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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
最終章
289/295

第288話 盤面支配の暗殺者




「やれ、フォン」




 奴が開いた門の先から、猛烈な吹雪が飛び込んでくる。


 それは一瞬でこの部屋全体の気温を震えるほどに下げていくが、それほどの冷気ですら、この現象の余波に過ぎない。



 悪の精霊ヴィルが、凍り付く



 全身を氷に包まれ、その動きを完全に封じ込めた。


「なっ……何だと!? 何が起きて……!?」


 そして、ヴィルが開いた門を通って現れる、美しい青銀の髪をなびかせた少女。


「捕まえた」


 完全に元の力を取り戻した氷の精霊、フォン・リークライトがそこにいた。


「こんなもの……! 何だこれは、全く……壊れる気配が……!?」


「当然」


「確かにお前は精霊の中でも強力な存在かもしれないが、それはフォンとて同じこと。しかも今のフォンはお前が貯めていたエネルギーのおかげで万全を超えるほど調子が良い。その拘束、そう簡単に壊せると思うなよ」


「くっ……! 何故だ! 何故……!」


「何故お前がエネルギーを貯蔵していた施設に俺の仲間が待機しているのかってか? そりゃあ、最初から全て読んでいたからだが」


 夏休みにフォンに連れられて精霊界へ行った際に発見した遺跡。あの時は人間が造った物だと思っていたが、ヴィルの存在を知ってからはまず間違いなくこいつが造った施設だと予想していた。


 いかにも性格の悪い奴が造った内部構造をしていたし、そもそも人間が自然エネルギーを集めるあんな施設を造る意味がない。


 というか、まず造れない。


 資材を持ち込むのも難しいし、精霊界へ行くのだって人間の独力では不可能に近いのだから。精霊という存在が世間では伝説のように扱われている時点で、精霊界に巨大な人間製の施設など存在し得ない。


 妖精が人間を恐れていたのは、恐らく施設を造ったこいつの部下が人間に化けていたのだろう。粘王か霧の王あたりか。自然エネルギーの収集のため、妖精を襲っていた可能性もある。


「あの施設に貯蔵されていた自然エネルギーは、お前が本調子を取り戻すための物だと予想はついていた。戦いの中で少しでもお前を追い詰めてやれば、間違いなくあのエネルギーを使おうとする」


 そこが最大の隙。


 自分が用意した物だ。当然使用する際に警戒などしていない。むしろ、少しでも追い詰められているその状況ならば、俺たちを警戒して目を逸らさないようにし、門の先になどほとんど気を回していないだろう。


 そこに、同格以上の精霊であるフォンがじっくり準備していた拘束を叩きつけてやれば、確実にその動きを封じることが出来る。




「最初から、全て俺の掌の上なんだよ」




「バカな……バカなバカなバカなッッ!!? いや、まだだ……お前たちには俺を殺す決め手がもうない。ヴォルは既に殺した。多少時間を掛けてでもこの拘束を破壊すれば……!」


 確かに、フォンはこの拘束に多くの力を使ったし、現在もヴィルによって破壊される拘束を修復し続けている。その状態でヴィルを殺せるほどの大魔法を練り上げるのは難しい。


 拘束の修復を止めれば魔法は作れるだろうが、ヴィルが拘束から抜け出すのとフォンが魔法を完成させるの、どちらが早いかは微妙なところ。この拘束を破壊されれば次の好機は訪れない。この拘束だけは破壊されてはいけない。


 一見、決め手がないように思える。



 だが




「誰が……死んだって……?」




 起き上がる。



 その身に纏う雷で無理矢理に胸の穴を塞ぎ、俺の警告に反応して僅かに致命的な臓器が傷つくことだけは避けていたレオンが、激痛に耐え、立ち上がる。



「何故……何故起き上がることが出来る!? お前の生命力も、体力も、気力すらも、全てを消滅させる一撃をその身に受けたはず……!」



「確かに、体が重い。少しでも気を抜けばすぐにでも倒れてしまいそうだし、その体を起こすための気力を保つのすら大変だ」



 その言葉の通り、レオンは立ち上がりはしたものの足取りは覚束ない。精霊としての力でヴィルの消滅の多くを削減したのだろうが、それでもなお影響は大きい。



「でも、僕の背中には今、世界が乗っているんだ。僕が倒れれば世界も倒れる」



 それでも、断言出来る



「今までずっと、仲間に頼ってばかりの情けない僕だったけど、それでも! 僕を信じてくれた仲間がたくさんいる! お前ならやれるって、絶対に勝てるって! 託してくれた仲間が戦っている!!」




