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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第2章 頂点を取りに
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第65話 時の支配者

 試合開始の合図がされると同時、駆け出す。目指すは昨日の試合と同様、フィールド中央の平原だ。

 会長の班は、基本的な1対1の形式を好む。つまり、全員で平原まで進んでくる。まずはそこで、会長と他のメンバーを引き離さなければならない。

 会長は恐らくカレンに向かってくるだろう。あの人は、相手の最強を真っ先に潰しに来る。1人だけやや突出して進行してくる、そこが狙い目。


「ティール、打ち込め」


 ティールの球体打ちで、会長を狙う。それは魔法を使うまでもなく、軽く剣で弾き落とされる。

 フォンを抱えたカレンを走らせる。もちろん会長はそちらに向かおうとするが、その行先に雷。本人の頭上にも、周囲全体にも雷。

 それもまた、魔法を使うまでもなく剣で弾かれる。カレンでもあそこまで簡単に雷を弾いたりは出来ない。やはり、魔法だけでなく全体的な性能が異常に高いな。


解析(アナライズ)


 さて、本番だ。進行方向にひたすら雷を落とされれば、流石にこちらを先に落とそうという判断になる。カレン、フォンも他のメンバーにぶつかることが出来たようだ。カレンが炎剣を振り回し、放たれる炎が壁のように相手の進路を遮断している。

 相手にとって、この状況が避けるべきものならこんなに簡単には進まない。会長はどんな状況でも大丈夫。班員たちもカレン、フォンの2人だけに負けるほど柔じゃない。だから、無理して状況を変える必要がない。

 そう思ってくれているのだろう。


 状況は整った。集中しろ。俺の先読み精度をどこまで高められるかにかかっている。


 会長の情報を取得。重心の移動を確認、前進してくる。その行先は、クルだ。一歩右に踏み込み、すぐ左に切り返して来る。

 目線、踏み込み、周辺状況、魔力の高まり、ここだっ!


転写(トランスファー)!」


 会長とクルの間に魔法陣を展開、時を止めて剣を振るっても、時間が動き出した瞬間に足元から魔法が放たれるように調整する。

 クルを落とすのと引き換えに、会長が倒されては差し引きマイナスだ。だから、ここは回避を選択してくれるはず。


 更にアイリスの雷魔法をばら撒き、自由な行動を阻害し続ける。一瞬も足を止めさせない。それと、こちらへの攻撃は通さない。これで会長は封じることが出来るはずだ。







 雷が降ってくる。それを斬り裂いて、進む。クレイ君、ティールさん、クルさん、アイリスさん。この中で最も強いのは、クルさんか。

 軽くフェイントを入れながら距離を詰め、後一歩で剣の間合いというところで、発動。


「時剣・虚斬り」


 相手が止まり、仲間が止まり、世界が止まり、しかしわたしだけは動き続ける。静寂が支配する空間を一歩踏み込み、


 足元に魔法陣があることに気がつく。


 流石、というべきか。魔法発動タイミングも、わたしがどのような動きでクルさんに斬りかかるかも、全て読まれている。

 このままクルさんを斬れば、魔法陣の上にいる状態で時止めの魔法の効果が切れることになる。その瞬間、魔法陣からわたしの意識を奪う魔法が飛び出してくるのだろう。


 確かに、これでは攻撃出来ない。頭上から雷が降ってきているのも確認している。ここは一度退かざるを得ない。

 ここまで完璧に対策を取られたのは初めてだ。生徒会長として、生徒の強さを喜ぶ感情が湧き上がると同時、抱いた思い。



 燃えてきた。



 わたしは大人しく真面目で、常に冷静、物事を俯瞰して見ている、などと勘違いされることが多い。だが、そんなことはない。わたしの根幹をなす想いはもっと子供のように単純だ。


 もっと強くなりたい。もっと熱い戦いがしたい。ライバルと競って、互いにボロボロになるまで戦って、そして勝利したい。


 なあクレイ君。君なら、わたしを熱くさせてくれるんじゃないか。


 時が止まった世界で、一瞬クレイ君の方へ視線を向け、魔法陣を回避するために動く。



「はあああああぁぁぁぁぁっ!!」



 思考が止まった。裂帛の気合いで声を張り上げながら、ハンマーを振りかぶるその姿。視線を動かし、そちらを見ているというのに、何が起きているのか、思考が追いつかない。

 だが、身に染みついた動きが思考せずとも剣を掲げ、そのハンマーを防ごうと防御体勢を取る。



 衝撃



 とても人の手に持った武器で殴られたとは思えない衝撃が、体中を走り抜ける。防いだというのに、その場に踏み止まることさえ許されず、平原を吹き飛び数回跳ねて、何とか体勢を立て直して足で着地する。

