第56話 破壊の業
寮の俺の部屋に班全員が集まる。大会2日目が終わり、勝ち上がったのは、
3年フルーム・アクリレイン班
2年ダイム・レスドガルン班
1年レオン・ヴォルスグラン班
そして1年クレイ・ティクライズ班
この4つだ。
この内、レオン班はずっと対策を練ってきているし、副会長の班に関してはウェルシー先輩たちがヒントをくれた。
問題は会長の班、というか生徒会長ダイム・レスドガルンへの対策だが……。
これは一先ず置いておく。後で考える必要はあるが、今はこっちだ。
「ではクル。聞かせてもらえるか」
「はい。お話します。わたしの過去を」
物心ついた時には、既にその組織にいた。孤児だったのか、誘拐されてきたのか、もしくは組織内に親がいたのか、定かではない。
確実に言えるのは、わたしの原初の記憶は既にその組織の中のことで、その頃のわたしは、外の一般常識などというものを一切知らなかったことだ。
その組織は、人間の限界を超えること、それを目的に作られたものらしい。それを聞いたのは、組織が騎士団によって壊滅させられた後のことだった。
記憶にある最も古い光景は、何もない部屋だ。本当に何もない。一切の家具も装飾もなく、色は灰色のみ。壁と床、それだけ。窓すらなく、一日に2度、味のしない固形物と水を食事として渡される以外、何もすることがない生活だった。
壁と床は柔らかい材質で出来ていて、これは後になって知ったことだが、どうやら簡単に自殺が出来ないように造られているらしかった。
そんな部屋で生活していると、だんだんと自分が薄れていく。赤ん坊と言っても良い年齢からずっとそんな部屋に入れられていると、少しずつ少しずつ、元来持っているはずの感情というものが削ぎ落とされていき、何も感じない、自分からは何も行動しない、そんな人間になっていく。
これも後になってから知ったことだが、この段階で自殺をする子供が多数いたらしい。いくら部屋の材質が柔らかくとも、体の動きが封じられていなければ、死を選択する術はいくらでもある。それでも動きを封じていなかったのは、自らの選択として感情を削ぎ落していくことが出来る、というのが、条件の一つだったのだろう。物心つくかどうかという年齢の子供にそんな生活を強要するその組織は、紛れもなく悪だった。
大分自我も薄れ、自分から動くことをほとんどしなくなっていた頃、変化があった。何もない部屋に、小動物が入れられたのだ。
可愛い生き物だった。後になって、組織が独自に生み出した、とにかく可愛さを追求した新生物だということを知ったが、それも納得出来てしまうほどに、愛らしい小動物だった。
フワフワの毛、つぶらな瞳、短い手足、ピコピコと動く耳。感情をほとんど失いかけていたその頃であっても、思わず可愛いと感じるほどだった。
その生き物を殺せ
初めてされた命令が、それだった。
わたしが出来た反応は、戸惑い、それだけだった。
頬に熱が走った。殴られたらしい、そう理解出来るだけの頭はなかった。
その生き物を殺せ
命令が繰り返された。その命令に従うことを一瞬でも躊躇う度、体を痛みが襲う。
育ててくれる親などいなかった。だから、その命令をまともに理解することは出来なかった。だが、本能が理解した。従わなければ、痛みが襲う。人間らしい思考などなく、ただその痛みから逃れるために、
わたしは初めて、生き物を殺した
生き物を殺すことが出来た子供が、一つの部屋に集められた。初めて他の子供を見たが、感動などなかった。いや、感動だけでなく、新たな刺激に対して何らかの反応を返す当たり前の活動が、既になくなっていた。
それから始まったのは、地獄のような鍛練。だが、その環境を地獄だと思えるような常識的思考もまた、既に死んでいた。ただ命令に従って、ひたすら己を痛めつけるような鍛練を繰り返した。
鍛えられたのは、破壊のための体
