第82話 帰着
門を通ると、以前と同様に、色のない歪んだ空間に投げ出される。マーチの風に押されて進んでいくと、段々と大きくなっていく光に飲み込まれた。
目を開けると、見慣れた部屋。寮の俺の部屋に戻ってきたようだ。
「んー、帰ってきたわねー。何だかホッとするわ」
「俺の部屋でホッとされても困るが。そういえばフォンは大丈夫なのか? 門を生み出す魔法を使ったのに」
精霊界へ向かう際は、門を生み出す魔法で魔力切れになり、俺がフォンを抱えて門を通った。しかし今は問題なく自分の足で立っている。
「うん。少し精霊に戻ったから、多少魔力が制御出来るようになった」
やはり精霊界にいると、元に戻るのが早いな。人間界でもこれくらいの早さで精霊に戻ってくれれば良いんだが、そうはいかないだろうな。
「とりあえず、切り出した氷をネックレスか何かにしてもらうか。台座にはめ込むような形式で作ってもらえばやれるだろ」
氷自体を加工するのは恐らく不可能だが、氷をそのまま使ってアクセサリーにすれば問題ない。常に身に付けなくてはいけないのだから、身に着けやすい形にした方が良いだろう。
「分かった。フィーリィに行く。……指輪にしたらクレイが填めてくれる?」
「は?」
「……ゴメン、冗談」
「ふっくく……わたしは自分の部屋に戻るわ。じゃあね、結構楽しかったわよ」
そう言ってマーチが部屋を出ていく。楽しかった、か。まあ大変な目にも遭ったが、幻想的な世界を見られたし、興味深い物も多かった。確かに楽しかったかもな。
「じゃあ、俺らは装備品店に行くか」
「うん」
部屋から出ると、ちょうどこちらを見ていた学生と目が合った。すると、何だか気まずそうな顔をして、足早に去って行く。
……忘れていた。マーチのせいで、妙な噂が立っている可能性があるのだった。寮に残っている暇な学生たちの間で情報共有がされていたとしたら、フォンと一緒に食料を買いに行き、大荷物を持ったマーチと部屋に入っていった。その後、何日も出てきていないらしい、などという誤解しか生まない情報が出回っている可能性がある。
だからといって否定して回るという訳にもいかない。甘んじて受け入れるしかないな。直接話しかけてきてくれれば否定出来るというのに。
フィーリィで氷をはめ込むことが出来る台座を作ってもらい、ネックレスにしてもらった。これで常に身に着けておくことが出来るだろう。
それからしばらく、俺の部屋に入り浸るようになったフォンと2人で本を読んだり、トレーニングをしたり、勉強をしたり、たまに訪ねてくるマーチが良いお茶だと言って勝手に部屋に置いて行ったり、一緒に出掛けたりしながら夏休みを過ごす。
マーチにこの周辺で良い風が吹く場所を探したいなどと言われて連れ出され、3人でリーナテイスを出てあちこち歩き回ったりした。
結果、都市を出てすぐの森の中にある湖のほとりが良い風が吹くのを発見した。夏なのに涼しく感じる良い場所だ。特に何をするでもなく、涼しい場所で風に当たりながらのんびりするのも良いだろう。
風に当たっていると、ほんの少しの時間だがエレが実体化したのには驚いた。体を構成するのは自然エネルギーなのだから、エネルギーさえあれば体を形作ることも可能なのだろう。結局はエネルギーを無駄にするだけだということで、すぐにマーチの中に戻っていったが。
そんな平和な時間を過ごして約1週間、そろそろ班員たちが帰ってくる頃か。
予定通り、夏休み開始から2週間ちょうどでアイリスとクルが帰ってきた。
「ただいま。あらフォン、先に帰ってたのね。これ、一応お土産」
「ただいま戻りました」
部屋を訪ねてきたアイリスたちから土産をもらった。王都で買える菓子だ。俺の実家も王都にあるんだが……まあせっかくだし、ありがたくいただくか。
1日遅れて、カレンが帰ってきた。
「ただいまだ。相変わらず父上は過保護というか、娘離れが出来ていないというか。引き留められて帰ってくるのが遅くなったぞ、まったく」
何故こいつらはまるで自分の家であるかのように、当たり前のように俺の部屋に帰ってくるのだろうか。フォン、アイリス、クルが集まっているところにカレンが帰ってきたので、ティール以外は集まっていることになる。
「ちょっとカレン! あんた、少しは気を使いなさいよね!」
「ん? 何がだ?」
「クレイの前で父親と仲が良い話なんてするんじゃないわよ!」
「あっ! いや、そのー、だな……」
「フッ」
おっと、思わず笑いが出てしまった。要らん気を回し過ぎだ。
「仲が良いのは良いことだ。これからも父親を大切にしろよ」
「う、うむ、分かっている。あ、これ、必要ないかとも思ったのだが、一応土産だ」
カレンが土産として、菓子を持ってきた。アイリスが持ってきたのと全く同じ物だ。確かにこれは王都でも有名な一般的土産だが、だからといって被るのか……。
