第5話 上を目指して
寮の自室でティールについて考える。あの自信のなさ、少しは改善出来たかと思ったが、まだ戦いは辛かったか。
どうにかして自信をつけさせて、真正面から戦えるようになって欲しいが、今すぐに出来ることではない。まずはまともに勝ちを狙える作戦を考えなくては。
日々の模擬戦は成績には反映されないが、教師が見ている。つまり、何らかの印象は持たれてしまう。
ティールは逃げ回るだけ。俺は見ているだけ。そんな姿が、果たしてどのように見られるのか。考えるまでもない。
ここから成長を見せられれば問題ない。ここは教育機関だ。将来性や向上心を認めてもらえれば、教師も付き合ってくれる。
だが、もしこのまま何も変わらず負け続けるようなら……。
対策が必要だな。
翌日。放課後の模擬戦はなしにして、今日はトレーニングを行う。
「こんなところに連れてきて、何をするんですか?」
ディルガドール学園を中心としたこの都市、学園都市リーナテイスを出て、近場の森までやってきた。森と言ってもそこまで鬱蒼とした森ではない。少し多く木が生えていて、自然豊かな場所だ。
「戦いは、怖いか?」
「え?」
「昨日逃げ回っていただろう。やはり戦いは怖いか」
「すいません……」
「別に怒っている訳じゃない。戦いは怖いものだ。それが普通のことだ。だが、この学園に来た以上、怖いだけでは上に行くことは出来ない。良い成績を取りたい、故郷の人々に楽をさせたい。あれは嘘か?」
「う、嘘じゃないです! でも……」
「ああ、分かっている。元々ティールの成績は最下位だった。その力を扱えるようになったからと言って、その力が学園でも上位だと分かったからと言って、それですぐに自信が得られるものじゃない。相手はどうしたって挌上に見える。それは仕方がないことだ」
「うう……」
「お前の力は学園でも最上位クラスだ。それは間違いない。今はそれだけ理解していれば良い。とりあえず、相手と正面から戦わなくても良い作戦を考えてきた」
「ほ、本当ですか!?」
本当はティールには戦って欲しい。このまま自信のないままでは、戦力にならない。班員が増えてきたら、追い出す候補にせざるを得ない。それは、気が進まない。
まずは勝利を重ねる。それで自信をつけてくれれば良いが……。
「ああ、本当だ。ここにはそのトレーニングのために来た。重りとハンマーは借りてきたな?」
「はい、言われた通り持ってきてます」
「よし。じゃあ始めるか」
「何をするんです?」
「自然破壊」
今日の模擬戦の相手はクレイ・ティクライズの班か。他クラスだからあまり詳しくはないが、何でもティクライズなのに実技の成績が悪いらしい。この情報は既に学年全体に広まっている。
人数も二人だし、今日は楽勝かな。模擬戦で楽勝ではあんまり意味ないんだけど……。まあ先生に良いところを見せられるって意味ではありがたいか。
「よし、昨日と同じように、全員で固まって動くぞ。周囲警戒を怠るな」
班員たちが口々に返事をするのを確認して、野外フィールドを進み始める。
このフィールドは木が多い。まるで森のようになっていて、一部川まで流れている。高低差もあるし、実際の戦場を想定しているんだろうな。
相手が格下なら、唯一怖いのが不意打ちだ。周囲の警戒さえ怠らなければ、まず負けることはない。
しばらく歩を進めるが、なかなか出会わない。まさか模擬戦登録をしていながら逃げ回っているということはないと思うんだが……。
「いたか?」
「いや、いない」
「こちらも見つかりません」
「どうなって……」
ドゴオオオォォォォン!!
「な、何だ!?」
急に爆音が響き渡る。まるで極大の魔法でも使ったかのような。
ドゴオオオオオオオォォォォォォン!!
