第273話 真の妖精転化
どうすれば良い……!
既にモンスターによる包囲はほぼ完了してしまっている。今からでは戻ることさえ出来ない。
他の入り口を探すことも同様に不可能。というより、他の入り口などある訳もない。そんな物を用意してくれているほど、奴が優しい訳がないのだから。
上空すら鳥のモンスターが襲ってきている。ハイラスやマーチといった自力飛行出来る者ならともかく、全員を連れてこの壁を乗り越えるのは現実的ではないし、そもそも壁を乗り越えたとて、中に入ることが出来るとは思えない。壁上にも奴の仕掛けがあるのは分かっている。
周囲が遅く動いているかのように思えるほどの集中。全力で思考を回す。
が、何も思いつかない。
ここから全員が無事に宮殿内へ突入出来るような、都合の良い方法など、何も……。
「何を迷ってるのよ」
気が付けば目の前の壁が消失。そして、風に背を押されるようにして宮殿内へと入っていた。
「マーチ!?」
「マーチさん、何を!?」
マーチがボタンを押し、風で俺たちを宮殿内に押し込んだようだ。そんなことをすれば、当然マーチのみが外に取り残されることになる。
「この中に悪人は一人だけ。だったら、そいつを犠牲にするべきに決まってるじゃない」
「何を言って……そんなこと」
「最期に一つ。ルー、ずっと言いたかったことがあるの」
「最期なんて言わないで!!」
傷つけてごめんなさい。わたしも、友達だと思ってるわ。
そのマーチの言葉が聞こえるのと同時、壁によって視界が遮られ、マーチの姿が見えなくなった。
「マーチさん! マーチさんっ!!」
他の誰も身動き一つ取れないまま、ルーの叫びだけが耳に入る。
「なんで……そんなこと……! そんな前のこと、何も気にしてないのに……」
ルーが気にしていないことなど、マーチは理解していただろう。だが、マーチはずっと気にしていたのだろう。ルーを傷つけ、追い詰め、苦しめたことを。
本当に、馬鹿な奴だ。
「行くぞ」
「クレイさん! 何を言ってるんですか!? マーチさんを見捨てて行くことなんて出来ません!」
「当たり前だ」
「え……」
俺だってマーチを見捨てたくなどない。だが、ここにいてもやれることは何もない。目の前の壁は内側からどうにか出来る構造にはなっていないのだから。
なら、こちら側からやれることをやる。
「外に集まっていたのはそのほとんどが獣型のモンスターだった。なら、獣王をどうにかすればマーチが助かる可能性はある」
「あ……」
「急ぐぞ。早ければ早いほどマーチの生存率も上がる」
何が悪人だ。自分を犠牲にして誰かを助けるような奴が、悪人な訳がない。
だが、ずっとルーを苦しめたことを気にしていたマーチは、きっと今でも自分を許せていないのだろう。だからこそ、少しでも償いが出来れば、と。そう考えている。
いっそ、本当に悪人であってくれたなら、犠牲にすることに何の躊躇もないというのに。
マーチ、生存を諦めるな。少しでも時間を稼いでくれ。必ず助ける。
あーあ。我ながら馬鹿なことをしたわね。こんな自己犠牲みたいなこと、柄じゃないってのに。
『まーち、はやくにげよう!』
体内からエレの声がする。ま、当然の意見よね。わたし一人なら、宮殿内には入れなかったとしてもいくらでも動きようはある。全力で飛行すれば、わたしの速度は鳥モンスターにだって負けない。逃げるだけなら可能だろう。
でも
「ダメよ」
『なんで!?』
わたしは性格が悪いから、性格が悪い奴の考えてることなんて簡単に分かる。この状況で、一人取り残された人間が逃げることなんて許してくれる訳がない。
「わたしがヴィルなら、一人残った人間が逃げ出した瞬間この壁を消すわ。そうなったら宮殿内はモンスターで溢れかえる。四獄王となんてまともに戦える状況じゃなくなってしまう」
ただでさえ四獄王一体に全員で立ち向かえる状況ではなく、こちらの戦力が足りていないというのに、その上モンスターの群れなんて。そんなことになればこちらの敗北は確定。生き残れるのは逃げ出したわたしだけ。
そんなの、最悪中の最悪だ。受け入れられない。
「ごめんね、エレ。巻き込んじゃって」
『ううん、いいよ。もうえれたちは』
「そうね。既にわたしたちは一心同体」
妖精転化・風神招来!
「エレ!」
『うん、もういっこ、いくよ!』
妖精転化・風神降臨!!
カレンやレオンがやっていた精霊転化。あれを見様見真似で無理矢理再現した。
全身に自然エネルギーを回して、人間の部分を全て置き換えるつもりで。
『多分もう、戻れないわね……あら?』
声、ではない。でも聞こえる。まるでエレが話しているかのような聞こえ方。それが自分の言葉として聞こえてくる。
『エレ?』
エレの声は聞こえない。でも、感じる。自分の中に溶け合うように、エレの思考が存在するのを。
わたしと出会う前からのエレの記憶が、自身のこれまでと混ざり合って、自分がエレなのかマーチなのかがよくわからなくなっていく。
『そう。完全に一つになっちゃったのね』
背の羽が最初からあったように思える。全身にみなぎる自然エネルギーが元からそうだったように思える。これが、妖精の感覚?
いや、違うのか。
こんな感覚は初めてだ。
妖精でもない
人間でもない
ましてや、精霊になった訳でもない
この地に満ちる、澱んだ風を自らの体の延長の如く感じ取る。
『飛べ』
わたしの意思に反応して、逆巻く風が周囲に集まるモンスターを飲み込み打ち上げる。それだけで、見渡す限りモンスターだったところに広場が出来た。
強い
『これなら、生き残れるかもしれないわね?』
エネルギーが足りさえすれば、ね。
この状態になる以前からそうだった。わたしの全力は継戦能力に欠ける。自身では生み出せないエネルギーに頼っているのだから当然だ。
ましてや、この状態はあまりにも強い。その分エネルギー消費も膨大。思うままに戦えば、恐らく5分と持たない。
出来る限り消費を抑え気味に、節約して戦っていくしかないわね。
『ま、良いわ。元々ここで死ぬつもりだったんだし。わずかでも生き残る道が出来たことを喜びましょう』
再び迫ってきたモンスターの群れをまとめて吹き飛ばし、ニヤリと笑う。
『来なさい、雑兵共。遊んであげるわ。いつまでも、ね』
「ふむ……?」
まさか逃げ出さずに門の前に立ち塞がるとは。
「面白くないな」
彼らには絶望の中で悪の芽を育てて欲しかったのだが。
「別に良いか。どうせ絶望はすることになる」
その時こそ、彼らの中に俺と同じ、悪意が芽生えるんだ。
仲間を見捨てて自分だけが生き残るのか、仲間と共に息絶えるのか。
その選択を迫った時の、彼らの顔が今から楽しみで仕方がない。
「なあ、ヴォル。そして我が子よ」
少しずつ、復活したばかりの寝ぼけたような状態も抜けてきた。そろそろまともに動けるだろう。
俺が眠っている間にも準備は進めさせていた。充分だ。問題なく、予定通りに事を始められるだろう。
手始めに、人間の希望たる彼らの心を折り、支配への第一歩としようか。




