5、クレイ・フェリアラント公爵
クレイ(あの日霧の中で見た光景が忘れられない)
ディルガドール学園を卒業し、カルズソーンへ。
優れた子を作るための行為をするというアイビーとの約束は、世界が救われたことで最早無効になったと思って良い。人を道具のように使って戦力増強を図らなければならない状況ではなくなったのだから。
が、しかし。霧の王が作り出したあの霧の中で見た、たくさんの女子たちに迫られる光景がどうしても忘れられなくて。あれを現実にするならどうすれば良いのかを考えた。
結果、カルズソーンへ行き、フェリアラント公爵家をもらうことにした。
まず、アイビーと共にフェリアラント公爵家へ行き、婚約者としてフェリアラント公爵家を継ぐ権利を認めてもらう。カルズソーンという国は、婿入りでも爵位を継ぐことが可能な国だ。
そして、二人いる義兄より自身が優れていることを示す。まあこれはそう難しくもない。そもそも俺は英雄として名が売れているし、ディルガドール卒業という強い経歴もある。そして、三大国全ての内部にそこそこ詳しい。普通にやるだけでも負けはしない。
そうでなくとも、義父となるフェリアラント公爵が以前熱心に俺を勧誘してきたように、この義兄たちはあまり優れた人物ではない。俺が公爵を継ぐことが出来るようになるまで、そう時間はかからなかった。
そして、カルズソーンとヴォルスグランの友好の証として、アイリス王女を迎え入れる。アイビーの婚約者だから公爵位となったのに、第一婦人がアイリスであるというおかしな状態にはなってしまうが、立場上仕方がない。
あとはティール、フォン、カレン、クル、ルー、マーチ。全員を呼んで嫁にする。カルズソーンは一夫多妻が認められている。公爵ともなれば、何人囲っても財力的に全く問題がないので、本人たちが望めば簡単に実現する。
学園卒業から2年。あの日の夢が現実となった。
いつかアイビーが言っていた、全員を娶るくらいの大人物になるかもしれない、という戯言だと思っていた発言。まさか本当にそうなるとはな。
目を開ける。部屋の半分を埋めそうなほどの巨大ベッドには嫁たち全員が横になっていて、何度見ても朝から気分が良くなる。
流石に毎日全員相手にするのは不可能なので、一緒に寝ているだけで手は出していない日もあるが。欲望のままに公爵家を奪い取ったんだ。もうそのまま、欲望を全開にして生きていくつもりだ。
部屋の前に気配を感じる。
着替えて部屋を出れば、そこには二人の義妹が。
「おはよう」
「あ、お義兄さま」
「おはようございます、お義兄さま」
アイビーの妹で、俺たちより2つ下の双子だ。義兄たちは気まずくなって家を出ていったが、義妹や使用人はそのままこの家に住んでいる。この子たちも、もう俺の存在には慣れて親しく会話が出来るようになった。
ちなみに義父はニヤニヤしながら義兄と共に出ていった。あれはどう見ても俺の生活がしやすいようにという配慮だったな。別にまだ公爵位を子に譲らなくても良いのに俺に明け渡したことも含めて、あの人には頭が上がらない。
「あの、お義兄さま……」
「ねえ、わたしたちも、ダメ?」
なるほど。拒否する理由はないが……流石に興味があるからというだけでやるのも問題か。
「だって、お義兄さまほど有望な相手って、ねえ?」
「うん、いないよね。強くて頼りにもなるし」
そうか、貴族令嬢だもんな。相手に求めるのは有望か否か。それが最も大きいということか。
「もちろんお義兄さまのことが好きだから、だよ?」
「うんうん。だらしない兄たちを見てきたから、テキパキ仕事を片付けてお姉さまたちの相手が出来るお義兄さまがとってもかっこよく見えるの」
「なら、お前たちの部屋に行くか」
「あ、うん、そうだね」
「流石にいきなりお姉さまたちの目の前っていうのは、ね」
義妹たちの部屋で、しばらく過ごした。
「ていうか、メイドたちにも手を出してるの、バレてるよ」
「うん、わたしたちも気づいてるくらいだし、お姉さまたちなら全員知ってるんじゃないかな」
マジか。
ある日、城からお呼びがかかった。フェリアラント公爵邸を出て、城へと向かう。移動は徒歩だ。王都で生活している俺はそう時間もかけずに登城出来るが、他の都市は大変だろうな。
