第34話 決着
「ティール、突っ込め!」
「はいっ!」
目にもとまらぬ速さで突撃してきた王子様をカレンさんが受け止めた瞬間、それを横目に駆ける。
「えっ、レオン様が見えなくなっちゃった」
「えー!? レオン様の雄姿が見れないなんてー!」
「ちょ、ちょっと、来てるよ……」
後ろに氷の壁が出来る。その瞬間から、カウントを始める。
「はああぁぁぁっ!!」
床にハンマーを叩き付ける。床にヒビが入って、少し揺れる。
「きゃあっ!?」
「ひゃっ!?」
相手の動きが止まった。よしっ! これで時間稼ぎは大丈夫……
「水弾!」
「ひゃわっ!?」
全員の動きが止まっていたと思ったのに、小さい水の弾が飛んで来た。ええっと、この場合は……
「王子の班は王子以外雑魚だ。正確には、まともに戦えばそこそこやれる班員が揃っているが、まともに戦わないから何の脅威にもならない」
「そうなんですか?」
「王子の活躍を見たい、他の班員より役に立って王子に褒められたい、そんな思考で動いている。つまり、王子ばかり見て何もしないか、他の班員の邪魔をするかしかない」
みんな頑張って戦っているのに、そんな自分勝手な人たちがいるなんて。そんな人たちに負けたくない!
「あたしはどうすれば良いですか?」
「まずは怯ませろ。いつも通りのやり方で良い。やる気なんて微塵もない連中だ。それだけでビビッて動けなくなるはずだ。それで10秒稼ぐ。だが……」
「?」
何か不安なことがあるのかな。いつも通りって、床をハンマーで叩けば良いんだよね。それくらいならちゃんとやれるはず。
「一人、まともな奴がいる可能性がある。水魔法使いなんだが、ここまでの試合、状況を見て自分で判断して王子の援護をしようとしているように見えるんだ。他の班員に邪魔されてほとんど結果は出せていないがな。もし邪魔されて10秒で思った通りの状況にならなかった場合……」
この魔法陣の紙を広げて、この魔力が込められた球をぶつけて、そうすると球が割れて魔力が撒かれる。で、魔法陣が発動して土の壁が出来るから、
「水弾!」
土の壁が相手の魔法を防いでくれた。これに隠れて、
「ちょっと! 何勝手なことしてる訳?」
「あなたはそうやっていつも一人で良いところを見せようとして」
「あ、あの、えっと、ご、ごめんなさい……」
「ぷぷぷ、いっただきー!」
「あっ! あんたもまた勝手に!」
少しの間言い争っている声が聞こえていたと思ったら、誰かがこっちに走ってくる足音が聞こえてきた。多分、相手の剣の人。もっと近づいて来るまで引き付けて、そうしたら、
「せい、やああああぁぁぁぁっ!!」
壁が壊されない内に、全力でハンマーを振り抜く。
「えっひゃああああぁぁぁぁっ!?」
剣の人を壁ごと吹き飛ばして、衝撃がまき散らされる。吹き飛ばされた剣の人が、他の相手にぶつかって邪魔をしてくれる。
この隙に、何度も使って来た木の球をハンマーで打つ。狙いは水魔法の人。
「み、水壁……!」
水の壁に防がれちゃった。今までは魔法で防がれても壊せたのに、この壁は簡単には壊せないみたい。
「喧嘩している場合ではありません! 今はレオン様も見えないのですから、目の前の敵を片付けますよ!」
「何仕切ってる訳? でも賛成。やるわよ」
喧嘩していた相手の班員たちが、こちらを睨んでいる。剣の人は倒したけど、代わりにやる気にさせちゃったみたい。
怖い……。スゴク睨んでる。怒らせちゃった。当たり前だよね。あんなに攻撃したんだから。
でも、
(クレイはティクライズの落ちこぼれだから。きっとこの学園で結果を出さないと、良くないことになる)
そんなのダメ。あたしのせいでクレイさんがひどい目に遭うなんて、絶対に嫌。
だったらやることは決まってる。クレイさんに具体的に指示されているのはここまでで、ここからどうすれば良いのかは自分で考えないといけないけど。でも、ゴールは指示されてる。それさえやり遂げれば、何でも良い。
「はあああぁぁぁぁっ!!」
こちらから突っ込む。相手のもう一人の剣の人と打ち合おうとする。すると、後衛から魔法が飛んでくる。
水、炎、風。3人から飛んでくる魔法。
覚悟を決める。タイミングはこれで良い。
自分から、風魔法に当たりに行く!
