第84話 現状確認
「おお……!」
「あの狼が……!」
「ティールじゃないか。これ、ティールがやったのか?」
「これで安全になったのか……?」
「いや、この3匹だけとは限らないぞ」
お父さんに続くように人が集まってくる。みんな見覚えがある顔。ハーポルトの住民たちだ。
「みんな、ただい……」
「ティール! 無事か!? 怪我してないか!?」
みんなに帰ってきた挨拶をしようと思ったら、お父さんに遮られた。スゴイ剣幕で詰め寄ってきて、あたしの肩を掴んで揺さぶってくる。
「あわわ、だ、大丈夫。大丈夫だから、落ち着いてお父さん」
「良かった……。おかえり、ティール。強くなったなぁ」
お父さんが落ち着くと、他のみんなも口々にお礼を言ってくれる。ホッとした顔をしていたり、不安そうな顔をしていたりするけど、この狼に困っていたのかな。
「ただいま。何が起きてるの?」
尋ねると、言って良いのかを悩むようにみんなが顔を見合わせる。やがて意を決したように、一人のお爺さんが進み出てくる。村長だ。もう70近いはずだけど、しっかりと背筋を伸ばして立っている長は、日に焼けた顔をこちらに向けて言った。
「すまない、何が起きているのかは分からんのだ。ここ最近、モンスターがこの周辺に出没するようになってな。我々には対抗する手段がないから、皆隠れていたという訳だ。こいつらを倒してくれて助かったよ。ありがとう、ティール」
うーん、理由は分からないんだ。でも、前線から離れているこの辺りでモンスターが出るなんて絶対おかしい。何か原因があるはず。
「あたし、村の周りを見てくるね」
「待ちなさい。帰ってきたばかりで疲れているだろう。見回りをしてくれるのはありがたいが、今日は休みなさい」
「あ、うん。そうする」
言われて疲労を思い出した。初めてのモンスターとの戦闘での緊張もあり、思ったより体が重い。今日は大人しく休んだ方が良さそう。
「ティール、帰ろう」
「うん」
家はすぐ近くだ。お父さんの後について歩いていくと、1分もしない内に着いた。きっと家に隠れていたところで、外の騒ぎが気になって出てきたんだと思う。だからお父さんが最初に来た。
家に入ろうとして、重りとハンマーを持ったままだと床が抜けかねないことに気が付いた。多分あたし以外に持ち上げられる人はいないだろうし、玄関前に置いておいても大丈夫だろう。
ハンマーを地面に置く。重りを外して、これも地面に置いた。置くとズシンと音がして、一気に体が軽くなる。
「ティ、ティール……? なんだい、この異常に重そうな重りは……」
「うん? これ着けてるとハンマーが振りやすいんだよ。お陰であたしも戦えるようになったんだー」
「そ、そうなのか……」
ハンマーと重りをじっと見つめているお父さんを放置して、家に上がった。小さな石造りの一階建て。入るとホッと安心出来る、久しぶりの家だ。
家に入ると、一気に疲れが押し寄せてきた。思えば、自分を殺しに来る相手と戦ったのは入学してすぐの事件以外では初めてだ。あっさり勝つことが出来たけど、もし何か失敗していたら死んでいたかもしれない。無意識に感じていた命の危険から解放されて、何だか眠くなってきた。今日は寝て休むことにしよう。
翌日。詳しい話を聞くために、村長の家に行こう。
「お父さん、村長のとこ行ってくるね」
「分かった。もし何かお願いされても、嫌なら断って良いんだからな」
「うん、分かってる」
お父さんの心配そうな声を聞きながら、家を出る。すると、家の前が何やら騒がしい。
「スッゲー! 何だこれ!」
「めっちゃ重い!」
「わー!」
子供たちが5人ほど集まっている。7~12歳の子たちだ。最後に見たのは学園に入学した約4ヶ月前だから、そんなに大した時間は経ってないはずなんだけど、何となく大きくなったような気がする。
「あ、姉ちゃん、おはよー!」
「おはよう。何してるの?」
「このハンマー、カッケェな! 姉ちゃんのなんだろ? 振ってみてくれよ!」
あたしが初めて手に入れた自分用の装備だ。褒められるのは嬉しい。
「仕方ないなー。危ないから離れててね」
重りのベルトを体に巻く。そしてハンマーを持ち上げ、振り下ろす。
「おおー!」
振り下ろしたハンマーを跳ね上げる。そこから円を描くように薙ぎ払い、壁にぶつかったかのように急速に反転、逆回転する勢いのままに体ごと回る。