 既に時は動いている。だというのに、わたしはおろか、仲間たちや相手のメンバーさえ、未だに時が止まっているかのように動きを止めていた。


「っ! クルっ! カレンの援護だ! アイリスはティールが動きやすいように会長の動きを封じ続けろ!」


 驚きから真っ先に立ち直ったのは、相手班長クレイ・ティクライズ。その声で時が動き出したかのように再び戦闘が始まる。

 上空から降り注ぐ雷を弾きながら、こちらに迫ってくるティール・ロウリューゼの姿を見遣る。



 何が起きた……? 止まった時の中で、動いていた、のか?



 ティール・ロウリューゼ。小柄な体が心にも影響しているかのように、気が弱い。しかしそれと反比例するかのように力が強い。そして、魔力を全く扱えない。特徴としては、そう記憶している。

 彼女の力の強さは、先ほど自分でも体感したが、異常だ。明らかに体格に見合わない。何らかの原因がなければおかしい。それは以前から思っていた。



 例えばそれは、体内の魔力が異常に多いため、自動で身体強化がされているからだ、としたらどうだろう。

 あまりに多い魔力は、それに比例して制御難度が上がり、魔法を使うどころか魔力操作すら覚束なくなる。それを理解し鍛練を積まなければ、魔力を持っていないと勘違いするほどに魔力を扱えない状態になってしまう。



 やっと理解した。彼女は、昔のわたしと同じ状態なのだ。



 あまりに多い魔力が、自動で魔法の効果を弾いている。彼女には時止めが効かない。



 ならば、やることは一つ



「来なさい。相手をしましょう」



 わたしもまた、有り余る魔力を身体強化に回す。彼女のように力に特化はしていないため、力では押し負けるだろうが、総合力で負けはしない。



 勝負だ








 何故ティールは止まった時の中で動けたのか、そんなことを考えている暇はない。ティールが動けるなら、会長はティールとアイリスと俺でやる。クルをカレンの援護に行かせれば、奇跡が起きなければ成し得ない勝利が、現実味を帯びて見えてくる。

 状況を解析、相手班員の動きを見ながら、クルに随時命令を与え続ける。それと同時、会長の動きを阻害する魔法陣を並べ、ティールの援護を行う。


 会長が時止めの魔法を使わなくなった瞬間、身体能力が異常なほどに跳ね上がった。魔法で羽のように風を纏っていたハイラス並の速度で移動する会長の姿は、もちろん全く見えない。

 ティールにも見えていないだろう。いくら時止めがないとはいえ、これでは一方的に倒されて終わるだけだ。魔法陣で牽制して速度を落とすにも限界がある。


「アイリス! 会長を狙うな、ティールの周囲を雷で薙ぎ払え!」


 アイリスの雷でカバー出来ていない位置を俺がピンポイントで対処する。先読みで魔法陣を設置する俺の攻撃は、良く言えば相手の動きに合わせた攻撃だが、悪く言えば読むことが出来る。そこにアイリスのランダムで落ちる雷を追加し、会長がこちらの攻撃を読んで動くことが出来ないようにする。

 そして、これは賭けだが……俺もティールと並んで接近戦に加わる。


(ティール、合図を出したら、俺をぶん殴るつもりで横薙ぎにハンマーを振れ)


 小声で指示を出し、会長に向き直る。解析すると分かるが、今の会長は全身に魔力が漲っているようだ。見たこともない密度の魔力が満ちる体が、身体能力を大幅に向上させている。

