第74話 悪意の遺跡
通路の壁に扉があったので開けてみる。その中は、何もない部屋が一つあるだけだ。
部屋を出てまた通路を進み、左右に分かれる道があったので、右に行ってみる。その先は、5分ほど歩いたら行き止まりになっていた。何も見つけられず、無意味に時間がかかっただけ。
分かれ道に戻り、左の道を進む。すると、また壁に扉があったので入ってみる。そこにも何もない。
「この遺跡は何のために造られたものなんだ? この部屋も、さっきの分かれ道も、入って来た奴への嫌がらせ以外の意味を見出せないんだが」
「じゃあそうなんじゃないの。知らないけど」
だんだんイライラしてきているマーチが、妖精を連れて先頭を進む。既に1時間は何も発見出来ずに歩かされている。なかなか広そうだ。
「あと3……いや、2時間探索して何も発見できなかったら、一度戻ることにしよう」
「ふん、2時間で戻ることになりそうね。どうせこの部屋にだって何も……ひゃあっ!?」
マーチが再び発見した扉を無造作に開けた瞬間、その部屋の中から風の塊が飛んでくる。それを顔面にぶつけられたマーチは尻もちをついた。
部屋から妖精が出てきて、マーチを見下ろしながらクスクス笑う。そして、風のような速さで遺跡の奥へと飛んで行った。
「……大丈夫か?」
「ふ、ふふ……ふふふふふ、覚えてなさいよ、あのクソ妖精が……!」
床に座り込んだまま俯くマーチから怒気を感じる。ただでさえ何もない道を延々と歩かされてイライラしているのに、あんなイタズラをされれば誰だって怒るだろう。
とはいえ、怒るというのは意外と体力を使う。この先がどうなっているのか分からない遺跡内で、無駄に疲れるのは望ましくない。
「落ち着け。ほら、菓子をやるから」
エネルギー補給用として持ってきていたチョコレートバーを渡す。その包みを乱暴に破り、勢いよくかじりついている内に、少しは落ち着いてきたようだ。
「まったく、この子みたいな可愛らしい子ばかりなら良いのに」
傍を飛んでいる妖精の頭を撫でながらブツブツ文句を言うマーチ。だが、どちらかというとこの妖精の方が異質なのだろう。妖精はイタズラ好きで好奇心旺盛だという話だからな。大人しい妖精の方が珍しいはずだ。
大人しく撫でられている妖精を見る。ふと、何だか様子がおかしいことに気が付いた。
「元々大人しくはあったが、更に動かなくなってないか?」
「え? ……確かに。ねえ、どうしたの? 大丈夫?」
妖精の口がぼそぼそと動く。ここからでは声が聞こえないな。マーチが耳を寄せて妖精の声を聞いている。
「遺跡に入ってから疲れる……? どういうことかしら」
妖精はただマーチの周りを漂っているだけで、何か魔法を行使したりはしていない。疲れるようなことはなかったはず。だとすれば、この遺跡自体が妖精にとって何か良くないものだということになる。だが、先ほどマーチに風を叩きつけた妖精は元気そうだった。何か差があるのか?
「大丈夫だから奥に進もうって」
「妖精自身が大丈夫だと言うなら進むが……本当に大丈夫なんだな?」
「わたしが様子を見ておくから、とりあえず進むわよ。この子もそう言ってるし」
そう言って再び歩き出すマーチ。
瞬間、床が消失する。
「え? あ……」
「マーチ!!」
目の前でマーチが落下していく。慌てて床に開いた穴を覗き込むが、すぐに扉のように開いていた床が戻ってきて、その穴を塞いでしまう。
塞がった床に触れてみるが、開かない。一度しか起動しない罠か。嫌がらせにもほどがあるな。この遺跡を造った人間は相当性格が悪かったようだ。
今まで罠など何もなかったから、油断していた。妖精のイタズラだけに警戒すれば良いと思っていたのに。
どうするか。このまま奥に進むか、引き返すか。この床の下がどうなっているのかが分からない。どちらが正解かの判断材料が少なすぎる。
「行こう」
「……そうだな。どちらかと言えば、そちらの方が可能性が高いか」
この遺跡を造った人間は明らかに性格が悪い。つまり、罠に嵌った人間が入り口に戻されるなどという、優しい展開はないだろう。
この下で即死しているか、迷宮のように入り組んだ道を奥に向かって進まされるか。もしくはどこかの部屋に捕らえられているか。
何であれ、奥に進んだ方が救出出来る可能性は高いと考えられる。進むべきだ。
