第85話 周辺探索
この周辺は、海に面している場所は砂浜か岩場になっていて、そこから陸へ開けた平原が広がっている。その平原の所々に森があり、その森を避けるように道が引かれている。
まずは海の方を探索してみよう。その辺りの開けた場所にいるなら遠くからでも発見できる。敵がたくさんいたとしても、囲まれたりする危険は少ない。
広い海を眺めながら、切り立った岩場を歩く。この近くに、漁で使う小舟が繋がれている場所がある。もっと金があれば大きい船で大規模な漁が出来るんだが、って村長がぼやいているのを聞いたことがある。
今まで、海でモンスターが出たという話は一度も聞いたことがない。でも、海にモンスターがいないという保証は出来ないから、漁は人気がないらしい。ハーポルトの人口が少ないのもそのせいなんだとか。
「もっと人が集まれば、貧乏も解決するのかな」
ふと頭に浮かんだ考えが口から出る。でも、そんな簡単にはいかないんだろうな。あたしには分からないけど、そんな簡単に解決するなら村長とか領主様とかが何かやってると思う。
海沿いを歩いて、モンスターを捜索する。
海沿いを歩いて、家に帰って休むという生活を3日ほど続けてみたけど、モンスターも、おかしな物も発見できなかった。多分海沿いは大丈夫だと思う。
今日からは平原を歩いてみよう。流石に全部網羅しようと思うと何ヶ月単位でかかっちゃうから、ザックリとで良い。
本命は森の中だから。
本当は森には入りたくない。一匹一匹は格下なんだから、不意打ちさえ受けなければ怪我の恐れもないはずだから。
でも、モンスターだって食べ物が必要なはず。村を襲っていたのも、畑の作物や人間という食べ物があるからだろうし。モンスターって雑食なのかな。分からないけど。
食べ物は、何もない平原より森に多いだろう。きっと普段は森に住んでいて、たまに外に狩りに出てきてるんじゃないかな。
広い平原を歩く。道を行く人や車も全くなく、森以外は見晴らしが良い。のんびり草を食んでいる牛が所々に見られる。以前はもっといた気がする。モンスターの影響で逃げたり食べられたりして減っているのかもしれない。
牛たちには悪いけど、こうやって牛がいるのだから人間を襲わなくても良いじゃないかって思ったりもする。でも、モンスターにはそんなこと関係ないし、偶然見かけたら人間も襲うくらいするんだろうな。
モンスターが発生している原因も分からないし、闇雲に歩くことしか出来ないのがもどかしい。さっと解決して、みんなを安心させてあげたいんだけど。
「仕方ないかな。気長に探索しよう」
それから数日、平原を歩き続けて、違和感を覚える。
本当に全く車の通りがない。
確かにハーポルトの村は辺境で、特に名産もない田舎村だけど、それでも週にいくらかは隣町との行き来があったはず。たまに魔導車が売り物を積んで来てくれていた。小さい頃はよくお菓子をねだったものだし、最近でも子供たちが同じようにお菓子を要求する光景は何度も目にしている。
モンスターが出たから? それだけで全く行き来がなくなってしまうのだろうか。モンスターが出るかもしれないなんて噂程度で、誰一人来なくなるのはおかしい気がする。
この周辺の道を通れば、ほぼ確実にモンスターに襲われるというほどにモンスターが現れているなら理解出来るけど、あたしがこれだけ歩いているのにモンスターとは一度も遭遇していない。村で退治した3匹以外にはモンスターがいないのではないかと思えるくらいだ。
何が起きているんだろう。ただモンスターが現れたってだけじゃないのかもしれない。
平原を探索して1週間。一度だけまた狼型のモンスターが3匹現れたので退治したが、発生の原因はつかめなかった。
「なあティール。もう充分やったんじゃないか? 一人でそんなに頑張る必要はないだろう。俺も長と一緒に隣町まで行って依頼を受けてくれる人がいないか探してみるから、そろそろ……」
平原の探索をそろそろ切り上げ、森に入ろうと思っていたその日、お父さんに止められた。確かに昨日で10日間探索をしたことになるし、一人でやるには限界があるのも分かっている。
でも、まだやれることが残っている。森に原因がある可能性が一番高いはずだし、今日からの探索で何か成果を上げられる可能性はある。
「ううん、まだ頑張ってみる。今日から森の探索に入るつもりだから、きっと原因を突き止めて見せるよ」
「も、森に入るのか!? あ、危ないだろう。俺も一緒に……」