「近いっ!? あっちか!」
先ほどよりも近くで再び爆音。そちらに向かって駆け出すため、班員を振り返る。
「行くぞ! ……え?」
そこにいたのは、既に死亡判定が出され、行動を禁止された班員たち。そして、
「お疲れ様。俺たちの勝ちだな」
黒髪の男子生徒、クレイ・ティクライズが立っていた。
「勝った勝った! やったー! スゴイです、クレイさん! 相手は4人もいたのに勝っちゃいましたよ!」
班員を全滅させた後、ティールと二人で班長を挟み撃ちにしたところ、相手は降参した。正直降参してくれて助かった。ティールはまともに戦えないし、俺は恐らく正面からやり合えば負けていただろう。
「クレイさん強いじゃないですか。実技530点って嘘だったんですか?」
「いや、嘘じゃない。あれはティールのおかげだ」
ティールの力で木や地面をぶん殴り、爆音を響かせる。それに注意を向けた相手を強襲、不意打ちでナイフを首に当てて死亡判定にした。
俺の数少ない特技、気配遮断。実技は基本的に苦手で、俺には素質がないことが分かっているが、これだけは自信がある。恐らく世界最高レベルと言って良いはずだ。
もう一つだけ特技があるが……あれはそうそう使えるものでもない。少なくともこんな模擬戦で使うものではないので、今はいいだろう。
ともかく俺の気配遮断なら、他のことに注意を向けているような相手ならまず間違いなく不意を突ける。
「あたしの、ですか? えへへ、そうですかね?」
「ああ、自信を持って良いぞ。この勝利はティールの力で勝ち取った物だ」
「いやー、そこまで言われると照れちゃいますね」
単なる模擬戦での1勝だ。成績には何の影響もないし、これだけで教師の覚えが良くなったりもしないだろう。
だが、貴重な1勝だ。これを繰り返し、ティールが少しでも自信をつけてくれれば、取れる戦術の幅も広くなる。
「よし、今日はこれで終わりだ。帰るか」
「はいっ!」
「あれ? あれってカレンさんじゃないですか?」
模擬戦を終え、荷物を取りに教室まで戻ってくると、カレン・ファレイオルがいた。いつも班員と一緒にいるのに、珍しく一人だ。
やけに深刻そうな様子だが。ふむ、声をかけてみるか。
「どうした、カレン・ファレイオル。何やら問題が発生しているのか? もし助けになれるなら言ってくれ。クラスメイトとして、出来る限りは力になろう」
声をかけると、緩慢な動作で顔を上げ、こちらの姿をやっと視界に入れる。俺たちの存在に気づいてもいなかったようだ。
「ん……クレイ・ティクライズか。大丈夫だ、放っておいてくれ」
「とても大丈夫には見えない。いつも一緒にいる班員はどうした? 今日は一人なのか?」
「班員は……いない。もうわたしの班は、わたししかいないよ。じゃあ、わたしは帰る。また、明日」
俯いて教室を出て行ってしまうカレン。班員たちが全員班を抜けてしまったのか? 一体何があったというのか。
初日から班を結成していたとはいえ、未だ4日目。もちろん見切りをつけて新しい班を探すなら早い方が良いのは確かだが、これほどまでにあっさり抜けられてしまうほどカレンには問題があるのか?
「カレンさん、大丈夫でしょうか……?」
「明らかに大丈夫ではないが、とはいえ俺たちに何か出来る訳でもないだろう」
「あたしたちの班に入ってもらったらダメなんですか?」
俺たちの班にカレンを? もちろん入ってくれるならそれに越したことはないが……。
「難しいだろうな。一応勧誘はしてみるが、実力差がありすぎる」
もしかしたら、班員たちがいなくなったのも、実力が違い過ぎてついていけなかったから、という可能性もある。
「あたしも声かけてみます」
「ああ、あまりしつこくなり過ぎないようにだけ気をつけてな。気分が沈んでいると、善意からの声も煩わしく感じる時があるから」
「わかりました」
カレンの勧誘が成功するにせよ失敗するにせよ、班員は増やさなければならない。少し考えないとな。
実技が苦手だと言うクレイですが、一般人よりは圧倒的に動くことが出来ます。学園内では最下位レベルですが、それでも常人とは比較にならないということはお伝えしておきます。
これを分かっていただけていないと、作中描写に違和感を覚えてしまう可能性がありますので、ご了承ください。例えば、今回の模擬戦。少し意識が逸れた間に3人の相手を倒しています。いくら気配を遮断出来ると言っても、一般人には不可能な芸当だと思います。そういう描写ですね。