第50話 新生レオン班
翌週、月が替わった新たな週。学期末の対抗戦への出場権をかけた戦いが始まる。今回は風紀委員として警備の仕事を行いながらの観戦になる。
1年生は大会があるんだから警備は免除でも良いと言われたが、どうせ俺とアイリスは出場しないんだ。なのに仕事をしていなかったら、まるでサボっているようであまり気分も良くない。
警備といってもただ歩いているだけだ。何か問題が起これば別だが、基本的に仕事はないと思って良い。観戦に集中している訳にはいかないが、試合内容の把握が出来る程度には見ることが出来るだろう。
『皆様お待たせいたしました。これより本年2回目! 1年生限定班対抗戦を始めていきます。実況は前回同様、新聞部部長、2年のニーリス・カレッジが務めさせていただきますよ。そして!』
『生徒会副会長、3年のフルーム・アクリレインでーっす!』
『はい、こちらも前回同様フルーム副会長に解説と賑やかしをお願いしています。本大会は学期末の対抗戦を意識し、野外フィールドで行われます。山あり、森あり、川あり、平原ありの実戦的フィールドです。観戦は前回大会同様、映像でお届けしますので、試合状況はしっかり見られますよ。いかがですか、フルーム副会長。今回の大会は』
『いやぁ、正直もう決まっちゃってるんじゃないの? 他の班には頑張って欲しいけどさ』
『1年生のこの時期は学園の設備の使い始めということもあって一番実力が伸びる時期ですから、思わぬ成長を遂げた出場者がいるかもしれませんよ。決まったと断言するのは早いです! という訳で、早速本日の第一試合に参りましょう!』
『第八試合決着しました! 鮮やかな逆転勝利でしたね。と言ったところで、次の試合、遂にあの班が登場です』
『来たね。レオン王子の班』
『はい。どうやら前回から大幅な班員の入れ替えが行われたようです。実に半分ものメンバーが変更になっています』
『へぇ、ちゃんと入れ替えたんだ。むしろ前回と同じメンバーが2人も残っていることに驚くべきなのかな、ここは』
ん? 2人? 解説の声を聞いて思わず歩く足が止まる。レオンとルーの2人という意味、ではないよな?
「ねえ、今レオンの班、前回と同じメンバーが2人残っているって言わなかった?」
「ああ、そう聞こえたな。まさか謹慎から戻ってきた3人の誰かを再び班に入れたのか?」
学科試験の頃に例の3人の謹慎は終わっている。既に登校を始めていて、クラスも変わったりしていないので、ほぼ毎日教室で見かける。
その顔は以前とは比べものにならないくらい暗く、周囲の目もあまり良いとは言えないので、日々暮らし辛そうに授業を受けているが。
レオンの班がフィールドに出てくる。そのメンバーは、驚くべきものだった。
レオン、ルー、アイビー。この3人は良い。元々分かっていたメンバーだ。その後に続いて出てきた大男。身長が2メートル近くありそうな灰色の短髪の男。その身長に見合った巨大な剣を背負っているこの男も今は置いておく。
その後に出てきた2人。
まず1人目。身長160センチほどの、浅葱色の長髪を一つに編んだ女子。以前までのパッとしない雰囲気はなくなり、周囲を威圧するような存在感を放つようになったその女子生徒は、マーチ・イーヴィッドだ。
そして2人目。身長170センチほど。緑がかった髪のチャラチャラした男。ハイラス・ダートン。
「何故あいつらがレオンの班にいる。マーチは未遂の上に被害者が許したとはいえ犯罪者だぞ。ハイラスも女子を追いかけまわしていたはず。レオンの班に入るとは思えない」
「女子を追いかけまわしてたって、どういうこと? マーチは分からないけれど、あの男がレオンの班にいるのはそんなにおかしいとは思わないわ」
「何? アイリスだって、あいつのことはあまり良く思ってなかっただろう。あれはあいつが気持ち悪い迫り方をしたからではないのか?」
「いえ、あれはあの男の中に何か闇のような物を感じたからよ。わたしの班に入れて欲しいって言いに来た時、確かに言動は気持ち悪かったけれど、むしろそれは演技に見えた。最初から班に入る気なんて全くなかったような、そんな印象を受けたわ」
どういうことだ。あいつは入学当初から一貫して可愛い女子の班に入りたいと言っていた。まさか、最初からずっと演技だったというのか? 何のためにそんなことを。
だが一つはっきりした。あいつが俺に観戦して欲しくなさそうな様子だったのは、自分がレオンの班にいることを知られたくなかったからだろう。
マーチについては……分からんな。いくら罪が軽く済んだだろうと言っても、流石にまだ自由の身とはいかないはずだが。
その日、レオン班は圧倒的な実力で勝利を収めた。初日にして、もはや優勝は決定したと言っても過言ではないだろう。
初日だけでは分からないことも多い。まずは様子見ということで、翌日も試合を観戦する。この日も当たり前のようにレオンの班は勝利した。
そしてその日の全試合が終わった後、いつものように、寮の俺の部屋に集まる。情報収集と対策検討が必要だ。アイリスとクルが入ったとはいえ楽観はしていないつもりだったが、まだ甘かった。
「昨日、今日の試合は覚えているな?」
「うむ、もちろんだ」
「王子様の班、前とは比べものにならないですよ……」
「はい。レオン様の班が優勝すると見て間違いないと思います」
他の班も成長は感じた。だが、以前の大会の時点でさえレオンとまともに戦えたのはカレンとアーサ・ナインフェールの2人のみ。それなのに、他の班の成長以上にレオン班が強くなっているとなれば、最早勝負にならない。
