表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
おまけ エンディング集
291/295

1、クレイ・T・イーヴィッド伯爵

クレイ(あの戦いからマーチがおかしくなってしまった。その責任をとらなければ)

 執務室にペンを走らせる音だけが響く。


 ディルガドール学園を卒業し、前任がその地位を降ろされたことで空席となっていたイーヴィッド伯爵という家を継いで早3年。前任者の能力の高さを実感する毎日だ。


 確かに奴は悪徳領主だった。民に重税を課し、己の利のみを追求する外道だった。


 が、それと同時にやはり有能な商人でもあったんだ。


 奴は違法な手段も使用していたし、民からの多額の税も入ってきていたため、今の俺とは資金力が違った。しかしそれを加味しても、奴が整えた観光地としてのイーヴィッド領は本当に素晴らしい物だと言わざるを得ない。


 税を常識的な額に抑え、違法な金稼ぎもしていない俺にとって、その観光地を今まで通りの姿で維持するのは至難の業。どうすれば観光客からの不満を抑えられるか、頭を悩ませる日々だ。


「これを資料室のルーへ頼む」


「かしこまりました、ご主人様」


 やけに距離が近いメイドに、必要な資料をまとめた紙を手渡す。イーヴィッド伯爵邸の資料室は、ルーに管理を任せている。ルーの頭には資料室の膨大な中身が全て入っているので、資料の題だけまとめれば、すぐに必要な資料をまとめて持ってきてくれるだろう。



 その時、廊下を走る慌ただしい音が近づいてくるのが聞こえた。



「来たか」


「そのようですね」


 バンッと大きな音を立てて執務室の扉が開く。


 そして、小柄な影が飛び込んできた。




「クレイ、遊ぼ!」




 そこには、満面の笑みを浮かべてこちらを見る、マーチの姿があった。





 あの日、世界の命運をかけた戦いが終わり、悪の精霊ヴィルの宮殿から外へと出た後。未だ残っていたモンスターを余力のあるメンバーで薙ぎ払い、それなりに宮殿から離れたところで、マーチとキャロル先生と合流した。



 そこには、あまりに姿の変わってしまったマーチがいた。



 妖精化の証である二対四枚の翅が常に背から生え、意識するまでもなくふわふわと浮遊することが可能。160近くあった身長は130ほどまで縮み、耳ではなく体内に直接聞こえてくるような不思議な声。


 しかし、それよりも何よりも……





「あー、またメイドと近い! ダメなんだよ! クレイはわたしのなんだから! ルーにしかクレイと仲良くすることは許してないんだからね!」


「はい、申し訳ありません、お嬢様」


「お嬢様じゃなくて奥様!」


「はい、奥様。では私は失礼いたします」


 プンプンとわざとらしく頬を膨らませて、執務室を出ていくメイドを見送るマーチ。


 そしてメイドが出ていくとニコリと笑顔になり、軽く床を蹴ってふわりと浮かび上がり、椅子に座る俺の膝上へと飛び乗ってきた。


「ねー、遊ぼー! つまんなーい!」


 足をバタバタと暴れさせて不満を吐き出すマーチ。その姿は身長が縮んだことも相まって、幼い子供のようにしか見えない。


 あの日から、マーチはおかしくなってしまった。


 見た目だけでなく、精神までも妖精に影響されているのか、言動が明らかに幼くなった。それ以前の記憶はしっかり残っているようなのだが、どうも我がまま放題するのが抑えられないらしい。


 こちらの都合を無視して遊びたいと暴れる。俺に近づくルー以外の女を威嚇する。子供がやるような小さな悪戯をすることはしょっちゅうで、それを注意するとすぐに目に涙がにじんでくる。


 ルーとマーチで話し合って決めたはずの俺と夜を過ごす当番も無視しがちだ。ルーと過ごす夜に乱入してくることも多く、その度にルーと苦笑いした顔を見合わせて受け入れる、というのがお決まりになっている。


 外見と言動は子供なのに、今まで20年以上生きてきた記憶はしっかり持っているものだから、自身を大人だと思っている。思考力が衰えている訳でもないし、知識を失っている訳でもない。



 が、やりたいことを常に優先して、我がままに振る舞う。



 それが、現在のマーチ・イーヴィッドだ。



「少し待て。これがまとめ終わったらきりがつくから」


「やだ、待てないー! ひーまー! あーそーぶーのー!」


「はいはい、もう少しもう少し」


 暴れる頭に左手を置いて撫でつつ、右手で仕事を進める。


「ほら終わった」


「終わった? じゃあ行こ!」


 膝から飛び降りて手を引っ張るマーチに連れられて、屋敷から出発する。その道中でルーに会ったので、執務室に積んである整理した書類を持っていくように指示した。


「はい、了解しました。行ってらっしゃい」


「ああ、行ってくる」


「いってきまーす!」


 さて、今日はどこを連れ回されることやら。








 クレイさんが仕事で留守にしている日。置いていかれて不貞腐れているマーチさんの機嫌を取りながら遊んでいた。


「ねーねールー。クレイはまだ帰ってこないの?」


「今日は多分、夜遅くなるんじゃないですかね。先に寝ててくれって言ってましたし」


「えー!? やだやだ! クレイと一緒に寝るのー!」


 バタバタと暴れて不満を表現するマーチさん。とても可愛いんだけど……とはいえこのまま放っておくと泣き出してしまうので、どうにか機嫌を直してもらおうと色々やってみる。