 同時、ティールの力の強さを理解した。昨日の試合でティールの解析結果もきちんと見ておけば良かった。こんなに魔力を持っていたなんて、知らなかった。


 頭痛をこらえながら、会長の動きを読む。速度はハイラスと同等なのに、ハイラスよりも複雑な動きをしてくる。この速度でフェイントを入れるなど、人間ではない。

 だが、その情報も解析出来ている。踏み込みの強さや筋肉の動き、剣を持つ腕に込めた力、目線、それらの情報が、フェイントか否かを教えてくれる。


 雷を避け、魔法陣を避け、雷を弾き、魔法陣を破壊し、踏み込んでくる。そこに魔法陣を設置、それを破壊されることも読んで更に魔法陣を設置。

 極限まで速度を削るが、それでも見えない。解析結果から以外では、会長が今どこにいるのかすら分からない。



 強い踏み込みを感知。狙いは、ティールの背中だ。



 頭上から降る雷が弾かれ、一つ



 足元の魔法陣を破壊され、二つ



 飛んでいく石弾を破壊され、三つ



「ティールっ!!」



 あらかじめ投げていたナイフを弾かれ、四つ



 ティールを庇うように跳び出してナイフで受け止め、五つ



 もちろん俺ごときに受け止められる剣ではない。一瞬の拮抗すらなく、軽々と弾き飛ばされる。

 だが、俺が出した合図で、既にそこにハンマーが振るわれている。いくつもの妨害で速度を削り、俺を吹き飛ばすために剣を振り切った状態。そこに、先読みで振るわれているハンマーが届く。

 どれだけ速度があろうと、絶対に足を止めざるを得ない剣を振るタイミング。振り切ったそこは、確実な隙が出来る。



「りゃあああああぁぁぁぁぁっ!!」



 ハンマーが横薙ぎに振るわれる。俺を弾くために振った剣は上に掲げられ、とても間に合う状態ではない。確実に入る。



 そのはずなのに。



 解析結果が、それを否定する。



早世(そうせい)虚刈(うつろが)り」



 会長の周りだけ、時の進みが早くなったように。いや、実際に早くなっているのだろう。あり得ないほど滑らかに、持ち上げられていた剣が戻ってくる。

 ティールには時止めが効かない。だが、自分の時の進みを早くすることなら出来る。そういうことか。



 だが、絶望するには早い。



 あの魔法も、時止めと同様時間制限がある。解析の結果、加速出来るのはせいぜい3秒。そして、会長は魔法を使いながら身体強化が出来ない。この3秒を耐え、魔法の効果が切れた瞬間を狙えば、取れる。


 剣が引き戻され、ティールが振るうハンマーを避けられる。と同時、振るわれる剣。そこに差し込むように、雷が降ってくる。それを弾くために一手使わせ、1秒。


 ティールが驚異的な力で、振り切ったハンマーを高速で引き戻す。跳ね上げる勢いのままに会長に叩き付け、しかし巧みな剣捌きで受け流される。その瞬間を狙って石弾を撃ち込みもう一度剣を振らせ、2秒。


 石弾を弾いた剣が、そのままするりと空を滑る。動きの繋ぎ目が分からない滑らかな剣技。それはハンマーを振り切ったティールの意識を刈り取りに来る。が、既にティールには石の鎖が伸びている。剣を避けるように引っ張り、ティールを逃がす。



 確実に、取る



 3秒



「燃えろ」



 会長の足元に発生するのは、巨大な魔法陣。俺の魔力を全て注ぎ込み作った、全力の魔法。



 魔法陣上の空間を、炎の海に変える。



「アイリス!!」



 魔力切れで座り込みながら、アイリスに指示を出す。気を抜くな。これだけで倒せるとは思えない。詰め切れ。これで取れなければ負けだ。

 炎の海に向かって降り注ぐ雷。逃げ場などない。これで……!



 忘れていた訳ではない。準決勝で副会長の水を吹き飛ばした異常な魔力。当然それも織り込み済みだ。

 水や氷によって閉じ込めるのではなく、炎で直接攻撃しに行ったのはそのためだし、簡単には吹き飛ばせないように、炎には全魔力を込めた。

 更に、炎で視界を遮った上で、そこを雷で撃ち抜くことで、仮に炎を魔力で防がれたとしても詰め切ることが出来るように、万全の策で挑んだ。



 炎の海が、割れていく。



 圧倒的な魔力に屈服し、自ら道を作る。



 降り注ぐ雷を、軽く剣の一振りで弾き、炎の道を歩み出てくる。



 無傷ではない。炎に焼かれ、雷に裂かれ、それなりの傷は与えた。



 それでも、倒すには至らない。



 もう魔力切れで解析は出来ないが、恐らく身体強化が発動している。



 気づいたら、目の前にいる。



 これでも、届かないのか。だとしたらもう、近接戦闘での直接対決に勝利する以外、この人を倒すことなど……。



「良い勝負でした」



 その声だけが聞こえ……

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