 レオンは、負けない




「どれだけ痛くても、苦しくても! こんなところで倒れる訳にはいかないんだ!!」




 駆け出す。



 全力でその足に力を込めて。ふらついていた足でしっかりと床を踏みしめて。



 その両手に生み出した雷剣を一つに束ねて、横薙ぎに、振り抜く。




耿雷(こうらい)神罰烈華(しんばつれっか)!!!」




 先に離れていたフォンが俺の隣に来て、目の前に氷の壁を生み出す。その、距離があるはずの俺たちにすらビリビリと響く衝撃。


 レオンが振り抜いた雷剣から、部屋の全てを焼き尽くすほどの波動が駆け抜ける。



「ぐ、お、あ、ああああぁぁぁぁァァァッ!!」



 フォンの拘束の上からヴィルを叩き斬った一撃。



 それは、ヴィルの体の全てを消滅させるほどの威力で以て、悪の精霊をこの世から抹消した。





 が、それでもなお





 声が、響く





「……今回は、負けを認めてやる。それでも! 俺は必ず蘇る! お前たちの子孫をこの上ない苦しみの中で殺してやる! せいぜいその日に怯えながら生きるんだな!」





 負け惜しみにしか聞こえないその言葉。だが、確かに一度復活したことがあるこいつの言葉だ。ないとは言い切れないだろう。




 だから、今からそれを『ない』と言い切ってやる




縛れ(バインド)




 天井の穴から黒雨が入り込んでいるその空間に向かって、虚空から鎖が伸びる。それは一見何もない場所を縛り上げ、それと同時、縛った物を可視化する。


「な、なんだこれは……!?」


 それは、今死んだ悪の精霊ヴィルの魂だ。


「魂を縛る鎖だ」


「どうやってこんな物を……!」


「以前、魂に関する魔法についての記述がある本を読んだことがあってな。それと、お前がこの宮殿に用意していた魂を再生する魔法陣。それらを参考にして組み上げた魔法だ」


 学園に入学したばかりの頃、フォンにオススメされて読んだ本、禁忌の魔導。そこにあった記述だ。今思えば、あれは恐らく理事長がこの時のために準備していた物なのだろう。フォンに、有望そうな奴に読ませろとでも言っていたに違いない。


「さて、お前が今いるその場所。心当たりはないか?」


「場所……?」




「お前が復活した場所。この宮殿の中央。つまり、魂を再生する合成魔法陣のちょうど真ん中に位置する場所だ」




 最初から、ちょうどこの場所でヴィルを仕留めるために動いていた。


 天井に穴を開け、黒雨を室内に入らせ。雷を落としてレオンを覚醒させ。ちょうどこの場所でヴィルが精霊界への門を開くように仕向ける。


 悪天候に固定すれば雷を呼ぶ可能性もあるにも関わらず、ヴィルは昔も今もこの黒雨を降らせ続けている。これはつまり、ヴィルにとって黒雨は恵みの雨であるということだ。それを室内に入れてやれば、追い詰められたヴィルは必ずそこで門を開く。


 門が開いたらその場で拘束、止めを刺す。最初から全て計画通りだ。


「だから何だと言うんだ。あの魔法陣はもう魔力を使い果たしている。ただの模様に過ぎない」



「本当に?」



「……何だと?」


「お前が臆病で良かった。わざわざ四獄王を追加して四か所の塔全てに配置してくれた。こうして再び敗れた時、復活出来るように塔の守護者を揃えておきたかったんだろう? それが、お前の命取りだ」


「…………ま、さか」


 塔の全てで、死力を尽くした戦いがあった。その戦いで撒き散らされた魔力は、魔法陣の機能によって全て蓄えられ、魔法陣を動かすための動力と化す。


「い、いや、だがあれは俺でも苦労するほど大量の魔力が必要な代物だ。その程度では魔力が足りないはず。そのはずだ!」


「知ってるか? 物ってのは、作るより壊す方が簡単なんだ」


 あとは、俺の解析限界を超える距離にあるこれらの魔法陣を、眼鏡の情報を無理矢理使って解析情報を脳に叩き込み、起動するだけ。



「あ、ああ、止めろおおおおぉぉぉォォォッ!!」




「言ったはずだ。最初から、全て俺の掌の上だと」





 反転(リバース)





 魂を再生する魔法陣を書き換え、魂を消滅させる魔法陣へと反転させる。



 世界を支配せんと企み、モンスターを生み出し、多くの人々の生を滅茶苦茶にした悪の精霊。



 その存在は、今度こそ、完全にこの世から消滅した。

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