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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第3章 休めない夏休み
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第71話 フォルの想い

「何じゃと……?」


 オルさんの家に上がり、話をする。最初は人間界での思い出を語ってもらえると思って笑顔だったオルさんだが、フォンが数日後には人間界に戻ることを伝えると、その表情がこわばった。


「何故……何故じゃ!? フォン、分かったじゃろう! 人間界はワシらが生きることが出来るように創られておらん!」


「でも、わたしは」


「そもそもおぬしは精霊がどういう存在なのかが分かっておらん! 精霊とは自然の調律者。それぞれがそれぞれの領域に存在するという、それそのものが大切な役目なんじゃ」


 精霊たちは、自分の領域を出ない。それは、領域外に出ると存在が書き換わってしまうというのもあるが、そもそも領域に精霊がいるという事実が大切らしい。


 精霊界は、人間界と壁一枚を隔てた身近な世界だ。そこに存在する自然の化身たる精霊が、ただのんびりと過ごしていること。それによって、人間界の自然はバランスを保っている。

 もし精霊たちが自分の領域を飛び出してバラバラに活動を始めたら、人間界の自然はたちまち崩壊するという。例えば、火山から水が噴き出し、樹木が鉱物のようになり、風は家々を燃やし、海から雷が昇っていく。そんなことになりかねないらしい。


「単体の移動で自然に影響が出たりする訳ではないが、好き勝手に動き回るのは精霊という存在の意味と相反する行いじゃ。分かっておくれ、フォン」


「むぅ……」


 精霊という存在がどういうものなのかは分かった。その役目を考えれば、確かに外へ出ていく行為は歓迎し難いだろう。だが、フォンにそれを受け入れろと言うのも酷である。それもまた事実。


「あの……」



「オルさん! 大変だ!」



 俺が口を開いた、ちょうどその時。家の外から大声でオルさんを呼ぶ男性の声が聞こえてきた。


「何事じゃ」


「フォルがヤバい! フォンの家まで来てくれ!」


「まさか……いかん! フォン、話は後じゃ!」


 それだけ言って、家を飛び出して行ってしまうオルさん。フォルが? 何があったと言うんだ。


「俺たちも行ってみるか」


「うん」


「わたし、本当に何しに来たのかしら……」


 再びフォンの家に向かう。




 フォンの家の周りには、精霊たちが集まっていた。


「何があったの?」


「あ、フォン! 本当に帰って来てたんだな。フォンが帰って来てるって聞いて、皆こうして集まってたんだが、そしたら……」


「家の中に入っていった奴が大慌てで飛び出して来て、フォルが倒れてるって。だからオルさんを呼んだんだよ」


「そんな……フォル!」


 家の中へ走っていくフォンについて行く。

 倒れていた? フォルがか? さっき元気そうに会話したばかりだろう。調子が悪い様子など全くなかったように思えたが。


「ふーん。やっぱり本調子じゃなかったのね。何か隠してそうだなとは思ってたけど」


「マーチ、気づいてたのか」


「まあ演技に関してはね。家でかなり仕込まれたから」


 迷いなく奥の部屋に入っていくフォンを追いかけて部屋に入る。そこには、寝かされたフォルと、その世話をする女性、そしてその傍らに立つオルさんがいた。


「フォン、来たか」


「何があったの!」


「うむ……少し場所を変えるか。フォルのことを頼むぞ」


「はい」


 女性にフォルの世話を任せ、移動するオルさんについて行く。確かに、調子を崩して寝ている隣で話をするべきではない。

 最初にこの家に来た際、フォルと話をした部屋に入る。氷の椅子に座り、テーブルを挟んでオルさんと向かい合った。


「さて……どこから話すべきか。フォルはな、フォンがここを出て行ってからずっとこの家で待っておった。フォンが帰ってくるのをな。いつ帰ってくるのかも分からない相手を待つのは辛かったのじゃろう。少しずつ体調を崩していったんじゃよ」


