第283話 誇りと意地を貫いて
粘王がティール様を攻撃する勢いが、時間と共に更に増していく。
森を動かすのに慣れてきているのだろう。その攻撃は素早く重くなっていき、ティール様が抑えられている床にヒビが入り始めた。
「ハハハハ! どうだい、そろそろ痛いんじゃないかなぁ? このままだと、もっと痛くなるよ? 諦めて防御を解いちゃった方が君のためなんじゃない?」
「ティール様!」
粘王の言う通り、きっと今のティール様には間断なく痛みが襲っているはず。そんな状態が長く続いたら、嫌になって諦めてしまうかも……
そんな私の考えを遮るように、
「諦める?」
粘王の攻撃が打ち鳴らす音の中から、声が聞こえた。
「諦めるとは、何ですか?」
「何って……」
「あたしは、この場をクレイさんに任されたんです」
その声に押されるように、粘王の攻撃が床を叩く音が、少し、小さくなる。
「クレイさんは、今も戦ってる。他の皆さんだって、全員が命懸けで戦ってるんです」
いや、違う。粘王の攻撃が弱くなっているのではない。あれは、まさか……
「それなのに、まだ戦えるのに、諦める?」
粘王の攻撃を押し退けて、立ち上がろうとしている……!
「そんなことをするくらいなら、初めからここに立ってないんですよ!!」
身体強化の輝きを放ちながら、叩きつけられる根や葉の攻撃をその身一つで弾きながら、ティール様が立ち上がる。
「な……! 何なんだよ、お前は!?」
「ティール・ロウリューゼ。クレイ班の一員です。覚えておいてください」
堂々と名乗りを上げるティール様。その姿はクレイ班の一員であることへの誇りと自信に満ち、諦めることなど微塵も考えていない。
「名乗れって言ってるんじゃないんだよ! ムカつくなぁ!」
再び襲う粘王の攻撃。それらをハンマーや腕で弾くティール様だが、状況は変わらない。ティール様には反撃の術がなく、立ち上がったといえども出来るのは防御だけ。
「…………ふぅー」
さて
あのような姿を見せられて
このまま黙っているつもりか?
確かに私の魔力はもうほぼ尽きている。確かに私の身体能力は一般人とさして変わらない程度でしかない。確かに私の魔法はこの敵とは相性がこの上なく悪い。
まともな手段で、私に出来ることなど、もう何もない。
だからと言って
あのティール様の背を見て何もしないくらいなら
「死んだ方がマシですわ」
粘液の森へと飛び込む。
そして
手近な木を殴りつける。
「は? ハハハハハ、バカだ!」
粘液が私の手を、腕を、全身を飲み込み、そのまま粘液で覆われた木の中へ。
「これで一人脱落だね。何も出来ないくせに、自棄になって自分から死ににくるなんて。人間ってホント、面白いよね」
「本当にそう思いますか?」
「ああ、思うね。君もさっさと諦めなよ。そんな意地を張って防御してたって意味なんかないんだからさ!」
「いいえ、意味はありますよ」
「はぁ? 何の意味があるって言うんだよ。君は自分の身を守ることしか出来ない。もう一人は捕まえた。このまま息も出来ずに死んでいくだけだ。この状況で、そうやって粘ることに何の意味がある?」
「自分で考えてみれば良いんじゃないですか」
「……フン、くだらない。考える必要なんかないね」
「そうですか」
なら、あたしたちの勝ちです
身動きが出来ない
息が出来ない
目も開けられない
森を包む粘液に飲み込まれ、上下も左右も前後も分からなくなる。
自分の状態も外の状況も何も分からない中で
それでも、手を伸ばす
お願い、応えて
粘液の抵抗を受けながら、表皮が溶かされているような痛みを感じながら、圧し潰されそうな重さをかけられながら、
それでも、手を伸ばす
お願いだから
応えて……!
そうして、全力で伸ばした指先に、
サラリと触れる、木の感触。
見つけた……!
