第43話 救いの手を
違法な薬を発見した翌日。月が替わった。今日、明日は学園が休みだ。つまり、
「チッ、捕まらねぇか」
目的の人物が出かけていて、話が出来ない。これを咎める権利は俺たちにはない。何故なら、彼女らが悪事をしているという確証がある訳ではないからだ。結局は疑わしいという段階。無理矢理に話を出来るほど問題が発生している訳ではないし、切羽詰まっている訳でもない。
「仕方ねぇ、来週呼び出すぞ」
この休み中も夜の外回りは継続。今日は2年生の2人が担当だ。明日はアイリスとサラフ先輩の当番となる。1年と3年がコンビを組んでいるのは、1年だけでは危ないかもしれないという先輩の厚意だ。ディアン先輩は当たり前のように別行動をしたので何の意味もなかったが、サラフ先輩は恐らくアイリスと一緒に行動してくれるだろう。
今日はいつものように班で集まり、午前中に勉強、午後にトレーニングを行って過ごすことにする。学科試験は今月の半ば頃、もう半月程度しか時間がない。それまでにカレンの成績をどこまで改善出来るだろうか。
更に1日休みを挟み、新しい週が始まる。週始めは俺とアイリスが風紀当番だ。食堂でサラフ先輩も合流し、3人で学園へ。その途中、アイリスが思い出したように口を開く。
「そういえばイーヴィッド伯爵についてなんだけれど、思い出したことがあるのよね」
先週の見回りの結果については風紀委員全体に共有している。薬や伯爵についても伝えてあるが、伝えた時は特に気になることはなさそうだった。だが、思い返してみると気になることがあるというのはよくあることだ。アイリスも後で伯爵についての情報を思い出したのだろう。
「反王家の派閥っていうのがあるんだけれど、そういえばイーヴィッド伯爵はその一派だったなって。お兄様が前線に出ることになったのもこの連中のせいなのよね」
現王ガルゾ・ヴォルスグランは基本的に有能な王だと言われている。安定した政策、貧困層への積極的な支援、仕事を生み出す開発、それによる発展を国民に広く発信。各地で暴れる武装集団への対応も早く、現地の部隊での対応が難しい時は騎士団投入の決断も出来る。それによって、平民からの支持は過去の王たちと比べても最高レベルと言って良いだろう。
反面、平民に利益がある政策を行うということは、相対的に貴族は冷遇されるということでもある。仕事もせずに貴族という地位に居続けるようなことは絶対に許されない現状に、不満を抱く貴族も多いという話は聞いたことがある。
そんな不満を持つ貴族が集まったのが、その反王家の派閥という物なのだろう。その一員として、イーヴィッド伯爵も存在している、と。
「イーヴィッド伯爵自身は領地を持ってる上にそこそこ有能な商売人なんだけれど、だからこそ儲かる方へ乗っかるのよね。お父様は割と安定思考な方だから、儲けっていう意味では微妙なの。で、反王家側についているって訳」
ふむ、反王家の貴族、ディルガドールでは珍しい貴族の娘、そして、王子の班員。
偶然でも片付けられる範囲だ。貴族がディルガドールに入学してはいけないというルールはないし、周囲に貴族がいないのだから王子の下へ行くのは何らおかしいことではない。だが、もしこれが悪意を持って行われたのだとすれば……。
王子にはしっかり班員を選ぶべきだと進言するべきかもしれない。
その日、例の女子3人は普通の時間に登校してきた。そして、ルー・ミラーロは学園を欠席した。
昼、いつも通り班で集まっての食事だ。風紀委員の仕事内容は、班員にもあまり教えない方が良い。という訳で、食事中の会話は何てことのない雑談だ。
「で、カレンの勉強の調子はどうなのよ。同じ班として恥ずかしいから、あんまり酷い点を取らないでよね」
「フッ、完璧だ。むしろお前より良い点を取って見せよう」
自信満々に宣言するカレン。本気で言っているのだろうか。
「正直に言わせてもらうが、まだまだだ。良くなってきてはいるが、今試験を受けたら500点取れれば良い方だろうな」
