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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第1章 班結成
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第32話 4日目の終わり

『クレイ班決勝進出! 今までは指示や不意打ちしか出来ないと思われていたクレイ・ティクライズ。ここに来て正面からの戦闘も出来ることが示されましたね』


『いやー、あれを正面からの戦闘と言って良いのかは微妙だと思うよ?』


『確かに。実は一つ分からなかったところがあるのですが……』


『クレイさんの大ジャンプでしょ? 多分足から風魔法を撃って跳んでるんだと思うよ? 空中で跳べたのも同じだね』


『なるほど。魔法陣以外で魔法が全く使えないという訳ではなかったのですね』


『それよりスイリーさんに止めを刺したところがお見事だったね。魔法陣から放たれた岩石に魔法陣の紙を紛れ込ませているなんて、思わずマジでっ!? って叫んじゃったよ』


『そこから噴き出した炎によって意識を奪われ脱落となりました、スイリー・マグバール。しかし彼も大健闘だったと思います。お疲れ様でした』


 解説が間違えているな。まあ魔法陣は隠して使うことは出来ないというのが常識だから、仕方がないのかもしれないが。

 魔法陣でしか魔法が使えない訳ではないというのは確かだが、俺の大ジャンプに使用した風魔法も魔法陣だ。靴裏に描いてあった魔法陣から風魔法を放ち跳んだ。空中では逆の足で跳んだだけだ。

