第6話 解散の理由
「なあ、お前ら付き合ってんの?」
「は?」
模擬戦で初の勝利を得た翌日。教室でハイラスにそんなことを言われた。
「いや、だってさぁ……」
そう言いながらハイラスが座っているのとは逆の隣に目を向けるので、つられてそっちを見れば、ティールが座っている。
「班組んでからずっと一緒じゃん。朝も一緒に教室入ってくるし、それからもずっと一緒に行動しているだろ? 昼飯もさ。で、一緒に帰ってるじゃん。お前らいつ離れてるの?」
朝、朝食に行こうと階段を下りると、いつもティールが待っている。それからは別に離れる必要も感じないから、ティールがついてくるのをわざわざ遠ざけたりはしない。
とはいえ確かに、あまりにも行動を共にし過ぎているな。
「ティール、どうして朝いつも俺を待っているんだ?」
「え? 班員は一緒に行動するものじゃないんですか?」
「別に行動を共にしなければならないという規則はないぞ」
「ほえー……」
最近分かってきた。ティールのこれは、分かっていないんじゃなくて、頭の中で整理しているんだ。その思考中、目が虚空を見つめるせいで、ボーっとしているように見える。
「だから毎朝待っている必要はないし、一緒に登校する必要も、昼食を共にする必要もない。放課後は班でのトレーニングをするから集まってもらうが、他の時間は自由にしていて大丈夫だ」
「わかりました」
「いや、従順か!? 何かもう使用人みたいだな……」
初めて模擬戦をやったときは大分嫌がっていたし、別に従順ってことはないと思うが。
「でも……」
「ん?」
「あの、お昼は一緒でも良いですか?」
「ああ、一緒に食べたいなら別に構わないが」
「良かった。一人で食べるのは寂しいですからね」
それは、俺と一緒ではなかったら一人で食べるということか? もしかして……
「俺以外に友人はいないのか?」
「アハハ、あたしみたいな田舎者に友達なんていませんよ……」
まさか、俺が常に一緒にいるせいでティールの俺以外との交友関係を断ってしまっているのでは?
「すぅー……ハイラス、お前の言うことは正しいようだ……」
「おう、俺も予想外だが、これは問題かもしれん」
ちょうど良い。調べたいことがあってしばらく図書室に入り浸ろうかと思っていたところだ。
「ティール、放課後はトレーニングと言ったばかりだが、少しの間俺は調べ物に専念するから、自由にしていて良いぞ。誰か俺以外にも話しかけて友人を作ってみると良い」
「……え?」
今のティールに必要なのは、肉体を鍛えるトレーニングよりも精神を鍛えることだ。もしかしたら友人が出来れば良い方向に作用するかもしれない。
「その、自由っていうのは、あたし一人で行動しろってことですか?」
「ああ。約束したから昼食は一緒にするか。でもそれ以外では別の誰かと交流を持ってみろ。それはきっとこれからの人生においても大切なことだ」
これから一生俺と一緒という訳にもいかないだろう。ティールが生きていくためにも、精神的に成長するためにも、友人は必要になる。
早い段階で気づけて良かった。ハイラスのふざけた話題にも感謝だな。
「うう……わかりました……」
放課後。まるで見捨てられるかのような悲し気な顔で見てくるティールを放置し、図書室に向かう。
調べたいことというのは、魔法陣だ。あまり魔法が得意ではない俺でも、魔法陣なら様々な魔法を扱うことが出来る。設置型の罠として活用できる魔法陣は、多くの種類を知っていればそれだけ幅広い武器となる。
ティクライズの家でもそれなりの蔵書はあったが、そもそも魔法を主な武器とする家ではないので、大した物はなかった。俺でも魔法陣ではなく通常通りの発動方法で扱える程度の物ばかりだ。
だが、この学園の図書室はかなり大きい。外部の人間が申請して閲覧に来るほどだ。これを自由に活用出来るのだから、使わない手はないだろう。
図書室の扉を開き、中に入る。壁一面に本が詰められ、壁以外も本棚が一目では数えきれないほどに並び、梯子を登らなければ届かないようなところまでギッシリと本が入っている。
圧倒される蔵書量だ。この中から目的の本を見つけるのは、それだけで骨が折れそうだな。
種類別に整理された本棚から、魔法関連の棚を発見。その中で、魔法陣図鑑なる物を見つけたので、まずはこれを読んでみることにしよう。