「え……? ぐっ……!?」
苦しむように呻く粘王の声が聞こえてくる。森中を包む粘王の感触が手に取るように分かる。
「返してもらいます」
「そんな……バカなことが……!?」
木々の表面をなぞるように、葉を一枚一枚磨くように。
丁寧に、丁寧に、粘王を剥がすイメージを森へと伝えていく。
「ふざけるな! 人間ごときに、この僕が押し負けるなんてことが……!」
「人間ごときではありません。森が言っていますよ。こんな無理矢理操ってくる奴は嫌だって」
「森がしゃべる訳ないだろ! クソクソクソッ! やめろやめろやめろぉッ!!」
粘王の抵抗を無視して、森の全てから粘液を剥がし取り戻す。
「ティール様、ご無事ですか?」
「大丈夫です! アイビーさんこそ、大丈夫ですか? 服が結構溶けちゃってますよ。肌もちょっと赤いです」
「問題ありません。さあ、反撃開始です」
「はい!」
木に枝を下ろしてもらい、腰かけて持ち上げてもらう。もう自力で動ける余力は残っていない。攻撃が来たら木に避けてもらうしかないが、恐らく避け切るだけの速度はない。
ここからは、完封しなければならない。
「何が反撃開始だよ! お前らの攻撃なんて、僕には効かないんだぞ! 調子に乗りやがって!」
怒った粘王が、四方八方から触手を伸ばしてくる。森を失った粘王の攻撃手段はこれしかない。もし捕まればそれだけで終わりかねない危険な攻撃だが、ティール様には全く効かないし、
「落葉の舞」
この場が森でさえあれば、私も問題ない。刃のように鋭い葉が舞い上がり、触手を全て斬り裂いてくれる。
びちゃびちゃと音を立てて飛び散る粘液。床を濡らすそれを、
「生根の楽」
根によって叩き、更に細かく飛び散らせる。
「無駄なんだよ、そんな攻撃!」
そうして飛び散った粘液たちが、うねうねと動いて一塊へと戻っていく。
これを待っていた。
粘王はある程度細かく飛び散ると、一塊に戻ろうとする。
それは何故か。
そのまま飛び散っていた方が、私たちは対応が難しい。細かくたくさんの触手が襲ってくる方がどう考えても強い。
それなのに、粘王は一塊に戻ろうとする。
それは何故か。
それが必要だからだ。
恐らく粘王は、細かくなれる限界がある。その限界を超えると、一塊に戻ることが出来なくなり、体そのものの体積が小さくなってしまうのではないだろうか。
だからと言って、その限界を超えるまで細かくするのは難しい。粘王が馬鹿でないのなら、本当に限界が近くなる前に一塊に戻っているはずだからだ。
だから、私の狙いは粘王を細かく飛び散らせてそのまま倒そうとすることではなく、
粘王が一塊に戻ろうとするまで細かくすること。
「ティール様!」
「はいっ!」
一塊に戻る際、粘王は攻撃の手が止まる。粘王が飛び散ってから戻ってくるまでの間、こちらは自由に態勢を整えることが出来る。
あの鉄塊のごとき頑丈さを誇るティール様のハンマーが軋むほどに、時間をかけてじっくりと魔力が込められて、部屋中を照らすほどに輝きが強くなったそれ。
それを、塊に戻った瞬間で身動きが取れない粘王に向かって、
振り下ろす。
「崩破撃・叫冥至哭!!!」
空間にヒビが入り、その空間そのものが悲鳴を上げているかのような甲高い異様な音が響き渡る。
振り抜かれたハンマーが通過した途中のあらゆるものを、その空間ごと消滅させる、決して防御も迎撃も許さない一撃。
飛び散ることも、騒ぐことも許さずに、
あっけないほどあっさりと、粘王はこの世から消滅した。
「はぁ……終わりましたか」
木の枝を床近くまで下ろしてもらい、床に足をつけて立ち上がる。
が、力が入らず座り込んでしまった。
「アイビーさん! 大丈夫ですか?」
「ええ、少し気が抜けただけです。そちらは? かなり攻撃を受けていたと思いますが」
「大丈夫です! あれくらい、へっちゃらです!」
へっちゃらアピールのためか、ハンマーをその場でブンブンと振り回すティール様。すると
「あ、あれ……?」
ハンマーがボロボロと崩れてしまった。
「ふふ、無茶させ過ぎたようですわね」
「そんなぁ。これ、初めてクレイさんと一緒にお買い物に行った時に買った思い出のハンマーなのに……」
「あら、それではまたクレイ様と一緒に買いに行かなくてはなりませんね」
しょんぼりとしていたティール様にそう言えば、クレイ様と一緒の買い物を想像したのか表情が一気に明るくなる。
「クレイさんと一緒に……はい! 楽しみです!」
そのためにも、お願いしますね、クレイ様。勝って、全員で帰りましょう。