気持ちは嬉しいし、お父さんがあたしのことを心配しているのも分かっている。でも、流石に足手まといになっちゃうから……。
何て言ったら良いか迷っていると、あたしの気持ちを察したのか、お父さんが口ごもった後、言い直す。
「いや、逆に邪魔になるよな……。分かってはいるんだ。ティールは強くなって帰ってきてくれた。信じて待っててやるのが一番良いって分かってる。でも……心配なんだよ」
「うん……」
子供の頃から、お父さんには裏切られ続けてきた。だから、あたしはあまりお父さんのことが好きじゃなかった。
あたしが全てを諦めるようになったのも、多くはお父さんが原因だし、こうして何の力もないのに頑張ろうとするところ、全く変わってない。
でも、昔から、あたしのことを愛してくれている。
それも、全く変わってない。
クレイさんのお陰で前を向くことが出来るようになって、落ち着いてお父さんのことを見る余裕が生まれた。
お父さんはいつだって、あたしを喜ばせようとして無理をしていたし、今こうして何かやれることはないかって空回っているのも、全部あたしのことを想ってだ。
村のみんなも同じ。あたしのために何かやろうとして空回る。みんな優しくて、でもやれることに限界がある。あたしみたいなよく分からない力を持っている子供にどうやって接したら良いのかが分からなくて、無理して喜ばせようとして、失敗する。
あたしは、みんなに愛されている。
今は、それがちゃんと理解出来るから。
みんなを楽させてあげたい。学園に入る時に目標として掲げたその想い。それはただの建前だった。本当はただ、一度村を離れてみたかっただけ。あたしに構おうとして空回るみんなから離れたかっただけ。
でも、今は。
「大丈夫。あたしを信じて。みんなを助けるために、あたしはこんなに強くなったんだよ」
「ティール……!」
行こう。危険なのは分かってる。それでも、やれることをやらずに待っているだけなんて出来ない。
クレイさんがくれた心の火が、あたしに前を向く力をくれるから。
森に入る。背の高い木が並ぶこの森は、日の光をほとんど葉が遮ってしまって薄暗い。道なんてものはなく、ふわふわの土に踏み込んだ足が沈む。
昨日までの探索とはまるで違う緊張が体を包む。今にも木の陰から襲い掛かられるのではないか、という不安が拭えない。
カサッという音に驚いて勢いよくそちらに体を向ける。しかし何も見つからない。風で葉が擦れたか、小動物でもいたか、多分そんなところだろう。
不安を飲み込んで、何とか足を進める。特にモンスターがいそうな痕跡は見つからない。奥へ奥へと森に踏み込んで、たまに鳴るただの自然音に驚かされながら探索を続ける。
もしモンスターが住処にしている森なら、きっと相応の痕跡があると思う。こうして小動物が普通にいるのが、この森に異常がないという証拠かもしれない。
その日探索した森からは、何も見つけることは出来なかった。
3日ほど、森の探索を続ける。本当は早く学園に帰りたいところだ。きっと予定の日になっても帰ってこないあたしを、クレイさんたちは心配しているだろう。
でも、流石にこの問題を残したまま故郷を離れることは出来ない。しっかり解決して、憂いなく学園に戻りたい。
お父さんの心配そうな視線を背に、再び森に向かう。そろそろ昨日までとは別の森に入ってみよう。
この森も、景色は同じ。背の高い木に、柔らかい土。薄暗い森は静まり返っている。
でも、違いもある。
「これ、足跡かな」
恐らくあの狼型のモンスターのものと思われる足跡が土に残っている。正確には分からないけど、それなりの数だ。3匹程度じゃない。
この森を出入りしているモンスターがいる証拠だ。この足跡を見ながら探索すれば、すぐに成果が出るはず。問題は、モンスター自体を退治しても、発生の原因は分からないということだけど。
足跡があちこちに移動するせいで時間がかかってしまったが、狼型モンスターの群れを発見した。風上に立っていないことを確認して、観察する。
少し木の隙間が空いた開けた場所に、群れで集まっている。数は、見える範囲で10匹。丸まって寝ていたりするけど、こんな何もないところが巣なのかな。
時間がかかったせいで、もう暗くなってきている。今から攻撃を仕掛けるのは流石に危ない。明日にしよう。
足音をたてないように気をつけながら離れる。森の入り口からこの場所まで一直線に来られるように、木に目印を付けておこう。




