第44話 呼び出し
学園へ戻る。昼休みはとっくに終わっている。午後の授業に遅刻してしまった。だが、そんなことはどうでも良い。
人の自由を奪う者は排除する。
良いタイミングだった。今日はちょうど連中を風紀委員室に呼び出して話をする日だ。この呼び出しの前に奴らが黒だと確定したのは大きい。
午後の授業も終わり、これから風紀委員室に集まることになっている。放送で奴らを呼び出すことになるが、その前に情報共有をしておきたい。さっさと向かおう。
ちょうど5階まで来たあたりで呼び出しの放送が入る。ということは先輩たちはもう風紀委員室にいるはずだ。奴らが来る前に話をするくらいは時間があるだろう。
「お疲れ様です」
部屋に入ると、アイリス以外は全員揃っている。1年生の教室が一番遠いからな。
「あ、クレイいるじゃない。ちょっと昼はどうしたのよ」
アイリスも来たようだ。情報共有を急ごう。
「ご苦労。良い働きだぜクレイ。さて、じゃあどうすっかな。とりあえず……」
と、ディアン先輩がそこまで言ったところで、部屋の扉がノックされる。
「間に合わなかったか。しゃーねぇ、アドリブで行くぞ。入れ!」
そうして部屋に入ってきたのは4人の女子生徒。マーチ・イーヴィッドを含むレオン王子の元班員だった奴らだ。
「何かご用でしょうか」
「んじゃ、クレイ。頼むわ」
丸投げされたが、さて、どう話を進めるか。
「君たちは風紀委員にこうして呼び出された訳だが、何か心当たりは?」
こいつらがしたのは決して許されることではないが、本人たちがどういうつもりでやったのかくらいは確認しておくべきだろう。罪の意識はあるのか否か。それによって多少は対応も変わる。
3人が顔を見合わせてどうしようとお互いをうかがっている中、マーチ・イーヴィッドが堂々と言い放つ。
「いえ、特には」
……なるほど。
「本当に心当たりはないか?」
「はい、風紀委員に呼び出されるような心当たりはありません」
「……他の3人は?」
「と、特にはないわね」
「ええ、全く」
「うんうん! ちょっとわかんないね!」
嘘だ。仮にルーから事情を聞いていなかったとしても分かる。マーチはともかく、他3人は明らかに嘘を吐いているのが表情に現れている。
「では一つずつ聞いていこうか。まずは、先週。風紀委員長が夜に街を見回っている際に君たちを見ている。既に門限も過ぎていたその時間、何をしていた?」
「そ、その時風紀委員長にも言ったじゃない。ただ散歩していただけよ」
「なるほど。では次に、これも先週、君たちはやけに早い時間に登校していたな。生徒のいない学園で、何をしていた?」
「べ、別に早い時間に登校してはいけない決まりはないはずですが」
「そうだな。確かに早い分には何の問題もない。では次に、これだ」
ルーから預かっていた手紙を取り出す。放課後に学園の敷地の隅まで来るようにという呼び出しの手紙と、同封の薬を1週間以内に飲まなければ家族がどうなるか分からない、という脅しの手紙の2枚だ。
「この手紙をとある生徒から預かった。心当たりは?」
「ううん、そんな手紙見たことないなー」
「ほう、まだ白を切るつもりか? この手紙の筆跡を調べれば誰が書いた物なのかは簡単に分かってしまうが、心当たりはないということで良いんだな?」
流石にまだ筆跡を調べることは出来ていないが、この4人の中の誰かが書いた物だろう。それを証明するように、マーチ以外の3人が蒼白になった顔を見合わせている。
「はい、心当たりはありません」
マーチが口を開く。その姿は変わらず、自分には何の落ち度もないと言わんばかりに堂々としている。
「えっ、ちょっとマーチ、流石に苦しいわよ……」
「あなたの指示で手紙を書いて薬を同封したんじゃないですか」
「そうだよ、どうするの?」
コソコソと話しているつもりなのだろうが、彼女たち以外に音を発していない現状、その声はよく聞こえる。もはや認めたも同然だ。
「わたしは本当にその手紙に心当たりはありません。恐らくこの3人の誰かが書いたのではないでしょうか」
「は、はぁ!? ちょっとマーチあんた……!」
「なのでその手紙の内容や、とある生徒という方にも一切心当たりはありません」
そう来たか。こいつ、躊躇なく他の3人を切り捨てやがった。
恐らく本当に手紙を書いたのはマーチではないのだろう。実行犯としてルーに接触したのもマーチ以外、薬を入手するために夜に出歩いていたのもマーチ以外。最初から自分だけは関係ないで押し通すつもりでいやがったな。
そして実際にマーチ・イーヴィッドが関係していると証明する手段がない。他の3人はマーチの指示だと言い張るだろうが、それが本当か嘘かはこちらには分からないからだ。
俺がマーチが関わっていると考えているのは、あの薬を売っていたのがイーヴィッド薬品だからという一点のみ。こいつだけは、何かおかしな行動をしているところを目撃されていない。