本棚から抜き取り、本を閲覧するためのテーブルが並べられた区画に向かう。静かに本を読んでいる生徒が数人、その中でも、山ほど本を並べている女子生徒が気になったが、流石にいきなり声をかけるほどではないので、大人しく座って図鑑を読むことにする。
まずは流し読み。パラパラとページを進め、概要を把握。有用そうな物を一通り覚える。
その後、覚えたページを開き、もう一度じっくり読む。流石、図鑑と名乗るだけあり、その種類は膨大だ。
基本の炎や水柱が噴き上がる物、地面に穴が開く物、魔法陣が回転し上下を入れ替える物、魔法陣に乗った者を勢い良く打ち上げる物、近くにいる者を縛り付ける鎖を放つ物。
面白いな。いくらでも応用が利きそうな物がたくさんだ。
魔法陣はあらかじめ用意しておく必要がある。紙に書いて持ち歩いても良いが、紙に書いた魔法陣を手に持って、相手に向けて発動するのでは意味がない。結局はただ魔法の発動が遅くなっただけになるからな。
その真価は、やはり罠として設置した時に発揮されるだろう。問題はどうやって戦闘フィールドに魔法陣を設置するか、だ。紙に描いて持ち運ぶにしろ、地面に描くにしろ、敵の目の前で設置しても意味はない。見られずに設置するにはどうすれば良いだろうか。
よし、この図鑑は覚えた。使えるかは別として、内容は覚えたので、もし相手が使ってきても何の魔法が発動するのか一目でわかる。
この図鑑以外にも魔法陣についての本が色々ある。今日中に全て読むのは、流し読みでも流石に不可能だな。ティールには悪いが、しばらくは図書室通いになりそうだ。
何冊か抜き取ってまとめて読むか。これと……これも有用そうだな。あとは……お、転写魔法? 魔法陣ではないが、もしかしたら使えるんじゃないか? これも読んでみるか。
うう、どうしよう。友達を作れって言われても……。
そもそもクレイさんだってそんなに友達が多いようには見えない。ハイラスさんとよく話してるけど、他の人と話しているところをほとんど見ない。
だったらあたしだって友達を作らなくても良いんじゃ……?
でもなぁ、確かに友達は欲しい。休み時間に教室で集まって女の子同士で楽しそうに話しているのを見ると、羨ましく思ったりもする。
せっかくクレイさんが時間をくれたんだし、ここは勇気を出して……
「はぁ、それにしても、カレンさんがあんな人だったなんて」
「ねー。学年トップも目指せる人だと思ってたのに」
「流石にあの班じゃやってけないから抜けたが、班どうする? 俺らで組むか?」
「んー、わたしパス。別のクラスで探すわ」
あの人たち、カレンさんの班から抜けた人たちかな。昨日のカレンさんの様子、辛そうだった。話を聞けば班を抜けた理由を教えてくれるかな。
「あ、あ、あの、すいません……」
「ん? 何この子」
「ほら、あれだよ。ティクライズの」
「ああー、いつも後ろをちょこちょこついてってた子か。何か用?」
「あ、あの、あの、カレンさんの班を……」
うう、上手く言葉が出ない。どうやって言えば良いんだろう。そもそもいきなり話しかけて失礼だったんじゃないかな。えっと、えっと……
「もしかしてカレンさんの班に入りたいの? 止めといた方が良いよ」
「! どうして、ですか?」
「トレーニングはとにかく気合い。すっごいキツくて大変。大変なのは良いけど、気合いばっかりなのはちょっとね……」
「昨日は模擬戦もやったけど、カレンさん一人でどんどん突撃して俺らは置いてかれちまった。全く連携出来なかった。いくらカレンさん本人が強いとはいえ、あれじゃあ流石にな」
「だから模擬戦の後で班を抜けたって訳。カレンさんが強いのは間違いないし、これでも班に入りたいなら止めないけど、オススメはしないかな。じゃあわたしらは帰るから」
「ほえー……」
そう言って教室を出ていくカレンさんの元班員の人たち。そっか、カレンさんは問題がある人なんだ。
うーん、でもあたしだって問題ばっかりだけどクレイさんは受け入れてくれたし、カレンさんも大丈夫かもしれない。やっぱり声をかけてみよう。
カレンさんが班に入ってくれれば、きっと友達にもなれるし、班も強くなるし、良いこといっぱい! 頑張ろう!