「ほら、クレイさん人形ですよー」


「本物じゃなきゃやだー!」


「えーっと、じゃあクレイさんが面白いって仰ってた本とか」


「いらない!」


「うーん……」


「今日はわたしがクレイと寝る当番の日なのに!」


 こんなに幼いのに、いや、幼いからこそだろうか。やけにエッチなんですよね、今のマーチさんって。隙あらばクレイさんに襲い掛かろうとしているというか。



 …………そろそろ、自分の内心を誤魔化すのも限界だろうか。



「マーチさん」


「なに!?」




「いつまで、そうしているつもりですか?」




「っ……何がよ!」


「本当は全部、嘘なんですよね? 幼くなったふりをして、我がままになったふりをして」


「う、嘘なんかじゃ、ないもん……嘘じゃないもん!」


 マーチさんの演技は完璧だ。昔からそうだったし、今は更に磨きがかかっている。それが演技なのか素なのか、見分けることなど不可能だろう。



 わたし以外には。



「そうですか。嘘じゃないんですか。……なら、そういうことにしておきましょうか」


「え……?」


「何ですか?」


「いや……なんでも…………」


「良いですよ、別に。どんなマーチさんだって、わたしは受け入れますから」


「そ、そう……」




「それは、クレイさんも同じだと思いますけどね」




「っ……!」


「さ、じゃあ何をして遊びましょうか?」


「今は……いい。寝る」


「はい、ゆっくり休んでください」


 マーチさんが眠ったのを確認して、資料室に戻った。








 マーチが当番の日。準備を整えて寝室に入ると、ベッドにマーチが腰かけていた。珍しい。いつもはバタバタとベッドの上で転がりまわっているのに。


「待たせたか?」


「ううん、大丈夫」


「そうか?」


 随分と大人しいな。遅いと文句を言われると思ったのだが。


「ねえ」


「ん?」




「クレイはどうして、わたしと結婚してくれたの?」




 ……唐突だな。今日はずっと上の空だったし、昨日屋敷を空けている間に何かあったのだろうか。


「もちろん、マーチのことが好きだからだ」


「本当に?」


「当たり前だろう? そうでなければ」





「わたしがおかしくなったことに責任を感じて、じゃないの?」





 …………ふむ。


「正直に言うとな、確かにそうだ」


「っ……やっぱり」



「だが」




 愛している。その気持ちに嘘はないよ。




「うっ……いや、むぅ……だって、こんなわたしに、魅力なんて……」




「それが演技だと分かっていて、それでも付き合っていたんだから、少しは信じて欲しいんだがな」




「えっ!? な、何で……!?」


「確かにマーチはよく悪戯をしていた。しかし、全て笑って許せるものだった。メイドを嫌っている様子なのに誰かが怪我をしたことはないし、大切な物が壊れたこともない。俺が仕事をしていると不機嫌になるくせに、仕事道具を隠したり壊したりしたことは一度もない」


「あっ、うう……」


「俺が、マーチが幼くなってしまった責任感だけで一緒にいるのではないか、と不安だったんだな。だから言い出せなかった。元に戻ってしまったら、責任は果たしたと言って離婚を言い出すのではないかと怖くて、演技を止められなかったんだな」


「……うん」


「ごめんな。もっと早く言ってやれば良かった」


「ううん! わたしこそ、ごめん。ごめんなさい! ずっと、苦労をかけたと思う。でも、あなたと一緒にいたくて……!」




 愛してるよ




 わたしも、愛してる……!




 互いの想いを伝え合って、唇を合わせて。




 その瞬間、




 バンッと大きな音を立てて寝室の扉が開いた。




「うっうっ、よがっだでずねぇ……!」


「ちょ、ルー!? あんた何やって!?」


「もう我慢出来ません! 今日はわたしも混ぜてくださーい!!」


「うおっ!?」


 ベッドに飛び込んできたルーに、マーチと一緒に押し倒されて



 そのまま、夜が明けるまで、眠らせてもらえなかった。


 実際に世界を救った日から1~2週間ほど、マーチはおかしくなっていました。その間、責任を感じたクレイが世話をしていると、もしかしてこのまま治らなければずっと一緒にいられるのでは? とマーチは考える訳ですね。


 次回、2、クレイ・T・ハーポルト伯爵

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