「わたしの……せいで……?」


「だから、本当はあまり動かない方が良い状態だったんじゃが、フォンが帰ってきて嬉しかったんじゃろう。調子が悪いのを隠してはしゃいでおったんじゃろうな」


 確かに嬉しそうではあったが、そこまで喜んでいたのか。口調も動作ものんびりしていたから、傍から見ていても分からなかった。


「魔力を使用した形跡があった。恐らくそれが止めじゃろう。完全に体調を崩してしまった。しばらくすれば良くはなるじゃろうが……完全回復には相当な時間がかかるじゃろうな。疲労でエネルギーの消費も多いようじゃし」


「あの水……そんな無理をしてまで、わざわざ用意したの……?」


「水か。魔力を使って生成したんじゃな。フォンの友達を歓迎したかったんじゃろうよ」


「フォル……」


 あの氷点下水のことか。当たり前のように差し出されたから全く気にしていなかったが、俺たちを歓迎するために無理をして用意した物だったのか。

 それほどまでに、フォンが帰ってきたことが嬉しかったのだろう。しかしフォンは、帰ってきた訳ではない、とはっきり言ってしまった。知らなかったのだから仕方がないのだが、恐らくかなりのショックを受けただろう。


「妖精の蜜を取ってくる」


「何じゃと? フォン、お前……。いや、確かに今のお前なら行けなくはないじゃろうが……」


「それは?」


「この領域を出て少し行ったところにある森に、妖精が住んでるらしい。その蜜は自然エネルギーの塊だから、精霊の体調を治すのに最適」


 この領域を出なければならないのか。それでは精霊たちには取りに行くのが難しいだろうな。今のフォンなら、というのは、人間に近づいているフォンなら、この領域を出て蜜を取りに行くことが出来るだろう、という意味か。


「では行くか」


「クレイ、手伝ってくれるの?」


「俺が飲んだあの水が、フォルが体調を崩す原因になったんだろう? なら、責任の一端は俺にもある。流石に無視は出来ん」


 人間の俺なら、この領域を出ることに何の問題もないしな。むしろ氷ばかりのここよりも、森の方が快適かもしれないくらいだ。


「お前はどうする?」


「……はぁ、仕方ないわねぇ。クレイの言う通り、わたしも水を飲んじゃったし、行くだけ行ってあげるわよ。まったく、何でわたしが人助けみたいなことしなきゃいけないのよ」


「無理について来いとは言わんぞ」


「せっかくついて行ってあげるって言ってるんだから拒否するんじゃないわよ!」


「ありがとう」


「ワシからも頼みます、クレイ殿、マーチ殿。ワシらはこの領域から出たことがないので、外がどうなっているのか詳しくは分からんのです。どうかフォンを手伝ってやってくだされ」


 出発の前に、妖精というものについて詳しく話を聞く。


 オルさんやフォンによると妖精というのは、身長30センチほどの人型で、自然エネルギーの塊らしい。稀に領域に遊びに来る時に目にすることが出来るらしいが、どうやら人間を小さくして翅を生やしたような見た目をしているとのこと。

 自然エネルギーを固めて蜜にして保管する習性がある。その蜜は、妖精たちにとって菓子のような物のようだ。

 性格はイタズラ好きで好奇心旺盛。そのため、蜜をくれと言っても素直に渡してくれるとは限らない。精霊ほどではないが、強力な魔法が使えるので注意が必要。

 思考能力は子供と変わらない。合理的に頼みをしても、聞き入れてくれるかは分からない、と。


 なるほどな。イタズラ好き、というのがどのレベルかによって話も変わりそうだな。もしかしたら、遊びに付き合ってやれば、気に入られて蜜を分けてくれるかもしれない。

 どうやら命に関わるような危険はなさそうだし、さっさと行って蜜をもらい、フォルを助けるとしよう。


 念のため食料を1日分持って、氷の領域を出発した。

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