歩きながら周囲を見れば、ヴォルスグランとは全く異なる景色が広がる。一言で言えば、ほぼ森だ。
建物は全て木造。それは木に直接お伺いを立てて、使っても良い部分を譲り受けて建築しているらしい。だから、全体的に小さめの建物が多く、フェリアラント公爵邸も、公爵の屋敷だというのにティクライズ家よりも小さい建物だ。
森の中に隠れるかのようにまちまちに並ぶ建物たち。中には木の穴の中に住む人もいるようで、カルズソーンという国の民の性質が見て取れる。
城に着いた。
それは巨大な樹木だ。他の木々とは明らかに違う巨大樹。高さ200mくらいあるように見える巨木は、相応の太さも持っており、塔と表現するのが近しいように思える。中は螺旋状に階段が続いており、階段の所々にある扉は枝に造られた部屋へと繋がっているようだ。
そんな樹をひたすら上って、たどり着いた最上階。謁見の間として造られたそこには、義理の伯父にあたる王が玉座に座っていた。
「よく来たな。おぬしが公爵を継いで以来だから、2か月ぶりくらいか」
「はい、お久しぶりです陛下」
立ったまま頭も下げずに挨拶をする。ヴォルスグランではありえない態度だが、カルズソーンではこういうものらしい。むしろアイビーが礼儀正しすぎるようだ。ヴォルスグランへ行くにあたって、よく勉強したらしい。
「聞いておるぞ。アイビーだけでなく、妹たちも娶ったらしいな。血の繋がりはないはずなのに、我が弟ヘデラによく似た女好きよな」
「ははは、そのためにここに来たような部分もありますから。お陰様で仕事も大変に捗っております」
「それも聞いておる。急にヴォルスグランからやってきて公爵位を継いだというのに、誰一人文句のつけようもない働きであるとな」
「恐縮です。して、此度はどのようなご用向きで」
「うむ、それなのだが。精霊様がおぬしを呼ぶよう仰っているのだ」
カルズソーンという国は、王の上に精霊がいる。国全体に関わるような決定は、その樹木の精霊の意思も確認しなければいけないそうなのだが。そんな精霊が俺に用事があるというのか。
「精霊様はここより更に上。霊木の葉が形作る精霊の間にいらっしゃる」
陛下がそこまで言葉にしたところで、謁見の間の天井を構成する木から階段が伸びてきて、更に上へと行けるようになった。
「ほら、精霊様がお呼びだ。行くが良い」
新たに出来た階段を上って精霊の間へ。
階段を上り切ると、屋上に出た。床を葉が構成していて、上は青空、下は葉の緑で視界が2色に染まっている。
そんな中で、玉座のように葉が集まった椅子に座る少女が一人。
身長は140くらいか。人間でいう10歳くらいに見える少女だ。アイビーと同じ新緑の床に広がるほどに長い髪が目を引く。アイビーと同じというか、アイビーが彼女と同じ、と言うべきなのだろうな。
緑の瞳に緑のワンピース。緑の靴で全身が緑に包まれている。そんな緑から覗く真っ白な肌が美しい。
「よく来たのう、クレイよ。妾がこの国そのもの。ツーフェルス・カルズソーンじゃ」
「お初にお目にかかります、ツーフェルス様。クレイ・フェリアラントです」
「固いのう。もっと親しみを込めて接するがよい。ツーちゃんと呼んでも良いぞ?」
「ツーちゃん?」
「うむうむ。おぬしの様子はここからよく見ておる。たくさん女を集めて楽しそうじゃのう」
見てるのか。樹木の精霊だからな。恐らくこの国のように木で覆われているような場所は、どこでも覗き見ることが可能なのだろう。なかなか嫌な事実を知ってしまった。
「本題なのじゃが。クレイよ、もっと近う寄れ」
ツーちゃんの指示通り、近くに寄る。どれだけ近づいてももっともっとと言われ、最終的に吐息がかかりそうなほどに距離が近くなってしまった。
「あの、ツーちゃん?」
次の瞬間、腕を引っ張られたと思ったら、唇同士が触れていた。
「んっ」
「ッ!?」
舌が口内を蹂躙していく。それと同時、体内にあった言い知れない不快感が、スッと溶けるように全身に馴染んでいった。
「ぷはっ」
「これは……」