「ああ、まあ、ありがとう。茶でも淹れるか。皆で食べよう」
「あ、お茶ならわたしが淹れるわ」
「そうか? ならせっかくだし頼むか。これ、茶葉だ」
マーチに貰った良い茶葉を棚から取り出してアイリスに渡す。まだ飲んでいないから、どんな茶なのか分からないんだが、元貴族の娘がオススメするのだから良い物だろう。
「へぇ、良い趣味ね。意外だわ。クレイってお茶とか飲まないイメージだった。今までもクレイの部屋に茶葉があるのなんて見たことなかったし」
「まあ間違ってはいないな。その葉も貰い物だし」
「貰い物? あ、先に帰ってきてたフォンのお土産とか?」
「いや……」
正直に言っても良いものだろうか。そんな一瞬の思考に合わせたかのように、部屋の扉がノックされる。
「クレイ、またお茶持ってきてあげたわよ」
「ん? 今の声って……」
狙い澄ましたかのようなタイミングだな。こうなっては誤魔化すことも出来ないので、扉を開けてマーチを迎え入れる。
「ほら、こっちの方が普段お茶を飲みなれてない人には合ってるかと思って。……あら?」
「マーチ・イーヴィッド!?」
「あら、勢揃い。いや、1人いないか。相変わらずあんたの周りは女子だらけねー。ま、お邪魔みたいだし? これ、あげるわ。じゃ」
茶葉だけ俺に手渡して部屋を出ていくマーチ。背中に突き刺さる、説明を要求する視線が痛い。
「フォン、良いか?」
「うん、大丈夫」
許可をもらったので、夏休みに入ってからの出来事を語るとしよう。
「精霊界……本当に行くことが出来るものなのね……」
「精霊、妖精、自然エネルギー。妖精と融合、精霊界にある人工物。論文として発表出来そうな内容ですね」
「炎の精霊や妖精もいるのだろうか。会ってみたいものだな」
炎の精霊か。氷の精霊と同じく数は少なそうだが、火山だと思われる山もあったし、いないことはないだろう。だが、炎の精霊の住処は人間が生きていられる環境とは思えないな。
「で、マーチとしばらく一緒に生活してまんまと絆されたって訳?」
「絆されたというか……そう毛嫌いする必要もないと感じただけだ」
マーチが根っからの悪人ではなさそうだ、という俺の意見に対して、アイリスは懐疑的だ。あの事件以外でマーチと接点がなければ、それも仕方がないだろう。
「ふむ……クレイの部屋に水しかないのを知って、茶葉を持ってきたのだろう? 確かにもし悪人なら、そのようなことはしないのではないか?」
「そんなの印象操作でしょ。クレイが何かと使えそうだから、良い印象を与えようとしているだけよ」
「しかし話を聞く限り、妖精にとても優しく接していたようではないか。それこそ魔力を限界まで絞り出すほどに。とても悪人の行動とは思えんがな」
「クレイやフォンはその場にいなかったんでしょ? マーチが自分で語った話なんて、どこまで信じられるか分からないじゃない」
「だが現実として、妖精と融合してしまっている。マーチの話はある程度信憑性があるはずだ」
「待て待て。ここで言い争っても仕方がない。マーチが悪人かそうでないか、それを決める必要性はないはずだ。極論、これから悪さをしなければ何の問題もないんだからな」
相変わらず意見が合わないカレンとアイリスの言い合いが決着しそうになかったので、強引に切る。マーチは俺たちの仲間という訳ではないのだから、これからそう深く関わったりもしないはずだ。仲間内で喧嘩してまで結論を出す必要がある話題ではない。
「てぃ、ティールさん遅いですねー。そろそろ帰ってきても良い頃だと思うんですが」
クルがやや強引に話題を変える。確かに遅いな。予定ではアイリスたちと同じ日には帰ってくるはずなんだが。まあカレンも遅くなったし、同じように故郷の人たちに引き留められているのかもしれないな。
「ちょっと通信機で連絡してみましょうか……うーん、駄目ね。ティールの故郷には魔力アンテナがないって言ってたし、まだ故郷を出発してないのかもしれないわ」
「そう心配することもあるまい。ティールとて子供ではないのだ。あと数日もすれば帰ってくるだろう」
何かと子供っぽいティールだが、カレンの言う通り子供という訳ではない。明日辺りにでも、列車に乗ったという連絡があるかもしれないな。
だが、ティールが帰ってくるはずの日から1週間が経過しても、連絡はなかった。
作者の仕事の関係で執筆時間が減っています。また、今までなかった夜勤もしなくてはならなくなり、今まで通りの投稿時間を守ることが出来なくなります。
読者の皆様には大変申し訳ないのですが、3月末まで、更新や投稿時間が不規則になってしまうことをご了承ください。4月からは今まで通りの仕事に戻る予定ですので、更新頻度、時間も元に戻せるはずです。
更新を止めることはありませんので、今後とも「盤面支配の暗殺者」をお楽しみいただければ幸いです。