仕方がないな。
「そうか。この手紙にある薬というのが、どうやらイーヴィッド薬品で売っていた物らしくてな。イーヴィッド伯爵の娘である君も関わっているのではないかと思ったんだ。違ったのなら、申し訳なかったな」
その俺の言葉に、ずっと余裕な態度だったマーチが初めてわずかに動揺する。この情報を知られているとは思っていなかったのだろう。
あの日、俺が薬を押し付けられた日。何故ディアン先輩は声をかけられなかったのかを考えた。その1日だけなら偶然というのもあり得るが、ディアン先輩は毎日夜の見回りをしている。それなのに1度も声をかけられたことがない。
恐らく、店に情報が流れていたんだ。この生徒は見かけても声をかけない方が良い、と。だが、風紀委員に入ったばかりの俺についてはまだ伝わっていなかった。そういうことだろう。
今年に入ってからはマーチが情報を流していたのだろうが、昨年まではどうやって情報を集めていたのか……気にはなるが、今は置いておく。
「ええっ!? そうなのですか!? そんな……すみません、家に確認したいので、退出しても良いでしょうか」
「おや、知らなかったのか。ああ、実家に確認してみると良い。あ、そうそう、この話は既にレオン王子にも伝えてあるから、もし王子に誤解されてしまったら教えてくれ。俺からも弁護させてもらおう」
「っ! あ、ありがとうございます……では、失礼します」
「で、では我々も……」
「お前たちは残れ」
「くっ! ま、待ってください! 主犯はマーチ・イーヴィッドです! わたしたちはあの女の指示でっ!」
「そうかそうか、それは災難だったな。指示されただけだ、などという理由で、人の人生を台無しにしようとした罪が許されると思うなよ?」
観念したように俯く3人。こいつらに関しては、王子に班から追い出されて感情が乱れているのをマーチに利用されたのだろうし、つい魔が差して、という気持ちも全く理解出来ない訳ではないんだがな。やったことがやったことなだけに、許すのは難しい。
「ちょっとクレイ! マーチはどうするのよ!? まさかあんな戯言を信じて無罪だって言うんじゃないでしょうね!?」
「それに、ルーちゃんの家族が危ないんじゃない? さっき家に連絡するって言ってたし……」
「あっ、そうだよクレイ君! 早く追いかけないと!」
何の相談もなく全て独断で話を進めていたから、風紀委員側も混乱してしまった。この人たちも頭は良い方だし、落ち着いて考えれば大丈夫だと分かるはずだが、慌てているせいでなかなか思考がまとまらないようだ。
「落ち着けってお前ら。多分大丈夫だ」
「クレイさんが、この話は王子に伝えてある、と言っていましたから、迂闊なことは出来ないはずですよ」
この場には王女であるアイリスがいる。だから相手が深く思考出来るなら、わざわざあんなことを言う必要はなかった。だが、どうやらそこまで頭が回らなかったようなので、わざわざ王子の話をしたんだ。あれだけ釘を刺しておけば、そうそう動けないだろう。
「え? あ、そうか。そうよね、自分が姫なのにそこまで考えが至らなかったわ」
「でもこのまま放置も出来ないわよね。これからのことも考えないと」
「な、何が……? どうしてそんなに落ち着いてるのよ……?」
風紀委員側は落ち着いたが、何故これほど落ち着いていられるのかが分からない呼び出された女子3人が未だ混乱の中にいる。まあ教えてやっても問題はないか。
「身近に接しているせいで忘れているのか? 王子というのは、王族だぞ。この国の王に直接連絡し、話をすることが出来る人間だ。その上レオン王子は正義感が強い。こんな悪事の話を聞けば一瞬で対処のために行動を開始する。既にイーヴィッド伯爵の邸宅に騎士が押しかけているかもしれない、と考えるのが自然だ。要するに、今ルー・ミラーロの家族を害するのは難しいだろう、とマーチ・イーヴィッドは考えている」
実際はまだ王子には伝えていないがな。もし俺の意図がマーチに上手く伝わっていないようなら、アイリスから陛下に連絡してもらうことも考えていた。問題なく伝わっていたようで安心したが。
「そこまで考えてるのは良いけどよ。やっぱりマーチ・イーヴィッドを放っておくのはマズイんじゃねぇか?」
もちろん放置するつもりはない。奴には必ず罪を償わせる。だが、それには準備が必要だ。今すぐには行動出来ない。
「もう少し時間を下さい。今のままでは詰め切れないので」
「解決が見えてるなら良い。作戦はお前に任せるわ。俺らの仕事があれば教えてくれ」
「はい、すぐに協力してもらうことになると思います」
そうして、その場は解散となった。3人は学園に事情を説明して引き渡したので、相応の処分を受けることになるだろう。