ブオンブオンと音を鳴らしながら、何度も回転。最後に全力で振り上げて、終わり。
「はい、終わりね」
「ええー! もっと見せてくれよ!」
「何か殴ってみて!」
「ダメ。殴ったら壊れちゃうでしょ」
「何か壊せないくらい硬い物殴れば良いじゃん」
「この辺りにあたしが壊せない物なんてないよ」
「おおー、カッケェ!」
何だろう、この気持ち。何だか、くすぐったいような、じわじわと体に染みわたるこの気持ち。
「じゃああたしは村長のとこ行くから、みんな解散」
「ええー」
子供たちのブーイングを背中に聞きながら、村長の家へ向かう。昨日は詳しく聞けなかったから、今何が起きているのかちゃんと聞かないと。
「長、いる?」
「あらあらティールちゃん、久しぶりねぇ。上がって上がって」
村長の家に来た。あたしの家とそう変わらない大きさの一階建て。村の中で最も海に近い家だ。村長は70歳近いけど、まだ現役で漁をしてる。あたしも何度も村長が捕った魚を食べさせてもらったことがある。
呼びかけると奥さんが出てきてくれたので、家に入る。椅子を勧められたので座って待っていると、少しして村長が来た。
「よく来たな、ティール。モンスターのことだな?」
「うん。昨日は何が起きてるのかちゃんと聞けなかったから、詳しく聞こうと思って」
こうして漁に出ずに家にいるのも、多分モンスターのせいだと思う。外に出るといつ襲われるか分からないから、迂闊に漁にも出られないんだろう。
「モンスターが最初に発見されたのは、二週間ほど前のことだ。畑の世話をしようとしたところ、何かが作物を食い荒らしていたところに出くわしたらしい。最初はただの狼だと思ったようだ。狼もこの辺りにはいないはずだがな。だが、顔を上げたそいつと目が合った瞬間、猛然と襲い掛かって来られたことから、モンスターではないか、ということになった」
「その人は大丈夫だったの?」
「ああ。咄嗟に持っていた鍬を投げつけ、奇跡的に撃退に成功した。だが、それからこの周辺でモンスターが見られるようになってな。この村にまともに戦える人間などいない。我々ではどうしようもないということで、ネルンダルまで行って領主様にお願いしてきたんだ。国に騎士団の派遣を要請して欲しいと」
ネルンダルは隣町の名前だ。魔導列車の駅があり、このハーポルトの村と比べると圧倒的に大きい街だ。領主の館もそこにある。
「じゃあもう安心なんだね」
「そうだと良いのだが……」
騎士団が派遣されてくるなら、数匹のモンスターくらい簡単に退治してくれるはず。なのに、村長の顔は暗い。
「何か不安なことがあるの?」
「うーむ……領主様がな。要請はするが、騎士団が派遣されるかどうかは分からないと言っていたのが気になっていてな」
「え、そんな」
「簡単に言えば、騎士団が出てくるほどの案件ではないということだ。モンスターが群れで発生しているとか、あまりに強い個体がいるとか、そういった一般の手には負えない事態でないと、基本的に騎士団は動かない。モンスターを見た、戦える人間がいない、というだけではな……」
そういうものなんだ。騎士団の人たちが暇な訳がないし、仕方がないことなのかもしれない。
「だから民間に依頼を出したいのだが、こちらも簡単なことではない」
「そうなの?」
「あまり多くの報酬を用意出来ないからな。その上こんな辺境まで来なくてはならないとなると、あまり良い条件の依頼ではないんだ。なかなか依頼を受けてくれる者が見つからなくてな。仕方がないので帰ってきたところだったんだ」
ずっと家に引きこもって隠れていたんだと思っていたけど、村長は隣町まで行って色々やっていたみたいだ。それで一昨日帰ってきたばかりらしい。
うん、ちょうど良いと言ったらおかしいけど、良いタイミングだったのかもしれない。
「あたしが退治するよ」
「うむ……それを期待していないと言えば嘘になるが……大丈夫か? 簡単に3匹を退治したのは分かっているが、敵がどれだけいるのかも分からない。一人では危ないのではないか?」
確かに、危なくないとは言えない。全部のモンスターが昨日の狼みたいに弱いとは限らないし、仮に弱かったとしてもたくさんいたら捌き切れないかもしれない。クレイさんがいつも言っている、最悪を想定するのは基本。それに従うのなら、あたし一人でやろうとするのはあまりにも危険だろう。
でも、
「大丈夫。任せて」
ここで見て見ぬふりは、出来ない。