「ちょっ!?」
「えー、ちょっと頑張りなさいよ。もう、班から追い出されても知らないわよ」
多少学科の成績が良くなかったくらいでカレンを追い出せるほどの余裕はないが、それを伝えて、どうせ追い出されないからと慢心されても困る。ここは少し話題をズラすか。
「追い出すといえば、王子は班員を追い出したりはしないのだろうか。本人の実力は圧倒的に高いのだから、まともに戦える班員にするだけでも違うと思うんだがな」
「レオンが追い出すなんてする訳ないじゃない。一度班に受け入れたからには最後まで責任を取るべきとか、そんなこと考えてるわよきっと」
「あー、あの方ならあり得そうですね……」
損な性格だな。王子はともかく、ルー・ミラーロがストレスで倒れてしまいそうだ。絶対いつか破綻する。その未来しか見えない。
「王子はもう班員を追い出したよ」
黙々と食事を口に運んでいたフォンが、そんな情報を落とす。何故知っている、というのよりも先に驚きが出る。王子についてあまり詳しく知らない俺ですら、班員を追い出す王子の姿は想像出来ないというのに。
「え? ちょっと嘘でしょ?」
「ホント。大会が終わった次の週始めには班を整理したみたい。ルー・ミラーロ以外は追い出されてる」
要するに大会終了して間を置かずに班員を追い出したということだ。あの王子が? そこまで容赦なく班整理を行ったのか。
瞬間、嫌な想像が溢れ出す。
容赦なく王子に斬り捨てられた班員。例の女子たちはどう思うだろうか。
唯一班に残ることを許されたルー。例の女子たちはどう思うだろうか。
放課後、慌てた様子で廊下を走っていたルー・ミラーロを思い出す。
例の女子3人がマーチ・イーヴィッドにそそのかされて魔薬を入手していたら。
今日、ルーは欠席。3人は普通の時間に登校してきた。
まさか……!
「寮に戻る」
「え? ちょっと、どうしたのよ!?」
「クレイさん? 何が……」
呼び止める仲間たちの声を無視して走り出す。もう遅いかもしれないが、流石に放置は出来ない。
寮まで走り抜け、階段を駆け上がる。部屋番号の割り当て方の法則は見れば分かる。ルー・ミラーロの部屋は間違いなく7319だ。あまり褒められたことではないが、緊急事態ということで女子のフロアに入る。7階、7319とプレートが付けられた扉を叩く。
「ルー・ミラーロ、いるか!? クレイ・ティクライズだ! もしいるのなら返事をしてくれ!」
全力でドンドンと扉を叩くが、反応がない。やはり遅かったか……!?
「はい……? どうしましたか……?」
恐る恐るといった様子の声が部屋の中から聞こえてきた。無事なのか? いや、まだ分からない。
「大丈夫か? 何か問題は起きていないか?」
「えっ、あ、の……だ、大丈夫、です……。何も、問題なんてないです、よ」
とても大丈夫という雰囲気ではない。やはりそうか。どうやってここまで追い詰められたのかは分からないが、何をされているのかは大体予想が出来る。
「魔薬を飲めと言われているのではないか?」
「っ!?」
当たりか。恐らく、王子に班から追い出された奴らは残ることを許されたルーを逆恨みした。だからいじめてやろうと思った。そういうことだろう。
冗談にならない。
軽い気持ちでやっているのかもしれない。魔薬の恐ろしさが理解出来ていないのだろう。だから当たり前のようにこんなえげつないいじめをすることが出来る。
連中は今、ちょっと嫌がらせをしてやろう、なんて遊び気分で、1人の人生を狂わせようとしているんだ。
気に入らない。強い立場から、弱い立場の者に何かを強要し傷つける。俺が最も嫌う行為だ。
「飲んだのか?」
「……いえ。今週中は待ってもらえる、とのことだったので、まだ」
間に合ったか。何とか最悪の事態は避けられた。
「もし薬を飲まなければどうなる?」
「実家が……イーヴィッド伯爵領にあるんです……」
