第268話 救援の手
動き回る何人もの俺の中で、一つから指示の声が出ていれば当然それが本体に決まっている。そう確信した獣王の一撃。
それを受けた分身が消失する
「何ッ!?」
「カレン!」
「極炎・絶界紅蓮!!」
そこに狙いを定めて準備していたカレンの巨大な炎剣が、攻撃の直後、驚愕で動きを一瞬停止させた獣王へと振り下ろされる。
今度こそ、防御も許さず直撃させた。先ほどのティールとフォグルの攻撃もかなりの痛手になっているはずだし、精霊化していないとはいえカレンの全力を叩き込んだんだ。流石に相当効いているだろう。
カレンに吹き飛ばされた獣王は、ボロボロになった腕では受け身も取れず地面を跳ねて転がっていく。まだ生きている。かなりのダメージを与えたとはいえ、放っておけば何をしてくるか分からない。ここで仕留める。
「気を抜くな! 畳み掛けるぞ!」
分身に紛れて気配を消し、離れて隠れていた場所から号令を出す。それを受けて前衛組が転がる獣王へと距離を詰め、
ウウオオオオオオオォォォォォォッ!!!
上がる咆哮
放たれる衝撃が、接近する前衛たちを吹き飛ばす
流した血だけではなく、その内から湧き上がる力によって全身を真っ赤に染め、高温に熱したかのように蒸気を噴き上げながら立ち上がる
そこにいたのは、まさに獣の王
「その程度で、この獣王を倒したつもりか」
これまでとは比較にならない威圧感をまき散らしながら、
一歩、また一歩と向かって来る
状況はかなり悪い。既に俺とアイリス、ルー、フォンは魔力切れで動けない。ずっと奴の間近で戦い続けていたレオンとハイラスも限界が近い。まともに動けるのはカレン、ティール、マーチ、フォグルのみ。クルの治療も急がなければ命が危うい。
勝ち目は、ない
だが
「疑問に思わなかったのか?」
「何?」
「俺たちはわざわざモンスターを都市まで引き付けた。時間をかけてな。おかしいだろう。それらしい理由はいくらでもつけられるが、どう考えてもモンスターに囲まれる前に都市を出てここまで来た方が楽だ」
ここまでの道中でモンスターをばらけさせたくないとか、都市まで集めた方が対処がしやすいとか、そんな理由は全て後付け。
最悪を想定し、こちらの作戦がどこかから探られている可能性まで考慮して、表向きに騎士たちや仲間たちを納得させるために付けた理由。
実際の目的はただの時間稼ぎ。
もう一人の、心強い仲間が合流するまでの。
森山崇敬・坤恵招来
「何だ!?」
周囲を、森が覆い尽くす。地面を突き破り、急速に成長していく木々が幾本も立ち並び、獣王の咆哮によって荒れ果てた地を草が覆い隠す。
「結べ」
「くっ!?」
木々から伸びる蔦や足元の草が獣王を縛り上げる。すぐに引き千切る獣王だが、間髪入れずに何度も、何度も襲い掛かって来る植物たちに手間取ってなかなか自由に動くことが出来ない。
「お待たせいたしました、クレイ様」
そして、騎士団の2部隊ほどもの人数を引き連れて現れる、大切な俺たちの仲間。
「ああ、おかえり、アイビー」
隣国カルズソーンの公爵令嬢、アイビー・フェリアラントがそこにいた。
四獄王の一つとの戦闘を想定した時、俺たちではまるで敵わない可能性を考えた。
戦うことは出来たとしても、不意の一撃や想定外の底力等で、勝ち目が見えなくなる可能性を考えた。
実はあり得ないほどの切れ者で、俺の作戦程度は全て読み切り完封して潰される可能性を考えた。
何か切り札を用意しなければ危険すぎて戦闘に臨むことが出来ない。
そんな時だ。アイビーからの連絡があったのは。
カルズソーンは国を越えての通信は出来ないので、連絡を取るのは諦めていたんだが、どうやらこちらから連絡をするまでもなく向かっていたらしい。
カルズソーン全体を植物の壁で覆った影響で、ヴォルスグランへとモンスターが押し寄せているという情報を掴んだアイビーは、すぐに部隊を率いて救援に出発していたという。
だから、時間を稼いでカルズソーンからの救援部隊が間に合うように調整した。
俺たちだけでは勝ち目がなくなってしまったのなら、圧倒的物量で押し潰す。
カルズソーン部隊の操る植物によって自由を奪われた獣王。いくら圧倒的強者であろうと、流石に俺たちとの戦闘で傷付いた上でこの人数相手では暴れることは出来ない。
「くぅ……! 多勢に無勢であろうとも全てまとめて飲み干すと宣言したものの、流石に疲労した上でこの人数は……!」
「諦めろ、獣王。お前は必ず、ここで仕留める」
「…………仕方あるまい」
一瞬、諦めたのかと思った、次の瞬間、
ウウオオオオオォォォォォッ!!
再びの咆哮。ビリビリと空気を震わせるそれは、ただの声のみで木々を揺らすほどの衝撃を持っていたものの、それだけで森を破壊するには至らない。
ただの悪あがきか、と楽観しそうになり、その思考を追い出す。
そんな訳がない。
こいつが無意味なことをするとは思えない。その考えが現実になったように、
高速で飛来した鳥のモンスターが、獣王を縛る蔦を嘴で貫く。
あっ、と思う間もなく、たった一瞬だけ取り戻した体の自由を利用して全身を回転。全ての拘束を引き千切り逃走を開始する獣王。
逃がす訳にはいかない。だが、逃走する獣王を守るように立ち塞がる幾多ものモンスター。どうやら砦内に集まっていたモンスターの群れを咆哮で呼び寄せたらしい。
物量には物量で。当然の対抗策により、獣王の逃走を許してしまった。
それだけではない。
今の俺たちは極度の疲労状態。クルに至っては瀕死の重傷であり、モンスターの群れとなどまともに戦ってはいられない。
カルズソーン人は植物によって戦う。大量の葉の刃によって森内部の領域を丸ごと攻撃出来るならともかく、周囲に味方がいる状態では素早い相手と戦うことに向いていない。
今は何とか植物によって対応してくれているが、モンスターは増え続け、すぐに手が回らなくなるだろう。
「くっ、このっ!」
「クレイ、このままでは対応し切れない! どうする!?」
カレンやレオンなど、まだ動ける仲間は体力を振り絞って戦ってくれているが、レオンの言う通り、このままでは……!
「クルっ!!」
倒れて動けないクルの方へ、モンスターが跳びかかっているのが目に入る。だが、動けない。魔力切れの体は這うように進むことしか出来ず、その動きはクルを守るにはあまりにも遅い。
獣王を追い詰めたというのに、仕留めることすら叶わず、それどころかこんなところでモンスターに蹂躙され朽ち果てるのか。
絶望が心を染めていく。
そんな闇を斬り裂くように、
雨の如く、降り注ぐ数多の矢
それは森の枝葉をすり抜け、入り乱れる戦場の中で味方には一切傷を付けず、モンスターのみを正確に射抜いていく。
「未来視部隊、第二射、用意! 放て!!」
聞こえてきた声に目を向ける。
そこにいたのは、陽光を受けて美しく輝く、絶望の闇を照らす白銀の姫。
俺の視線に気付いたのか、こちらへと目を向けて、にこりと笑う可愛らしい幼い少女。
「助けに来たよ、お兄ちゃん!」
横一列に並び弓を構える機械兵部隊を率いてやってきた
隣国アインミークの姫、ミュアーナ・アインミークがそこにいた。




