第86話 ハーポルトへ
ティールの性格からして、何か帰ることが出来ない用事があるなら一度通信が繋がるところまで移動して連絡くらい入れてくるはずだ。それもないということは、緊急事態が発生している可能性がある。
既に予定の日から一週間が経過している。流石に異常だ。子供ではないのだから自分で対処出来るだろうということで行動せずに待っていたが、一人ではどうしようもないほどの問題が発生したのだとすれば、助けに向かうべきだろう。
「ティールの故郷に向かおうと思うが、誰かついてくるか?」
そう班員たちに問いかければ、当たり前のように全員ついてくると答えたので、旅支度を整え、魔導列車に乗り込む。まずは列車でネルンダルに向かおう。
ネルンダルに着くまでに時間がかかるため、そこで一泊する必要がある。そこから魔導車の送迎サービスを利用して、ティールの故郷ハーポルトまで3時間といったところか。
「時間がかかるわね……。既にティールが危険かもしれないのに。一週間ものんびり待っているべきじゃなかったんじゃないの?」
「そう慌てても仕方がない。ティールが危険な状態とは限らないんだ。俺たちが出来るのは、何かあったとしても冷静に事態に対処出来るように、体調を万全に整えて向かうことだ」
「そうだけれど……」
「こんなことならティールが帰って来なかった時点で捜索に向かえば良かったな。心配だ……」
「少し予定から遅れたくらいで心配して故郷まで駆けつけたりしたら、子供扱いされたと感じてティールにとっても良くないだろう。明らかに問題が発生していると感じるくらいの期間、今回で言えば一週間経ったから動き出した、と言えば、何も問題が発生していなくてもティールを傷付けることもない」
それらしい建前を言って班員を納得させて落ち着かせようとするが、もし何か危険がある異常事態が発生したのなら一週間は長すぎる。正確には、帰ってくる予定の日より一週間経っているのであって、問題発生から数えたらどれだけ経っているのか分からない。
ティールの状態を知る術がないのだから仕方がなかったと言い訳も出来るが、最悪の事態も想定しなければならないかもしれない。
ネルンダルに着いた。既に暗くなってしまっているため、強行軍でハーポルトに向かうことも出来ない。もどかしい思いを抱えたまま、宿を取って一泊する。
翌日、さっさと朝食を終え、送迎サービスへ向かう。場所は昨日、駅にあった案内板で確認済みだ。
魔導車が何台も並べられた駐車場だ。併設の建物は事務所か何かだろう。もしかしたら建物内に受付があるのかもしれないが、運転手に直接目的地を告げて送ってもらうことも出来る。今は急ぎだ。何よりも時間の節約を考えよう。
初めて利用するので、どの運転手が良いなどは分からない。すぐ近くの車の横に立っている運転手に声をかける。
「ハーポルトに行きたいんだが」
「ハーポルト……ですか……。うーむ」
簡潔に用件を告げると、何やら考え込まれてしまった。イラついた表情をしないように気を付けつつ、尋ねる。
「何か問題が?」
「いえ、あちらの方面で賊が出たなんていう噂がありまして。それがただの噂なら気にせずお送りするところなんですが、領主様から直々に、あちら方面は賊が出るから向かうのを推奨しない、なんて言われてましてね」
賊か。以前リーナテイスを襲撃してきた武装組織のように、近年の賊はやけに強力なことがある。何が目的かは分からないが、かなり危険な存在だ。
もし本当に賊が跋扈しているとしたら、モタモタしている場合じゃない。冗談抜きで命に関わる事態だ。
「推奨しない、ということは、禁止されている訳ではないはず。危険手当として多く金を払うから、連れて行ってもらえないか」
「しかし……」
「もし賊が出たら、俺たちが戦おう。そちらには傷つけさせない。だから、お願いできないか」
どうにか説得出来ないかと条件を追加してみるが、駄目か。表情が行きたくないと語っている。危険がある場所へ行きたくない気持ちは分かるが、時間をかければかけるほどティールが危険だ。既に手遅れかもしれないが、出来る限り急がなくてはならない。
「おい兄ちゃんたち。俺が送ってやるよ」
隣の車の運転手に声をかけられる。サングラスをかけた、厳つい男だ。強面でなかなか客が来なさそうな運転手だな。
「トンヴさん、大丈夫なのか?」
「この兄ちゃんの言う通りだぜ。領主様は別に行くのを禁止はしてない。しかも賊が出たら戦ってくれる上に、ちゃんと危険手当までくれるってんだ。これで断っちゃあ信用を失うぜ」
賊が出るようなところへ行きたくないというのも普通の思考だ。それで信用を失ったりはしないだろう。文句は言えない。
だが、一刻も早くハーポルトへ向かいたい俺たちにとって、この申し出はありがたい。
トンヴというらしい男は、車に乗り込んで言う。
「乗りな。どこへでも連れて行ってやる」
トンヴさんの運転でハーポルトへ向かう。この魔導車は、向かい合わせに10人程度が乗り込むことが出来る座席があり、俺たち5人を乗せても余裕がある。
「あんたらも酔狂だな。こんな時にハーポルトなんて何もない村に行こうってんだから」
こちらに背を向けて運転しながら、トンヴさんが話しかけてくる。
「賊が出るっていうのは本当なの?」