家族を人質に取られたか。……そこまでするのか? 所詮はただの逆恨みだぞ。あまりにも重すぎないか? 薬を飲ませようとするのはその恐ろしさを理解出来ていないからだと思ったが、家族を人質にする行為の重さは分かっているはず。だとすれば、魔薬を飲ませようとするあまりにも酷いいじめも、全て理解した上でやっているのか。
何故ここまでする? いや、そうか。主犯がマーチ・イーヴィッドだとすれば……なるほど。ここで反王家派閥が関わってくるのか。だとすれば、この事件の解決方法は……。
「さて、ルー・ミラーロ。お前に残された選択肢は3つだ」
「3つ、ですか?」
「1つは破滅。全てを諦め、薬を飲む。間違いなくお前の人生は滅茶苦茶になるが、治療が不可能という訳でもない。それほどに酷い目に遭えば連中も満足していじめを止めるかもな」
「そんなの……無理ですよ……」
自分で言っておいて何だが、こんなものは選択肢とは言わない。これを選択するのなら、自室で一人震えていたりはしないだろう。
「2つは逃走。学園から、お前を傷つける者たちから逃げ、実家に帰り家族を連れ出す。イーヴィッド伯爵領からさえ逃げ切ることが出来ればどうとでもなるだろう。奴らがやっているのは犯罪だ。伯爵の味方ではないと信じられる誰かに助けを求めれば、間違いなく助かる」
「伯爵に立ち向かってくれる知り合いなんて……」
これは伯爵という地位、権力が敵になる。助けを求めた誰かが伯爵を恐れて裏切れば、その後どうなるかは分からない。犯罪が明るみに出るのを防ぐため、伯爵も全力で追ってくるだろうし、生きた心地のしない逃亡の日々を過ごす覚悟が必要だ。
「最後、3つ目だが。まあここまで言えば大体予想出来るだろう。どうする?」
「どうすると言われても……無理ですよ。それで何とか出来るなら、最初からやってます。無理だからこうしているんじゃないですか……。それくらい、頭の良いあなたなら分かるでしょう……?」
「違うな。無理ではない。必要なのは覚悟だ」
「覚悟するだけでやれるなら最初からやってますっ! 気持ちの問題でどうにか出来る訳ないじゃないですかっ!!」
「違う。必要なのは立ち向かう覚悟ではない」
「違う……? だったら何が……」
「必要なのは、助けを求める覚悟だ」
「助けを……求める……?」
善良なのだろう。魔薬を飲ませようとする、家族を人質に取る、そんな悪事を平気でする連中。誰も巻き込めない、巻き込んではいけない。当たり前のようにそう考えることが出来る、心根の優しい少女なのだろう。
だが、それでは駄目だ。
敵が強い、恐ろしい。助けを求めれば、その人も危険かもしれない。だからこそ誰かに助けを求めなくてはならない。1人でやれることなど高が知れているのだから。
「助けを求めたとして、どうするっていうんですか。わたしをいじめてるほんの数人を物理的に倒して終わりではないんですよ? 全て解決出来る、そんな方法があるんですか?」
自棄になったような声が扉越しに聞こえる。無理もないだろう。
解決条件は、ルーとその家族の安全の確保だ。そのためには、連中を学園から追い出すか二度といじめをしないと誓わせ、その上で伯爵の手からルーの家族を守らなくてはならない。誰が敵かも分からない状態で、だ。
「ああ、問題ない」
「え?」
思わずといった様子で、部屋の扉が開く。中から顔を覗かせる水色の少女は、真っ赤になってなお涙が止まらない目をこちらに向けて、縋るように口を開く。
「…………やれるんですか?」
「ああ」
「……誰かがわたしの代わりに酷い目に遭うなんて、嫌です」
「ああ」
「家族も、無事でいて欲しいです」
「ああ」
「自由に、学園で過ごしたいんです」
「ああ」
人を想う願いの中で、最後に付け足された自由を願う言葉。きっとこれが彼女自身の想いなのだろう。王子の班に入ってからずっと抑えつけられていたのだろう。入学から2ヶ月ほど、自由と言える時間はほとんどなかったのだろう。
それを今、解放する。
「……助けて、ください」
「任せろ」
では3つ目の選択肢、闘争といこうか。




