第42話 夜の見回り
寮の玄関に立つ仕事はアイリスとサラフ先輩に任せ、ディアン先輩と街に出る。これから毎日、夜に街中を見回ることになった。今日は俺たち2人で外回りだ。
「俺があいつらを見たのはこの辺だな」
学園前の大通りほどではないものの、それなりに大きい通りだ。この辺りはあまり学生が利用しない店が並んでいる。
例えば食材を売っている店や、薬品店などだ。食事は学園が用意してくれるから基本的に学生は買わないし、薬も同様。学園に言えば基本的な物はもらえる。
こういった店は、学生以外の住民たちが利用するためのものだ。学園都市と言えど、学生以外の住民は多い。店を経営している人や、警備隊などの街のために働く人々。他にも研究所なんかがあったり、働いている人の家族だったり。あくまで学園は中心というだけで、この都市も人が暮らす街であることに変わりはない。
「こういう学生があまり来ない通りの路地は逆に学生狙いの悪党がうろついてたりすんだ。気をつけろよ」
「あまり学生が来ないからこそ、こういうところに来るような学生は狙い目ということでしょうね」
「ああ。んじゃ、別々に捜索すっか」
例の3人が今日も出歩いているとは限らない。だが仮にいるとするなら、少しでも遭遇率を上げるためには手分けして見回るのが良いだろう。
という訳で1人で見回りをしてみるが、そう簡単に見つかる訳もなく、無駄に時間が過ぎる。
そもそもあいつらは何故こんなところに来たのだろうか。闇雲に探すより、目的を想定して出くわしやすい場所を探した方が効率的だろう。
真っ当な目的なら風紀委員が出張る案件ではないため、何らかの悪事をしていると仮定する。わざわざ夜にこんなところを出歩いているのだから、その可能性は高いだろう。
とはいえ、学生があまり来ないというだけで、ここも普通の通りだ。違法な店や大人向けの店があったりする訳ではない。ただ歩いているだけでは異常は発見出来ない。
なら、あっちから来てもらうか。
風紀委員の腕章を外す。少し制服を着崩し、いかにも平和な学園生活に飽きている少し悪ぶった風を装う。
そして路地に入る。刺激を求めて夜に出歩く不良学生。ディアン先輩が言っていたような、学生狙いの悪党がターゲットにする客層に合わせる。
さて、どうだ? 俺の予想が正しければ、こうしてしばらく1人で歩いていれば声をかけられると思うが……。
しばらく歩く。だが引っかからない。ディアン先輩はこの都市も平和ではないと言っていたが、それでも世界トップクラスに治安が良いのは事実だ。悪党もそう山ほどいる訳ではない。運悪く、あるいは運良くあっさり出くわしたりはしない、ということか。
いや、もしかしたら1人なのがいけないのではないか?
複数人いれば、その中の誰かが商品に興味を示せば違法物を売りつけられる可能性が高い。1人が買えば、同行している仲間もつられて買ったりするだろう。
だが1人では商品に興味を示さなかったら終わりだ。仲間が買うなら自分も、という集団心理も利用出来ないし、もしかしたら1人はターゲットにしにくいのか。
仕方ない、出直すか。
「なあ、坊主。こんな時間に、こんなところで、1人で何してんだい?」
……かかった。整った顔の25歳ほどに見える男だ。だが待ってましたとばかりに飛びついては駄目だ。あくまで偶然、意図せず出会った、そう示さなければ。不良っぽさが出るように口調を変えて、
「ああ? んだテメェ。ただ歩いてるだけだよ文句あんのか?」
「クク、いやいや、文句なんかないさ。何か不機嫌そうだな、学校で嫌なことでもあったか?」
「っせぇよ、テメェには関係ねぇだろ」
「確かに、俺には関係ないわな。だが俺も学生時代はそんな風にイライラしてる時期があってなぁ。他人事だとは思えないのさ」
なるほどな。同じ経験があるという親近感を持たせて距離を詰めてくるタイプか。あまり突き放し過ぎて手を引かれても困る。ここは少し絆された風を装うべきか。