だが、今まで通りに無警戒に進むのは怖すぎる。罠にかからないように注意する必要がある。いつまで持つか分からないが、解析で罠を探しながら進むしかないな。
「解析」
瞬間、何故妖精が弱っていたのかを理解する。この遺跡、自然エネルギーを吸収していやがる。妖精は自然エネルギーの塊だ。これを吸収されることは、文字通り身を削られるに等しい。弱るのは当然だ。
他の妖精が弱っていなかったのは、単純にエネルギー量の差だろうか。あの大人しい妖精より、元気な妖精の方が、体内のエネルギー量は多そうだ。
とはいえ、時間の問題。あまり長くこの遺跡の中にいると、最悪妖精は消滅してしまう。
「フォンは大丈夫なのか?」
「うん、ちょっとだるいけど、問題ない」
体の大半が人間に近づいているから、少し体が重く感じるくらいで止まっているか。だが逆にそのせいで、エネルギーを吸われていることに気付けなかったのだろう。もし最初から自然エネルギーを吸収されていることに気が付いていたなら、フォンが妖精を止めていたはずだ。
今は考えている場合ではないか。俺の頭痛が酷くなる前に、出来る限り進もう。
落下していく。急に足元の感覚がなくなり落下を始めたので慌ててしまったが、喚いている場合ではない。すぐに風魔法を発動、空中で跳び上がって脱出しようとするが、それを許さないと言わんばかりに目の前で穴が閉まっていく。
「チッ、風弾!」
閉まった天井を魔法で破壊しようとするが、傷も付かない。この遺跡、もしかして丸ごと魔法強化でもされているの?
仕方がないので、そのまま落下。風で勢いを殺して、ゆっくりと足から着地する。
周囲は何もない部屋だ。さっきまで通路を歩いていた時にたまにあったのと同じような部屋。扉が一つあり、その先はきっとまた通路だろう。
「最悪ね」
思わず呟きが漏れる。それを聞いていたのか、
「ごめんね、まーち。えれのせいで」
風の妖精、エレに謝られる。この遺跡の探索をお願いしたのは自分だから、責任を感じているようだ。蜜をもらう交換条件なのだから、立場は対等なのだけど、この子は優しいみたいだし、気になるわよね。
「大丈夫よ。それよりエレは大丈夫?」
「うん、ちょっとつかれるだけ」
常に浮遊している妖精が、床に穴が開く罠にかかる訳がない。どうやらわたしについて来てしまったようだ。ただでさえこの遺跡は妖精に良くなさそうだというのに、脱出までどれだけ時間がかかるか分からない場所に連れてきてしまった。
急いだ方が良さそう。
「行きましょう」
扉を開けて通路に出る。予想通り、さっきまでと何も変わらない暗い通路がどこまでも続く。頭がおかしくなりそうね。
ふと、出てきた扉の横の壁に、何かパネルのような物が貼り付けてあるのに気が付く。
迷路見取り図
そのパネルにはそんなことが書かれていて、実際に迷路のような絵が描かれている。かなり大きい迷路だ。ご丁寧に現在位置に印が付けてある。
「何よこれ。わざわざ全体図が用意されているなんて、迷路の意味が……いや」
その迷路の出口を探して、現在地から迷路の通路を指でなぞっていくと、出口がないことに気が付いた。全てが壁で囲われていて、出口と思われる場所が存在しない。
階段でもあるのか。だが、階段のような絵は描かれていない。
まさか、完全に閉じ込められた……?
わざわざ見取り図を用意して、それを分かりやすく伝えてきた? 嫌がらせのために? どれだけ性格が悪いのか。
だとしたらこの迷路は、もしかしたらどこかに出口が隠されているかも、という希望を持たせて歩き回らせるための、嫌がらせ目的の施設。
それが分かっていても、迷路を進むしかない。出口を探さなければ、このままここで朽ち果てるだけだ。
冗談じゃない。今までの人生でずっと求めてきた自由を、やっと手に入れられるかもしれない、というところまで来たのに、こんなところで死んでたまるか。
「まーち、だいじょうぶ?」
「大丈夫よ。ええ、大丈夫。絶対に脱出して見せる」
エレに心配されるほど顔色が悪かったようだ。今からそんな諦めに満ちた顔をしていては、脱出など出来はしない。
両手で頬を叩いて気合いを入れる。大丈夫だ。
「じゃあ、行くわよ」
見取り図を一通りメモして、迷路へと足を踏み入れた。