「なっ、何をっ!?」
風魔法を受けたあたしは吹き飛ばされる。でも飛距離が足りない。重りのせいで体重が増えているから、あまり飛ばされてくれないんだ。もっと飛ばないと……!
吹き飛びながら、ハンマーで床を叩く。自分の力で加速する。飛距離を伸ばす。
そして、氷の壁までたどり着く。
1分!
「はああああああぁぁぁぁっ!!」
氷の壁についている目印。フォンさんが付けておいてくれた目印のくぼみ目がけて、全力でハンマーを振り抜き、
壁を貫いて、目の前で剣を振り上げている王子様を叩く!
ティールに出した指示は単純。10秒稼いで氷壁を破壊しろ。それが無理なら1分稼いで氷壁を破壊しろ。位置は目印を付けておく。それだけだ。
10秒の段階でティールがこちら側に来なかったことから、予想通り水魔法使いに邪魔をされたことを理解した俺は、あらかじめフォンが氷壁に刻んでいた魔法陣を起動。爆発を起こして1分稼ぐ方向に切り替えた。
完璧なタイミングだ。
俺の目の前で氷壁から飛び出したティールが王子を殴る。いくら王子でも、見えてすらいない相手からの不意打ちは防げない。今度こそ完全に入った。ティールの怪力が王子の体を吹き飛ばす。
「まだ、まだぁ……っ!」
雷の鎧からバチバチと周囲に線が走る。吹き飛ばされた王子が倒れることすらなく、足で床を削り停止する。
「烈火・爆炎脚!」
体が痺れて動きが鈍いカレンが、しかし魔法の爆発で普段と変わらない速度を得る。吹き飛ぶように王子に接近、そのまま剣を振り抜く。
「炎剣・一文字いいぃぃぃっ!!」
炎を纏った一閃。何とか吹き飛ばされるのをこらえたばかりの王子に避ける術はない。
直撃。その剣は、何度も重い一撃を受けてきた王子の意識をついに奪い、
今度こそ、王子が倒れる。
「そ、そんな……!」
「レオン様が負けるなんて……」
ティールが空けた氷壁の穴からこちらの様子を確認した相手班員たちが、ショックを受け固まっている。
「ティール、打ち抜け!」
「はいっ!」
ティールが放つ木球が、驚き動きを止めていた水魔法使いを打ち抜く。
「はっ! ま、まだ終わってないわよ!」
「や、やりますよ! レオン様がいなくとも、わたしたちで……!」
何とか気を持ち直したようだ。だが、カレンとティールが時間を稼いでいる間に、痺れが取れて動けるようになった俺が氷壁を回り込み、背後から意識を奪って終わり。
「そこまで! 優勝はクレイ・ティクライズ班だ!」
俺たちの優勝が決まった。
『決まりました! レオン・ヴォルスグランついに落ちる! 優勝はクレイ・ティクライズ班です!』
『おおおおぉぉぉぉっ!! スゴイ! スゴイ!! 本当に勝っちゃうなんて!』
『素晴らしい戦いぶりでしたね。特に炎と雷の激突は、なかなか見られない名勝負だったと思います』
『それも凄かったね。カレンさん、レオン王子に負けてなかったよ! いや、負けてはいたけど、ところどころ押し返してた』
『それも、ですか?』
『ティールさんも頑張ってたけど、あれはやっぱり相手がちょっとね。フォンさんの魔法制御能力には感動すら覚えるよ。氷の壁に魔法陣を刻むなんて、かなり精密な制御が必要だからね』
『なるほど。班の全員が連携して勝ち取った優勝だということですね』
『そう! そしてやっぱりクレイさんの先読みは半端ない!』
『先読み、ですか? 彼はこの試合ではあまり大きな活躍はなかったように思えますが』
『何言っちゃってんの!? レオン王子が氷壁の目の前にいるまさにその瞬間、ティールさんが壁を破壊したんだよ!? あんなのタイミングを操作してたに決まってるじゃん!』
『言われてみれば……ティール・ロウリューゼは最初からあのタイミングで壁を破壊しようとしていた動きにも思えてきます』
『マジでどうやってるんだろ……。レオン王子がカレンさんを押し切るタイミングも読んでたってこと……? 試合開始の前から……? そんな馬鹿な……』