「おぬしの中に澱んでいた悪の置き土産じゃよ。奴の宮殿で吸ってきたのじゃろう。まあ妾が何もせずともおぬしなら制御できるようになったじゃろうが、これでおぬしの体に悪が馴染んだはずじゃ」
これは凄いな。魔力が満ちるような不思議な感覚。今なら果てしなく遠くまで解析魔法が届きそうだ。
「おぬしが欲望を抑えづらくなっていたのもそれが原因じゃろうな。どうじゃ、底なしの性欲も多少収まったのではないかの」
「……いや、どうでしょうか」
「おや? …………あっはっはっ! おぬし、もしやあれで通常通りの性欲だったのか? 面白い男じゃのう」
確かに抑えようと思えば抑えられそうではあるんだが……今の生活の中で性欲を抑えると、逆に面倒なことになる。むしろ全力で引き出していった方が良いくらいだ。
「どれ、妾ももうずいぶん長いこと人と交わっておらなんだ。少し味見してしまおうかの?」
ワンピースの裾をチラリと捲って誘惑してくるツーちゃん。ここはツーちゃんの許可なく誰一人立ち入れない領域だ。見られる心配もない。せっかくの機会だし、思う存分いただいてしまおう。
屋敷に帰ると、アイビーに出迎えられた。
「おかえりなさいませ、クレイ様」
「ただいま、アイビー」
「あら……? もしや、また新しい女性に手を出されました?」
何故バレた。どんな嗅覚をしてるんだ、恐ろしい。
「もう、つい先日妹たちにも手を出したばかりですのに。この国の女性を全員ご自分のものにしてしまうおつもりですか? もうこの屋敷は制覇済みですものね」
わざとらしく頬を膨らませて抗議してくるアイビーだが、特に怒っている訳ではないようだ。こういうのがアイリスやフォン、マーチにバレると結構不機嫌になるので後が怖いのだが。
「ツーちゃんとな」
「ツーちゃん……? ツーちゃんっ!? え、精霊様ですか!? 精霊様に手を出したんですか!?」
「手を出したというか、手を出されたというか。いや、まあ最終的には俺が迫っていたようなものだったか」
余裕そうな態度だったツーちゃんが顔を赤くして慌てる姿はなかなか良い物だった。
「あらー……。ではもしかしたら、次期国王はクレイ様かもしれませんわね」
「なに?」
「王は精霊様がお決めになりますから。基本的には王の家族から選ばれますが、クレイ様がそれほど精霊様に気に入られているとなると……」
そうか。婿入りとはいえ、ただでさえ一応公爵として王の親戚にあたるというのに、精霊様に気に入られたという部分も加味すると、本当に王になってしまうかもしれないのか。しかも結構な高い確率で。
「忙しくなりそうだな」
「そうですわね。では……忙しくなる前に、私ももっと相手をしていただかなくてはなりませんわね?」
「まだ昼間なんだが」
「あら、そんな昼間から外で好き勝手していらっしゃったのはどなただったかしら」
アイビーに腕を抱えられて寝室へと連行された。最終的に嫁たち全員が参加することになり、流石に意識が保てなかった。
後の歴史家は語る。
世界最大国たるカルズソーンがそこまで大きく強くなったのは、性豪王クレイの子供たちの活躍による、と。
欲望のままに生きることを決めたクレイの未来。作者が最初に想定していたのはこのエンディングでした。が、これだけだとあまりにも触れられない部分が多くなり過ぎるなと感じたので色々なエンディングを用意してみた、という訳ですね。
これにて本当に完結となります。最後までお読みいただきありがとうございます。
次回作は、一応の構想はありますが、あまりにも作者の中で新しい試みが多過ぎるため、本当に書くことが出来るのかすら未だ不明な状態です。設定も終わり方も大まかな進め方も何も出来ていない状態なので、投稿出来るとしても相当先になります。もしわたしの作品が好きだと思っていただけたなら、気長にお待ちくださいませ。今の想定では、現代、女主人公、日常に潜む非日常系、ちょっとホラーっぽい?、探偵感も出したい、そんな感じ。
改めて、『盤面支配の暗殺者』はこれにて完結になります。面白かったという方は、評価や感想等いただければ幸いです。意味のない誹謗中傷でなければ、気になった部分を感想に書き込んでいただいても全然構いませんので、お気軽にどうぞ。
ありがとうございました。




