第4話 向上心と臆病風
ティールと共に寮への道を歩く。と言っても学園のすぐ隣だ。門から出て少し歩けば着く。
ディルガドール学園の寮は7階建ての大きな建物だ。1階は共有スペース。食堂や風呂、談話室など、生徒全員が使用出来るフロアだ。
2~4階は男子寮、5~7階は女子寮となっていて、男子は5階以上のフロアへの侵入が禁止されている。
「じゃあ俺は部屋に戻る。俺の部屋は4303だから、何かあれば自由に訪ねてくれて構わない」
「わかりました。じゃああたしも部屋に戻ります。あたしは7312です」
教えられても俺から訪ねることは出来ないんだが。まあ情報として把握しておいても良いか。
「おいおいおい、初日から女の子と一緒に帰ってくるとは、お前も隅に置けねぇなぁ?」
さて部屋に行くかと思い階段に足を向けたその時、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「ハイラス。帰ってたのか」
「おうよ。カレンさんにはあっさり班入りを断られてなぁ……」
カレン・ファレイオルがどのような基準で班員を決めているのかはわからないが、美人目当ての男を弾くくらいには真面目に考えているようだ。
教室で真っ先にあんな宣言をするくらいだし、人一倍真剣に班員を選定しているのかもな。
「で? で? あの子は誰だよ?」
階段を上っていく小さな背中を見送りながら返答する。
「クラスメイトだろうが。ティール・ロウリューゼ」
「いや、そんな軽く自己紹介聞いたくらいで全員覚えられんって。クラスメイトなのか。あー、そういえば何か小さい子いた気がするなぁ」
「じゃあ俺は部屋に戻ってるから」
「あ、待てって、俺も戻るよ。俺の部屋、4318だから、覚えといて」
「はいはい、俺は4303だ」
階段を上る。わざわざ4階まで上がらないといけないのは面倒だな。女子はもっと上まで行かなければならないことを考えると、まだマシな方だが。
「で、ティールちゃんと班組んだのか?」
「ああ」
「くぅー、羨ましいぜ! ちらっとしか見えなかったけど、結構可愛い感じだったよな」
「否定はしない」
「まーたそれかよ。素直に言おうぜ、可愛いってさ」
実際ティールは可愛いと思うが、それがどうしたというのか。班員を可愛さで選んではいない。今はどうにかして班員を集めなければならないから、誰でも入ってくれそうな奴には声をかけるつもりでいるが、その後全く活躍出来ないなら追い出す選択肢も視野に入れている。
まずは班員を集め、学園の行事に問題なく参加出来るようにする。その後、実技の成績だけでは測れない俺の価値を示し、有力な班員を他班から引き抜き、活躍がない班員を切り捨てる。
本気で上を目指すとはそういうことだ。ティールとも約束したしな。ティールを追い出す必要がなさそうなのは幸いだ。
我ながら酷い思考だ。人に話せるものではないな。
「お前は班どうするんだ?」
「んー、まあいろいろ探してみるわ。別クラスにも可愛い子いるみたいだし」
「俺の班に入る気はないのか?」
こいつの実力は全くわからないが、ティールがいる今なら勧誘出来るんじゃないだろうか。そう思ったんだが、
「いや、止めとくわ」
一瞬の思考時間すらなく、あっさり断られてしまった。
「ティールちゃんは可愛いけど、やっぱりもうちょっと肉付きが……」
「じゃ、俺の部屋ここだから」
ちょうど自分の部屋に着いたので、ハイラスと別れる。さて、日課の鍛練でもするかな。
翌日。退屈な授業が終わり、昼食の時間。
「あの、クレイさん。一緒に食べませんか? ちょっと教えて欲しいことが……」
「ああ、わかった。行こうか」
学園内の食堂に入る。まるで貴族のパーティ会場かと言わんばかりに広い食堂だ。ここで提供される食事も無料であり、その上種類も豊富。味も良い。文句の付けどころが、人気過ぎて人が多いということくらいしかない。
人が多いと言っても、席は充分に用意されている。特に探す必要もなく二人分の席を確保し、食事を始める。
「クレイさん、それだけで足りるんですか?」