『はい、解説が自分の世界に入ってしまったので、実況はここまでとさせていただきます。この後、表彰式が行われますので、会場の皆様はそのままお待ちください』
「優勝だ! おい、優勝だぞ! 優勝かぁ! なあ、優勝だぞ、優勝!」
「やったーー! やった、やったーー!!」
「ふふ」
嬉しさのあまり語彙が貧困になっているカレン。跳びまわってはしゃぐティール。そんな2人を見て微笑むフォン。
各々形は違えど、喜んでいるのは間違いない。そんな姿を見て、やっと実感が湧いてくる。
よく勝てたものだ。
全て綱渡りだった。カレンが予定の時間まで粘れる保証もなければ、ティールが予定通りに氷壁を破壊出来る保証もない。それぞれの実力からやれる可能性は高いと思ってはいたが、あくまで予想。実際にやれるかは分からない。
実際、王子の能力は予想を軽々と超えてきた。未だにどうやって気配を消して近づいた俺に気付いたのか分からない。それでもカレンが限界を超えて粘ってくれたおかげで何とか作戦通りに進んだ。俺は何もしていないようなものだ。
「クレイ君、おめでとう。負けたよ。完敗だ」
「ありがとうございます。完敗だなんて、そんな。終始押され続けていましたよ。勝てたのは奇跡のようなものです」
レオン王子が近づいてきた。爽やかに笑っているが、普段より表情が硬い。表に出していないだけで、悔しく思っているようだ。
「いや、最初から予定通りに進んでいたんだろう? 解説の副会長が言っていることはきっと真実だと思う。それを聞きに来たんだよ。僕がいつカレンさんを倒すかなど分からなかったはずだ。どうやってあんなにピッタリタイミングを合わせたんだい?」
「ふむ……教えても構いませんが。代わりに、俺が近づくのをどうやって感知したのか教えていただいても良いでしょうか?」
「ああ、そのことかい。僕はね、魔法を使っていると周囲に微弱な雷を纏うんだよ。これは無意識なんだけど……これが勝手に接近する物を感知するようになっているんだ」
気配を消しても、俺がそこにいるという事実は消せない。近づいた時点で気付かれることは確定していたのか。本当に弱点という物がない人だ。
逆に、その能力では氷壁の向こうから接近するティールには気付けなかった、というのが決め手だったのかもしれない。普段は雷が自動感知しているから、感知出来ない物に対する警戒が薄いんだろう。
「ではこちらもお教えしますと。そもそもあそこでカレンが落とされたのがわざとなんですよ。カレンは予想以上に頑張ってくれました。もう少し粘ろうと思えば粘ることが出来た。でも、限界までやらずに負けたように見せかけるように指示を出したんです。予定のタイミングに合うように」
「そうか……僕はまんまと引っかかった訳だ」
王子は班員を助けようと慌てていた。しっかりカレンが倒れたのを確認しなかったこともそうだし、カレンを倒したらまっすぐ俺を落としに来たのもそうだ。
王子には悪いが、動きが非常に読みやすい。こういうところが、アイリスに言わせると頭が悪いということになるんだろう。
「ありがとう、納得したよ。負けるべくして負けたのだとね。じゃあ、これで退散しようかな。君と話したそうにしている子たちに怒られてしまうからね」
そう言って去っていく王子と入れ替わるように、班員たちが近づいてきた。
「おいクレイ! もっと喜べ! ほら、やったー! って」
「やったー! やったー! ですよクレイさん!」
「ふふ、やったー」
カレンに右手を、ティールに左手を掴まれて、上げられる。2人は逆の手でフォンの手も掴んで上げている。輪になって、やったー、やったーと騒ぐ仲間たち。まったく。
「やったー」
「もっと大きな声で! やったー!」
「やったー! です!」
そんな大騒ぎは、表彰のために呼ばれるまで続いた。