生物、非生物の区別もなく。虫、動物、モンスター、果ては人間の区別もなく。
ただ効率的に、何かを破壊する。そのための体を作り、そのための技を教わり、そのための実戦を行った。
そう、実戦
日々鍛練をして体を鍛え、どれほど経っただろうか。普段は幾人かの子供と一緒に鍛練をしている広い部屋に、1人で入れられた。ただその場に立って命令を待っていると、部屋に何かが入ってきた。
それは、自分など軽く5人は乗せられそうな、大きな虎型のモンスターだった。
「そのモンスターを殺せ」
命令を受け、一切の疑問も持たずにモンスターに向かって駆け出す。武器もなく、自分より圧倒的に大きいモンスターになど勝てる訳がない。そんな常識的思考がある訳もなく、躊躇わずにモンスターとの戦闘を開始した。
そして、勝利した。
この頃、人間としてあるべきリミッターが完全に外れていたらしい。全力で体を動かすと、外部から攻撃を受けずとも、怪我が発生するようになっていた。
肩が外れ、骨が折れ、筋を痛める。しかし、そんな痛みを無視して、体は動き続けた。それはもう、人間とは呼べなかった。
同じ境遇の子供たちが日々死んでいく。しかしわたしは生き残った。素晴らしい、最高傑作だ、ついに人間の限界を超えた、そんな声が聞こえてきた。だが、どういう意味なのかは全く分からなかった。
そろそろ人間を殺させてみてはどうだろうか
そんな声が聞こえ始めた頃、遂に騎士団が組織の極秘研究所の場所を突き止め、突入してきた。
その頃には、既にわたし以外に生き残っている子供はいなかった。
「その後、城に引き取られたわたしは、何故かアイリス様のお傍に置かれて、メイド見習いになりました。指示されなければ全く動かないわたしを、アイリス様は見捨てずにお世話してくださり、わたしはこうして人間らしい感情を取り戻すに至ったのです。どうやら戦闘時に絶対に命令に逆らわないようにという、より強い暗示をされたようで、戦闘時には未だに体が動かなくなってしまうのが困りものですが……」
語られたのは、あまりに壮絶な過去。誰も一言も発することが出来ない中、クルの話は続く。
「だから、わたしの技というのは破壊の技なんですよ。加減しなければ簡単に人間を壊してしまう。それを抑えている内に、いつの間にか本気を出そうと思っても出せなくなってしまいまして。今のわたしには、今日の試合の動きが限界なんです」
そういうことか。ディアン先輩が見抜いたのは、その抑制の跡なんだろう。同じ格闘使いとして、無理に力を抑えているのが読み取れたんだろうな。
命令されても本気が出ないということは、相当深く抑え込んでいるんだろう。つまり、今後も本気を引き出すのは難しいということだ。
まあ可能だとしても無理矢理引き出したいものではないが。クルがその破壊を抑え込むのにどれだけ苦労したのかを考えるとな。
「分かった。話してくれてありがとう」
「うう……クルよ、苦労したのだな……! 心配するな! そんな力を引き出さずとも、わたしが代わりに敵を殲滅してやるからな!」
「ふふ、何でカレンさんが泣いているんですか、もう。ありがとうございます」
「う……」
「? ティール、大丈夫? どうしたの?」
「ううううぅぅぅ、うああああぁぁぁん、ぐるざあああぁぁぁん!!」
「ちょ、ティール!?」
「ああ、そんなに泣かないでください! 大丈夫! わたしは大丈夫ですから!」
大声で泣きわめくティールを慌ててなだめるアイリスとクル。しかしティールは全く落ち着かないようで、泣き声が響き続けている。
大丈夫だよな? 俺の部屋から女子の泣き声が聞こえるとか噂になったりしないよな? 防音はしっかりしているはずだが……。
「フォンはクルの事情も知っていたのか?」
「ううん、知らなかった。わたしが知っていたのは、クルは命令されないと動けないみたいってことだけ」