「疑問なのだが、何故マーチ・イーヴィッドがいるのだ? 奴は警備隊に捕まったはずだろう」
カレンの言う通りなんだよな。どこかで強制的に社会奉仕活動でもさせられていると思っていたんだが。
「マーチ・イーヴィッドは理事長が管理してる」
「何?」
「学園の掃除とか、備品の買い出しとか、設備の修理とか、たまに街の掃除もしてるみたい。授業にも出てる」
退学にすらなっていなかったのか。以前理事長に呼ばれた時には何も言っていなかったのに。理事長が管理しているということは、自分が責任を取るなどと言ってマーチの身柄を警備隊から譲り受けたということだろう。一体何がしたいんだ。犯罪者を受け入れる学園などという噂でも流されたら評判にも関わるだろうに。
「まあ良い。今考えるべきは何故レオンの班があのメンバーなのかということではない。どうやってあの班に勝つかということだ」
学期末の対抗戦でレオン班と当たるとは限らない。だが、当たらないと楽観するのは愚かだ。持っている情報は最大限に活用しなければならない。
1人ずつレオン班のメンバーについておさらいしよう。
まずは班長、レオン・ヴォルスグラン
おさらいの必要も感じないほどの最強。強力無比な雷魔法と圧倒的実力の剣技、人間離れした身体能力と、弱点がない男だ。
雷魔法の使用時、微弱な雷を纏い周囲の状況を把握出来る。雷の剣はかするだけで体を痺れさせ、雷の鎧は防御力の向上だけでなく身体強化にもなる。雷を纏った移動は目で追うのも難しい。
2人目、ルー・ミラーロ
水魔法使い。たまにしか援護をしなかった以前の大人しさは鳴りを潜め、器用な水魔法で前衛を助ける支援役となった。
水の射出、壁の生成といった基本の魔法はもちろん、細かい水をばら撒き動きを制限する、小さい水の弾を高速で撃ち出すなど、その魔法は多彩だ。
何より脅威なのは、それらの制御力だろう。今回の大会は野外フィールドで、障害物も多い。だというのに、ルーの魔法は木の間をすり抜け正確に目標を打ち抜く。
3人目、アイビー・フェリアラント
どうやら自然を利用した魔法が得意らしい。今回の大会のフィールドが最も有利に働くのは彼女に対してだろう。
木の根で足を払う、葉が刃のような鋭さで飛ぶ、木が移動して道が作り替えられる。自然豊かな今回のフィールドで、これほど恐ろしい魔法もなかなかない。
4人目、フォグル・レイザー
レイザーという家名からして、恐らく実技授業の担当教師フィガル・レイザーの息子だろう。
2メートル近い長身から繰り出される大剣の一撃は、大地を割り、衝撃が周囲にまで影響を及ぼす。ティールと同等の力を持っていると見て良いだろう。
だがティールとは違い、その剣技は鍛練の跡が見える。やや力押し気味ではあるが、それなりの年月鍛えてきたのであろう彼の剣は、その技術の高さが窺える。
5人目、マーチ・イーヴィッド
風魔法使い。レオンの足を引っ張ることを目的として行動していた時とは、もちろん比べ物にならない実力を発揮している。
その性質は攻撃に寄っている。本人の性格の影響を受けているのか、苛烈な攻めを得意としているようだ。
風の刃を飛ばしたり、暴風で吹き飛ばしたり、高威力の風魔法を自在に操る立派な後衛を務めている。
そして6人目、ハイラス・ダートン
これまでの2試合、ハイラスはほとんど動いていない。俺と似た性質の持ち主と考えて良いだろう。
問題は、他の班員が強すぎてハイラスが本当にほとんど動いていないことだ。何を得意としていて、どのような戦い方をするのか。どの程度の実力なのか。一切が不明。現状対策することが出来ない。
ハイラスを補助と考えると、前衛2、後衛3、補助1の後衛寄りの班だ。だが、前衛であるレオンの実力の高さを考えれば、これが最もバランスの良い形だろう。
弱点らしい弱点はない。レオンが本気で集めたメンバーであることが窺える。
レオンをカレンが抑え、フォグルをティールが抑え、アイリスが牽制しながらクルを後衛に突っ込ませれば勝機は見えるか。しかしアイリスだけで3人の時間稼ぎが出来るほど、相手の後衛は弱くない。むしろ1対1を2回とかならともかく、2人を抑えるのも容易ではないだろう。
その上、カレン1人ではレオンに勝つのは難しい。ティールとフォグルは、力はティールが上、技術はフォグルが上で、総合的な実力では恐らくほぼ互角だが、気持ちの面で負ける。仮にハイラスが俺と互角だったとして……。
フォンの魔法で相手を2人落とすことが出来たと仮定してもなお難しい盤面だ。
突っ込ませるのがティールならどうだ? クルならフォグル相手でも1人で勝って見せるだろう。しかしその場合、ティールが相手の後衛を落とせるかが問題だな。
逆にティールとクルでレオンを抑えて……
俺が気配を消して1人ずつ……
フォンの魔法で……
「クレイっ!!」
「っ!? あ、ああ、どうした?」
「どうした、ではない! 黙り込んでいては分からんだろう!」
「そうよ。ちゃんと相談しなさいよね」
「もしかしたらクレイさんが把握出来ていないだけで、わたしたちがもっとやれるかもしれません」
「あ、あたしも! 頑張りますよ!」
「必要なら調べてくる」
やる気があるのは良いことだが、相談したところで……。
いや、そうとも限らんか。俺はどうしても全体を見てしまうから、作戦も全体を通して考えがちだが、もしかしたら局所的に見れば有効な戦術があるかもしれない。班全員で話し合い、有効な作戦をいくつか作ることが出来れば、それを繋ぎ合わせて勝利を掴むことも不可能ではないだろう。
「なら、とりあえずここまでの思考を開示するか」




