってきた時が、お前の最期だ」
「スロフという男が戻ってくるとは思えませんが、まあそれは良いでしょう。ハーポルトに部下を送ってあるというのは本当ですか?」
「ああ、もちろん本当だ」
「いつ、送ったのですか?」
「……え?」
「ですから、いつ、ハーポルトに部下を送ったのですか、と聞いているのですよ。我々がハーポルトに寄った時にはそのような人物はいませんでしたが」
確かにあり得ないとは言わない。ティールがハーポルトの人間なのは分かっているだろうし、人質を取るために部下を送っているのは可能性としてある。ハーポルトを隅々まで見て回った訳ではない。どこかに部下が潜んでいたのを見逃しているのかもしれない。
だが、子爵はついさっきまで慌てていたんだ。まともに頭が回らなくなるくらいに。もし本当にハーポルトに部下を送ってあるなら、最初からティールを人質にして俺の行動を封じれば良かっただけの話。
それをしなかったということは、
「我々がここに来たのは、本当に想定外のはず。それはさっきまでのあなたの慌てようを見れば明らかだ。それなのに、我々への切り札として人質を用意してある? それは、考えにくいですね」
「さ、さっきだ! ついさっきここにいない部下に通信をして、ハーポルトへ行くように命じたのだ! ハーポルトのすぐそばで待機しておくように命じていた部下がいたのだ!」
「ほう。我々が名乗るまで、何者が侵入してきているのかも分かっていなかったのに? この部屋に入ってから通信をしていないのは確実。我々が侵入してからこの部屋に来るまで、1分もないでしょうか。その間に部下に具体的な指示を出していたというのですか?」
もし本当に俺たちが侵入してから通信をしたとして、どこまで部下に伝えられるというのだろうか。
こんな奴らが侵入してきて、ハーポルトの人間を人質にしなければならないから、ハーポルトへ向かえ。そこでどのようにして待機して、どのような指示が来たら、どのような行動をすれば良いのか。全て伝えられるか? 俺たちの正体も分かっていないのに。
「部下を送っている、というの自体が嘘でしょうが、仮に部下がハーポルトに向かっていたとしても、今は人質がいない訳ですね。もし既にハーポルトに着いていたとしても、あなたが部下に指示を出すよりもあなたを無力化する方が速い、という訳だ」
「そ、それなら……!」
「おいガキ! 何を希望を得たような目をしてやがるんだ! 良いのか!? 少しでも抵抗しようとすれば、お前の家族は死ぬんだぞ!?」
「ここで見せしめにハーポルトの住民を何人か殺す指示を出さない時点で嘘確定ですね」
「だ、黙れっ! お前がいくら言葉を重ねようと、人質がいる可能性を完全に否定は出来ん! 万が一を考えれば、このガキは抵抗出来ないんだ!」
確かにそうだ。俺は人質などいないと確信しているが、それをティールが信じられるかどうかは別問題。どれだけ推理の根拠を語ろうが。信じられなければ意味はない。
「あたしは……クレイさんを疑ったりしませんっ!」
自分を縛る縄を力任せに引き千切るティール。
「なっ!?」
ナイフを持つ子爵の手をティールが握る。
「ぎ、あ、ぎゃあああぁぁぁぁっ!?」
「せやぁっ!」
その握りつぶした手を掴んだまま、力任せに子爵を投げ飛ばす。
「ぐ、あ、あ、手が、わたしの手が……!」
投げ飛ばされて床に転がったまま呻いている子爵に近づき、その出ている腹をぶん殴る。
「ぐえっ!?」
なかなかエグイことをするな。ティールの力で殴られた子爵は、完全に伸びている。しばらくは意識が戻らないだろう。
「よくやった。無事か?」
「はい! 助けに来てくれるって信じてました!」
ニコニコと笑って駆け寄ってくるティール。信じていた? ティールからの連絡がないというだけで、わざわざ辺境までティールを探しにきて、この場所を探し当てると信じていたというのか?
実際に来ている俺が言えたことではないが、そんなことをよく信じられるな。
「俺たちが来る根拠なんてなかっただろう」
「いえ、クレイさんは絶対あたしを裏切らないって知ってますから!」
まったく、人質はいないという俺の言葉を疑わなかったことといい、信じ過ぎだな。まあ、俺が裏切らなければ良いだけか。
さて、とりあえず子爵は拘束しておくとして、だ。扉を開けて廊下に顔を出せば、この部屋の様子を窺っていたメイドと目が合う。ちょうど良い。
「ヴラトリー子爵、いや、君たちにはリードクレス伯爵と名乗っているか? まあどちらでも良い。彼には誘拐や違法実験、横領等の疑いがかけられている。現在彼を拘束しているが、これを助けようとした場合、君たちも罪に問われることになる。大人しくしているよう、他の使用人たちにも伝えてくれ」
「あ、は、はい……」
薄々気が付いてはいたのだろう。素直に指示に従うメイド。あとは、地下と外か。地下は問題ないだろう。外だな。
「ティール、外へ行ってカレンの援護をしろ」
「はい! ハンマー取ってきます!」
そう言って部屋を飛び出して行くティール。俺は念のための備えをするか。