「いや、お前の量が多いんだよ。何人前だそれ」
ティールの前に置かれた、揚げ物山盛り、サラダ山盛り、丼かというくらい大きな器に入ったスープに、ボリューム満点のステーキ、果物の盛り合わせ。見ているだけで腹がふくれる。
「えへへ、無料だからつい。こんなに食べられるなんて、幸せですー」
こんなに食べることが好きなら、貧乏なのは辛かっただろう。そう思うと、この食べ物の山も感動的な光景に……流石に見えんな。
「で? 教えて欲しいことってのは?」
「あ、はい。今日の授業なんですけど、魔法陣について詳しく教えて欲しくて。あれならあたしにも魔法が使えるかも!」
どうやら上を目指して頑張っているようだ。自分に出来ることを増やせないかと考えているんだろう。だが、
「その向上心は良いが、授業はちゃんと聞こうな」
「うっ、なんでぜんぜん理解出来てないってわかるんですか……?」
「ちゃんと理解出来ているなら、ティールでも魔法が使えるかもなんて思わないからだよ。一から説明するから、ちゃんと聞いておけよ」
「授業を聞いてはいるんですよ? ちょっと耳を通り抜けていってしまうだけで……。はい、お願いします……」
魔法陣とは、簡単に言えば魔法が込められた模様のことだ。魔法ごとに決められた模様があり、それを刻むことで好きな時に魔法を発動出来る。
模様を刻む。そこに魔力を込める。発動したいタイミングで少し魔力を模様に流し込むだけで、魔法を発動出来る。
魔力を流し込む際に模様に触れている必要はなく、魔力を操り流し込むことが出来るなら理論上どれだけ離れた所からでも発動可能な優れ物だ。
だが真に魔法陣が有用なのは、魔力を流し込むところではなく、魔力を込めるというところ。本来なら魔力不足で発動出来ないような大規模魔法を、時間をかけて少しずつ魔力を込めていくことで、発動することが可能になる。
逆に扱いづらい点として、通常通りに魔法を発動するより発動が遅くなる点、魔法陣を隠していると発動出来ないという点が上げられる。
「魔法陣を隠していると発動出来ない?」
「ああ。例えばこの床に魔法陣を刻んだとしよう。その上に絨毯を敷いて、絨毯の上から魔力を流しても発動出来ないんだ。これは魔法陣の一部でも隠れていれば発動出来ないほどに、模様の形が重要であることが原因だな」
「ほえー……」
「分かっているのか? つまり、魔力を流し込むことが出来ないティールには魔法陣は扱えないということだ」
だが、知識を持っておくのは良いことだ。相手が魔法陣を使ってきた場合、それを知っていれば対処出来るからな。
「なるほど、残念です……。はぁー美味しかったー」
いつの間にかティールの前に置かれていた山のような食事が消えている。嘘だろ、まだ俺は食べ終わってないんだが……。
「クレイさん。今日の放課後もトレーニングしますか?」
「トレーニングも良いが、もし他班が模擬戦登録しているなら、一度参加してみるのも良いかもな」
毎日放課後、教師立ち合いの下、班同士での模擬戦を行うことが出来る時間が設けられている。まだ1日しか経っていないから他班の登録はないかもしれないが、それなら通常通り二人でのトレーニングにすれば良いだけだ。
「えっ、あたしたち2人しかいませんよ? 班同士の模擬戦なんて勝てる訳……」
「勝つためにやる訳じゃない。2人だろうが1人だろうが、一度実際に戦ってみるのは強くなるために有効だぞ」
「……やるんですか?」
「嫌なのか?」
「…………そういう訳じゃ、ないですけど?」
「じゃあ参加で」
「うう、わかりました……」
その日の放課後。模擬戦用野外フィールド。
「ひゃあああぁぁぁぁ!!」
「待てー!」
「ひゃわああああぁぁぁぁぁぁ!?」
「逃げるな!」
「にょえええええぇぇぇぇぇぇ!!?」
少し高い場所から、逃げ回るティールを双眼鏡で眺める。俺はまともに正面から戦える性質じゃないから、ティールに囮になってもらって、その間にどうにかしようと思ったんだが……。
「これは、作戦変更が必要かな」
降参の合図を教師に出しながら、どうやって戦っていくかを考えるのだった。