 靴が床に着いていると発動出来ないんだが、少しでも足を上げていれば魔法陣は隠れないので発動が可能となる。裏技みたいなものだ。


 試合を終え、観客席に向かう。


「おい! おいクレイ! 何だ何だお前ぇ! 戦えるではないかあれだけ散々自分は正面から戦うなんて出来ないと言っていたくせにぃ! このこのぉ!」


 やけにテンションが上がっているカレンがツンツンと絡んできた。どうしたんだこいつは。


「止めろウザったい」


「カレンさんの言う通りです! もう、もっとあたしたちにもクレイさん自身のことを教えてくださいよ!」


「そうだそうだ! もっと自分のことを話せ! 仲間として、お互いをもっと知ろうではないか!」


「そうだそうだー!」


「やかましい! やっていることはいつもと変わらなかっただろうが」


 何言ってんだこいつ、と言わんばかりの表情でこちらをじっと見つめてくる2人。どんどん似てくるな、こいつら……。


「魔法陣を使って不意を突く。確かに変わらない」


 完全にシンクロした動きでフォンの方へ顔を向ける2人。説明して? と言いたげな表情までそっくりだ。実は姉妹とかじゃないのか。

 フォンが俺がやったことを全て説明してくれた。楽で良いな。


「ほえー……」


「なるほどなぁ……」


「でも凄いのは確か。クレイ凄い。ゴメンね、あんまり役に立たなくて」


「何言ってるんだ。フォンがいてくれるから、いつも開幕でこっちのペースに持っていけるんだ。充分役に立っている」


 そんな話をしている間に観客席に着いた。さて、空いている席は……


「クレイ! こっちよ! あなたたちの分の席を確保しておいてあげたわ!」


「お疲れ様でした。流石、素晴らしい戦いでしたね」


 アイリス、クルが観戦しやすい席を確保していてくれたようだ。次の決勝に備えて、今日の第二試合はしっかり見ておきたい。ありがたいことだ。


「ありがとう」


 アイリスの隣の席に座る。隣にティールが来て、カレン、フォンと座った。


「ふふん、存分に感謝しなさい」


「アイリス様、ずっと興奮していましたよ。凄い凄いって」


「ちょっ、止めなさいクル! ち、違うのよ? あれは、えーと……そう! 凄い運が良い奴ねって意味よ! 良かったわね、ここでレオンと当たらなくて」


 運が良い奴だと思って興奮しているのは、相当ヤバい奴だが……指摘はしないでおいてやろう。


「凄い運が良い奴だって興奮していたのか? 頭がおかしいのか」


「なっ、あなたねぇ! この姫様に向かって頭おかしいとは何事!?」


「いやだってそうだろう! 運が良いと何故興奮するのだ、頭おかしいだろうが!」


「何回頭おかしいって言うのよ、ぶっ飛ばすわよ!」


「上等だやれるものならやってみろ!」


 せっかく人が気を使って黙っていたというのに、カレンは本当に残念な奴だ。


「アイリス様! 落ち着いてください、次の試合が始まりますよ!」


「カレンもやかましいぞ。お前はもう少し人の気持ちを読めと言っただろう」


「人の気持ちを読め……そうか! 確かに言っていたな。ということはこれも照れ隠しか!」


「なっなっなっ……!」


 あーあ、言っちまいやがった。アイリスの顔が真っ赤になっている。もう知らん。勝手にやってろ。


「そうかそうか。よく分かった。む、試合が始まるな」


 すっかり落ち着いて試合を観戦する体勢になるカレンとは対称的に、今にも雷魔法を放ちそうなくらいワナワナと震えているアイリス。


「アイリス様、落ち着きましょう。深呼吸です、深呼吸。相手にしてはいけません。疲れるだけですよ」


「ぷふっ……ふっふふ……」


 よく分かっている。いつでも全力過ぎてカレンの相手は疲れるんだ。ティールが笑ってしまうのも無理はない。

 何とかアイリスが落ち着きを取り戻したのと同時に、準決勝第二試合が始まった。






『さあ、いつも通りの開幕速攻! レオン・ヴォルスグランがバチバチと雷を放ちながら突撃します! おっと!? 受け止めた! ついにこの突撃が止められました!』


『魔法によって強化された班長アーサ・ナインフェールがギリギリで王子の剣を弾いたね。そして同じく強化された仲間と3対1で抑え込んでる』


『流石のレオン・ヴォルスグランといえども、強化された前衛3人は流石に容易ではないようです! 盾がメインとなって受け止め、剣2人で攻撃します!』


『ここで凄いのは強化魔法なんだよね。あのレオン王子の突撃が来る前に強化が間に合ってる。これは目立たないけど最高の活躍と言って良いよ』


『レオン班の前衛2人が前に出ようとしていますが、進行方向に巧みに造られる石壁がそれを阻みます。そして凄まじい速度で炎魔法を構築することで、レオン班の後衛3人をたった1人で抑え込んでいます。後衛2人の活躍も素晴らしいと言えるでしょう!』


『これはねぇ、炎魔法使いの彼女が優れた魔法使いなのは確かなんだけど……レオン班の後衛の連携がなってなさ過ぎるね。自分たちの魔法がぶつかり合って消えたりしてる。前衛2人も、自分がレオン王子の役に立つんだって前に行こうとするあまり行先が読みやす過ぎるよね。アーサ班を否定するつもりはないけど、相手がなぁ』



招破(しょうは)雷霆(らいてい)!!」



『ここで自らをも巻き込む巨大な雷が落ちてきた! レオン・ヴォルスグラン、自滅覚悟の一撃で相手前衛3人を吹き飛ばしました!』


『ひゃー、恐ろしい……は? いやいや、なんでそこで後衛狙いに行くわけ?』


『前衛を吹き飛ばし自由を得た勢いで後衛3人を薙ぎ払う! その隙に体勢を立て直した前衛3人が連携してかかりますが……』


『ダメージが隠し切れないね。レオン王子もダメージはあるはずだけど、自分の魔法だしアーサ班の3人ほど深刻ではないみたい』


『1人、また1人と落とされ、ついにアーサ・ナインフェールただ一人になってしまいました。これは勝負あったか?』


『アーサさんは優秀な剣士で、剣技に限ればレオン王子と遜色ないように見えるね。でも、彼女には悪いけど身体能力が圧倒的にレオン王子なんだよねぇ』


『アーサ・ナインフェール粘る粘る! 巧みな剣捌きで受け流し、攻撃を通しません!』


『凄いね。明らかに挌上の相手にこれだけ粘れるのは、本当に優れた剣技を持っている証拠だよ。ここでなぁ、レオン班の班員が見てるだけってのがなぁ』


『おっと、見ているだけではなかったようです! 後衛から飛んで来た水魔法がアーサ・ナインフェールの足を払う! レオン・ヴォルスグランの剣が首に突き付けられ、勝負あり!』


『うわぁ、レオン班、抜け駆けするなって喧嘩してるよ。もう駄目なんじゃないかな、この班』






「身内として、見てて恥ずかしいったらないわね」


「レオン王子の能力が優れているのはわたしにも分かるが、あんな班に負けたここまでの相手が気の毒でならんな」


「ちょっと、レオンなんかぶっ飛ばしなさいよ? あんなのに負けるなんて絶対許さないから」


「任せろ。クレイ班の連携は学園一だということを教えてやろう」


 いつの間にかカレンとアイリスが仲良くなっている。共通の敵は和解に役立つな。レオン王子を共通の敵と言うのかは置いておいて。


「連携という意味ではアーサ班の方が優れているように思えるがな」


「お前はまたそんな卑屈なことを言う! 堂々としろ! 明日は決勝だぞ!」


 卑屈ではなく事実なんだが。俺たちは連携というより、最大限に個人技を活かす戦い方だ。どう足掻いても学園一は名乗れないだろう。


「決勝……あたしが、決勝……」


「ん? ティール、どうした?」


 何やらティールがブツブツと呟いている。決勝を前に緊張しているのだろうか。


「クレイさんっ!! が、頑張りまひょうにぇ!!」


「お、おう。頑張ろうな。落ち着け? 今からそんな慌てていたら試合前に体調を崩すぞ」


「にゃんばりみゃしゅよーー!!」


 両手を突き上げ気合いが入っているのは見て取れるが、もう何を言っているのかすら分からん。大丈夫かこれ。


「大丈夫大丈夫。良い子良い子」


「はわっ! はふぅ……」


 フォンがティールの正面まで移動し、抱きしめて頭を撫でると、興奮して上気していたのが一気にクールダウンしていく。何だこれ。フォンの特技か?