「さあな。俺は見たことない。ただ、領主様が行くのを推奨してないのは事実だぜ。一ヶ月くらい前か。急にあっちは賊が出るからっつってな」
一ヶ月も前からなのか。それだけの期間解決出来ていないとなると、それなりの規模の賊がいそうだな。
「その顔で客は来るの?」
「ハハハハ! 言うねぇ、お嬢ちゃん」
「ちょっとフォン、失礼よ」
「いやいや、良いんだ。俺の顔が客引きに向いてないのは分かってる。だから俺は他の運転手が行きたがらない送迎を積極的に引き受けてるんだからな」
なるほどな。このサービスを経営している人間にとっても、トンヴさんは便利な存在なんだろう。幅広い客の要望に応えられる訳だからな。この人が空いていて助かったな。
何てことのない雑談をしながら、ハーポルトを目指す。
「着いたぜ」
「ありがとう。流石にここで待っていてくれとは言えないから、ネルンダルに戻ってくれて大丈夫だ。もし帰りの護衛役も欲しいというのなら、待っていてくれても良いが」
「いや、大丈夫だ。帰ることにするよ。兄ちゃんたちも気をつけてな」
往復分の金を払い、トンヴさんと別れる。危険の有無は別として、ティールが帰って来られない状態にあるのは間違いないはずなので、この後すぐに引き返すことはない。賊が出ると言われている地域にずっとトンヴさんを引き留めておくのも悪いので、帰りは徒歩か何かで自分たちでどうにかしよう。
「何というか、寂れた村ね。こんな状態を見せられると、領主が横領でもしているんじゃないかと疑いたくなるけれど。こんなの一目見れば疑いをかけて然るべきよ。お父様は何をやっているのかしら」
「落ち着け。領民の生活を豊かにするための事業を行おうとして失敗したから金がない、という可能性もある」
そうは言っても、貧乏だとは聞いていたが、見た目で分かるほどだとはな。壁にヒビが入ったりしている。修繕するだけの金もないのか。
ここは海沿いの村なのだから、漁に力を入れればそれなりに儲けることも出来そうなものだが。領主はそういった事業は行わないのだろうか。それをやろうとして失敗したという可能性もあるか。
「ティールはどこだ?」
村を歩く。人がいないな。これでは誰かに尋ねることも出来ない。どうするか。
「――――」
「ん?」
何か聞こえたか? 耳に意識を集中してみる。
「……ら、お…………!」
「あっちか」
人の声だ。この村は規模が小さいし、誰に聞いてもティールについて教えてもらえそうだ。尋ねてみるとしよう。
近づくにつれて、声が大きく、はっきり聞こえるようになる。すると、その声がただ会話しているだけではないことに気が付いた。
「ねえ、何か言い争ってない?」
「ああ、そのようだ」
怒鳴り声のようなものが聞こえてくる。もし喧嘩でもしているのだとすれば、ティールについて尋ねられる状態ではないかもしれない。様子だけでも確認してみよう。
「だから、俺が探しに行く!」
「落ち着け! お前が行ってどうなる!」
会話が聞き取れるくらいに近くまで来た。どうやら多くの人が集まっていて、その中心で2人の人物が言い争っているようだ。
1人は40歳くらいの男性。もう1人は70近そうな男性だ。
「長はティールのことが心配じゃないのか!? ティールが帰って来なくなってもう3日も経った! あの子は俺たちのために危険を顧みず探索に出たんだぞ!」
「分かっている! だからと言って、お前が探しに行ってどうなる! お前が傷ついたら、ティールが悲しむことくらい分かるだろう!」
「帰って来れなきゃ悲しむことさえ出来ない!」
「お前が行っても何も変わらんと言っているんだ!」
ティールについて知っているようだが、話を聞ける状態じゃないな。内容的に、あまりのんびりしていられないが……少し落ち着いてくれないだろうか。
「自分の子供じゃないからそんなことが言えるんだ! 俺の気持ちが分かるのか!?」
「分かっている! 俺も息子が漁に出て死んだ! お前の気持ちは痛いほど分かる! だが、だからと言ってお前が行っても状況は良くならない! 落ち着いてくれ!」
「くっ……頼むよ……! 妻が病気でいなくなって、妻の分まであの子には愛情を注いできたつもりだ……。あの子までいなくなったら……俺は……!」
ティールの父親と思われる男性が泣き崩れたことで、場が静寂に包まれる。響くのは彼の嗚咽のみ。今なら話しかけることが出来るか。
「すみません、少々よろしいでしょうか」
「……客人か。このような辺境の村に来てくれたことは長として感謝するが、申し訳ない。今は客人の対応が出来る状態ではないんだ。出直してもらえるか」
「我々はディルガドール学園でティールと班を組んでいる者です。ティールについて、話を聞かせてもらえませんか」
そう告げた瞬間、泣き崩れていた男性がバッと勢いよく顔を上げ、俺の肩を掴んで詰め寄ってくる。
「ディルガドールの学生さんか!? 頼む! ティールを……ティールを助けてくれ!」
現状、ティールがいなくなって3日経っているらしいということしか分からない。どのような危険があって、どうしてティールがいなくなったのか、何も分かっていない状態だ。
だが、肩に置かれた手を握り、彼の目を見て頷く。
「任せてください」
ティールが大切なのは、俺たちも同じこと。どんな危険があっても、必ず助ける。