「チッ、あの学園はよぉ、実力が足りねぇとあっさり見捨ててきやがる。俺だって好きで弱いままじゃねぇってのに」
「だよなぁ。分かるぜ。俺もディルガドールにいたからな。実力が足りなくて退学にされちまってなぁ。だから坊主の気持ちはよぉーく分かる」
「……やっぱ退学になるのか?」
「ああ、あっさりな。ホント容赦ねーよあの学園は」
もしかしたらこいつは本当にディルガドールを退学になったのかもな。あの学園が容赦なく退学にするのは事実のはずだ。まあ嘘だろうと本当だろうと関係はないんだが。
「ああクソッ! やってらんねぇ!」
「まあまあ落ち着けよ。そう荒れてたんじゃ余計に成績に響くぜ? よっしそんじゃ、可愛い後輩のために一肌脱ぎますかね。ついて来な、良い店紹介してやる」
来たか。この場で違法品でも売りつけられるかと思ったが、店に案内されるのか。流石に店まで構えていたら警備の審査くらい受けていると思うが……。
「良い店?」
「ああ、坊主みたいな奴にピッタリな店さ」
路地の奥に行く訳でもなく、案内されたのは比較的表の通りに近い場所。というか、これは通りに面した店の裏口じゃないか? 違法品を扱っているとは思えない、大きい建物だ。
「ここだ」
扉を開けて中に入っていく男に続き店に入る。中は箱が積まれた倉庫のようになっている。表の店の在庫が保管されている部屋だろうか。その箱の量から、ここがかなり大きい店であることが分かる。
「ここはとある薬品店だ。んで、ここは特別に招待されたお客様しか入れない、秘密の部屋って奴さ。坊主みたいな頑張ってるのに結果が伴わない奴を少しでも応援したいと思って、本当はいけないんだが、こっそり連れてきたって訳」
特別な、秘密の、などと言って幸運にも選ばれたように勘違いさせ、本当は駄目だが、こっそり、などと言って更なる特別感を演出。そして出てくるのが、
「俺が坊主にオススメしたいのがこれ。ストレスを解消して気分を上げてくれる薬さ」
違法品。麻薬だ。いや、これは魔薬かな。魔法によって生成された魔法薬の中の違法品のことを、魔法薬から法を除いて魔薬と呼ぶ。別にどちらでも良いがな。
ニヤリと笑って手渡される錠剤。使用の抵抗感を薄めるために、服用しやすい形状にしているようだ。こんなものを退学になるかどうかでストレスが溜まっている学生に売りつけようとは。
「これ、ヤベェ薬じゃねぇのか?」
「いやいや、そんなヤベェ奴じゃないって。今のままじゃ学園で大変だろ? その状態にストレスが溜まって、もっと状況が悪くなってくんだ。俺は経験者だからな、よーく分かる。こいつでそのストレスをなくせば、逆に状況も上向くってもんさ。ここだけの話、実は結構ディルガドールの学生に売れてるんだぜ?」
「つってもなぁ。高いんじゃねぇの? 流石に学生証で買えねぇだろ?」
「まあ確かにそこそこ良い値がするな。だが安心しろ。ここは俺が奢ってやる。少しでも可哀想な後輩の助けになりたいんだ。ほら、1袋やるよ。こいつで少しでも坊主の学園生活が良くなることを祈ってるぜ」
……えげつないな。恐らくかなり依存性がある薬だろう。こんなものを一度でも使用してしまえば、もう沼から抜け出せない。そんなものを初回限定無料配布と来たもんだ。少しだけ試してみよう、そう思ってしまったら終わり。退学率の高いディルガドールは、成績悪化に伴ってストレスを感じる生徒がいくらでもいる。騙されやすいだろうな。
「マジかよ!? え、じゃあ貰ってくけど、やっぱり後で金払えとか言われても払わねぇからな?」
「おう、遠慮すんな。あ、でもこのことは秘密にしてくれよな。流石にバレると俺も怒られちまう」
「ああ、ここまでしてくれたんだ。裏切るようなことはしねぇよ」
さて、どうするか。このまま警備隊に連絡しても良いが、果たしてこの店を潰せるか。ここまで堂々と違法品を扱っているとなると、何らかの方法で警備に捕まらないように対策していそうだな。