「フォンさん、冷たくて気持ちいいですぅ……」


「体温は低い方」


「体質か?」


「ん、まあそんなとこ」


「どれ……おお、本当に冷たいな。最近少しずつ暑くなってきているから気持ち良いぞ」


 カレンがフォンの顔に手を触れると、やはり冷たいらしい。何だろうな。制御出来ない魔力が少し漏れ出ていたりするのだろうか。


「クレイも触る?」


「いや、いい」


 暑くなってきたと言っても、ここは建物内だ。この学園の建物は空調がしっかりしているので、そう暑いと思ったりはしない。そうでなくとも、堂々と女子に触れるのはどうかと思う。


「ほふぅぅぅ……」


「とろけてないで、そろそろ帰るぞ。明日の作戦会議をしないといかん」


「はっ!! そうですね、帰りましょう」


「クレイの部屋に集合だ!」


 班で集まる場所といえば俺の部屋になっているな。男子は女子のフロアに入れない以上、俺の部屋にしか集まれないのだから仕方がないんだが。


「ちゃんと勝ちなさいよ。まあ心配はしてないけど。レオンはそんなに頭が使える方じゃないし」


「任せろ!」


「お前が返事をするな」


 簡単に言ってくれる。作戦など考えずともごり押しで勝てるからこそ、ここまでずっと戦法を変えずに来ているのだろうに。

 王子一人でもどうやって止めようか悩むのに、連携が出来ていないとはいえ班員もいる。楽勝だなどと、口が裂けても言えない。


「ま、やるだけやってみるさ」


「そんな気弱なことでどうする! ここは、勝利しか見えない、くらい言うところだぞ!」


「そうよ! ホントに勝ちなさいよね!」


「あーうるさいうるさい。帰るぞ」


 寮へ向けて歩き出した。





「大丈夫なの? 何か気合い入ってなくない?」


 去っていく背を見送る。完全に普段通りの背中だ。明日へ向けての気合いとか、やる気とか、緊張とか、そういう物が一切感じられない。


「あいつが目に見えて気合い入れているところなど見たことがないがな」


「……何で残ってるの? あなたたちは帰らなくて良いの?」


「以前寮に戻ってすぐクレイの部屋に行ったら、少しくらい準備の時間をよこせと怒られた。だから良いのだ」


 普通女子の方が準備の時間が欲しいものじゃないだろうか。この班の女子3人は普通とは違いそうだし、同じように考えてはいけないのかもしれない。


「確かにクレイさんがフンスってしてるところ見たことないですねー」


「仮にクレイが気合い入れるとしても、フンスなんて入れ方はしなさそうだけれどね」


「クレイさんは冷静に状況を見極めるのが仕事みたいなものですし、大げさに気合いを入れたりはしないのではないですか?」


 確かに。いちいち気合いを入れて冷静さをなくすようなことがあれば、クレイの最大の強みを失うようなものだし、意図的に平静でいるように心がけているのかも。



「クレイは気合い入ってると思うよ」



「フォンさん、分かるんですか?」


「絶対じゃないけど。ティクライズの当主の性格からして、多分」


 当主? 現在のティクライズ当主は、城で近衛騎士隊長を務めているレイド・ティクライズだ。性格は、冷静沈着、合理主義、まるで感情がないかのように無表情なのを覚えている。


「クレイはティクライズの落ちこぼれだから。きっとこの学園で結果を出さないと、良くないことになる」


 そんなこと……ないとは言い切れない恐ろしさが、確かにあの男にはある。実力がないのなら必要ないと言って、実の息子ですら捨ててしまいそうな、そんな恐ろしさが。


「そんな……」


「待ってくれ。クレイは確かに剣の実力に劣るかもしれないが、あの頭脳を持っていて実力がないと判定されることがあるのか?」


「……レイド・ティクライズは、クレイと同等かそれ以上に頭が良いわ。その上、国内最高峰の実力者でもある。そんな彼から見たら……」


「そうですね……。レイド様は確かに、視線だけで人が斬れそうなくらいの雰囲気を持つ方ですから……」


「だから、表には出さないだけで、きっとクレイは誰よりも気合いが入ってる」


 思わぬ予想が立ち、場が静まる。平気な顔で勝利を重ねる裏で、もしかしたら死に物狂いで先を見ているのかもしれない。あくまで予想に過ぎないが、戯言だと斬り捨てられるほど細い線でもなかった。



「よし、そろそろ良いか。帰るぞ!」



「え、カレンさん?」


「クレイがどう思っていようが、要は結果を出せば良いのだ。これまでと何も変わらん。やれることをやるだけだ」


「ん、そうだね。帰ろう」


「……はい!」


 3人が寮へ帰っていく。まだ入学から2ヶ月も経っていないが、そこには確かな信頼関係があるように思えた。


「……やっぱり、あの班が良い。そう思わない?」


「はい。賛成です」

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