「それはどこで知ったんだ?」
「模擬戦の様子とか」
模擬戦の観戦をしていたのか。それだけでクルの弱点を見抜けるのも相当なものだが。フォンは少ない情報から真実を知るのが得意なのかもしれない。
「落ち着いたか?」
「うう……はい、何とか」
ティールも落ち着いたようなので、明日の話をする。もしクルが本気を出せない事情が大したことないようなら、明日からのためにもその事情をどうにかしようと思っていたが、とても解決出来る内容ではなかった。クルには今まで通りに頑張ってもらうとしよう。
「明日の相手がどの班になるかは不明だが、もちろん目指すは優勝だ。誰が相手だろうが勝ちに行く」
「うむ、もちろんだ!」
「という訳で作戦だが……レオン班については以前から話しているな。副会長の班についても大体対策は出来たと思っている。問題は……」
「会長、ですか」
「そう。正直に言うが、全く対策が立てられていない。会長が何をしているのか分からないんだ。明日当たってしまったら、悪いがカレン、出来る限り時間を稼いでくれ」
更に正直に言えば、カレンでも時間を稼ぐことすら難しいと思っている。だが、カレンに賭けるしかない。カレンも駄目なら、どうやっても駄目だったとして諦めもつく。
「時間を稼ぐ、か」
「悪いな、全く方針を与えられなくて」
情けないことだ。作戦を考えるのは俺の仕事だというのに。
「いや、違う。わたしは嬉しいんだ。それで良い。お前が全てを背負う必要なんてないんだ。わたしにも勝ち負けの責任を負わせろ」
「カレン……」
「いつもお前が全ての作戦を考えている。お前は頭が良い。その作戦はいつも的確で、わたしたちを勝利へ導いてくれる。だが、いつも思っていた。今は勝っている。それはクレイの功績だ。だが、もし負けたら? 全ての責任をクレイに押し付けるのか? もちろんクレイの作戦で負けたからといって、クレイのせいだなどと非難する輩はこの班にはいない。が、他ならぬお前自身が、きっとお前を責めるだろう」
そんなことを考えていたのか。俺の作戦で負けたなら、それは俺が悪い。当たり前のことだと思うが。
「違う。わたしたちは人形ではない。お前の作戦で動いていても、皆自分の意思で動いているんだ。だからこそ、いつも全てを背負うお前が頼ってくれたのが、わたしは本当に嬉しい。お前が背負う重荷、少しはわたしにも持たせてくれよ」
それを重荷だなどと思ったことはない。それは必要な物だ。俺が自由を手に入れるために、背負うべきものだ。だが、そうか。俺は、一人で全てを背負った気になっていたのか。無意識の内に、班員それぞれの意思を無視していたのかもしれない。
「ふ、良いことを言うわね、カレン。大体同意見だわ。いい? あなたの命令に従っているんじゃないの。わたしが、あなたに、指示する権利をあげているの。理解した?」
「アイリス様はこんなことを言っていますが、これはつまり、わたしも責任を負ってあげるから一人で背負い込むんじゃないわよ、という意味です。もちろんわたしも同じ気持ちですよ。命令されなければ動けないからといって、わたしの行動全ての責任がクレイさんにある訳ではないんですから。自分の行動の責任くらい自分で取らせてください」
「ん、頑張る」
「あ、あたしも! ちょっと勝ち負けの責任なんて取れないと思いますけど……でも、頑張りますよ!」
どうにも、気負いすぎていた、か。俺の目的は最優秀班に選ばれることで、自由を手に入れることだ。だが、班員たちにもそれぞれに目的があり、その結果として同じ方向を向いているに過ぎない。
別に班員たちが俺の目的のために動いている訳でもない。それぞれがそれぞれに、自分の意思で戦っている訳だ。
「ま、そうだな。俺は俺にやれる限りを尽くして、あとはお前らにやってもらうか」
まずは明日の準決勝だ。