迂闊なことをすると俺が危険である可能性もあるか。少なくとも1人で行くのは避けた方が良いだろう。ここは一度ディアン先輩と合流するか。
結局例の3人は見つからなかった。ディアン先輩が見つけた日の夜に出歩いていただけで、毎日という訳ではないのかもしれない。
予定通り、日付が変わる2時間ほど前にディアン先輩と合流する。
「お、その格好、分かってんな」
「ということは、先輩のその格好も?」
「ま、そんなところだ」
この人が風紀委員らしからぬ不良じみた見た目なのは、この夜の見回りで悪党を釣るためだったらしい。もしかして、朝の当番をサボるのは夜の活動のせいで起きられなかったりするのだろうか。
「こっちは収穫なしだ。そっちは?」
「こんな物を押し付けられましたよ」
状況と場所を説明する。先輩がこの格好で毎日見回りをしているなら、先輩も知っていてもおかしくないように思えるが、何故先輩には声をかけていないのだろうか。
「あん? その場所はイーヴィッド薬品じゃねぇか。結構な大店だぞ。この都市でも有数の薬品店だ。そんな店が魔薬を売ってやがったって? マジか」
イーヴィッド薬品といえば、イーヴィッド伯爵が自分の名前を付けている主力の店だ。リーナテイスにも支店を出していたのか。
「警備隊に連絡しに行かなくて正解だぜこりゃ。もし警備隊に伯爵の息のかかった隊員がいて、そいつが今日の当番だったら終わってた」
流石に都市全てが犯罪に加担しているとは考えにくいが、伯爵ほどの権力があると、どこまでが信用できる人間なのかの判別が出来ない。ますます迂闊な行動が出来なくなるな。
「この件が例の女子3人に関係しているかは分かんねぇが、放置も出来んか。つってもなぁ。流石の俺も伯爵と正面から戦争は出来ねぇ」
イーヴィッド、か。そういえば確か、学園にも……。
「どうした? 何か気になることがあるか?」
「いえ……そういえば学園にもイーヴィッドがいたな、と思いまして」
レオン王子の班の女子5人。1人はルー・ミラーロ。そして問題の3人。残りの1人がイーヴィッドだ。王子の班で唯一3組ではない生徒。マーチ・イーヴィッド。身長160センチほど。よく浅葱色の長髪を一つに編んだ髪型をしている風魔法使い。いまいちパッとしない、目立たない感じの女子だったのを覚えている。
異常に倍率が高かったはずの王子の班員の座を手に入れたのだから、ただ大人しいだけの女子ではないのだろう。ディルガドールでは珍しい貴族の娘だということからも、それが読み取れる。
「ほう、王子の班員か。例の3人も王子の班員だったな。やはりこの薬を手に入れるために夜出歩いていたと考えるべきか。そのマーチっつう伯爵の娘が紹介でもしたか?」
「全て憶測に過ぎませんけどね。可能性はなくはないと思います」
「一度その4人を呼び出してみるか。この薬を見せりゃあ何か反応すんだろ。……あー、いや、危ねぇか。もし理事長も伯爵側だったら終わるな」
4人を呼び出して薬を見せた場合、悪事がバレたことは店に伝わるだろう。もし理事長が敵なら、この都市に俺たちの居場所はなくなると考えて良い。だが、
「理事長が伯爵側である可能性はないと思いますよ」
「そうか? 確かにその可能性は高いとは思うが、絶対とは言い切れねぇんじゃねぇか?」
「ディルガドールは国が金を出している学園です。そのトップはもちろん国に信頼されている人物でしょう。王子、王女が入学しているくらいだ。これは絶対と言って良い。つまり、国が違法としているなら理事長から見ても悪になると言っても過言ではないんですよ」
恐らく、理事長と陛下はしばしば会って話すくらいには交流がある。よく知りもしない人間に王子、王女を任せるほど陛下が愚かであるとは思えない。陛下が知らない間に理事長の性格が変わり、悪事に加担するようになっていた、などということはないはずだ。
「なるほどな。なら一度会って話をしてみるか。よし、今日の見回りはここまでだ。帰るぞ」
すっかり暗くなった道を、寮に向かって歩き始める。




