第267話 獣の暴力
まず最初にぶつかるのは当然レオンだ。見失いそうな速度の獣王だが、レオンとて速度で負けはしない。その両手に生み出した雷剣で、獣王の爪を迎え撃つ。
雷剣が裂けた
「っ!?」
「させるかよ!」
獣王の爪が雷剣ごとレオンを斬り裂く寸前、風を纏ったハイラスが文字通り飛ぶ勢いで短剣を腕に叩き付ける。
皮膚にわずかに食い込むだけで、血を流させることさえ叶わない
「くっ!?」
「我慢しろよ、お前たち!」
カレンが振り抜いた剣から飛び出した炎が、レオンとハイラスをまとめて吹き飛ばす。それによってギリギリで獣王の爪を回避することに成功した。
振り抜かれた爪が、触れてもいない地面に軌跡を刻む
「浸透・衝破!!」
「ぐおっ!?」
獣王が爪を振り抜いた僅かな隙を狙い、クルが掌底で腹を打つ。その衝撃によって獣王を吹き飛ばし、間合いを開いたことでやっと第一合が終わった。
足で地面を削り、一度倒れることすらなく、獣王が体勢を立て直す。
「なるほど、衝撃通し」
クルに打たれた腹を軽く撫でて確認するように呟く獣王。多少の痛みは感じているようだが、ダメージと言えるほどのものではない様子だ。
強い
分かっていたことだ。常識外れに強いだろうと。最初から覚悟して戦いを挑んだ。
だが、あまりにも強い。
レオンですらまともに打ち合うことも出来ないその力。速度で負けていないだけでは勝負にすらならない。
「アイリス!」
「雷神の権域!」
アイリスに雷のドームを展開させる。アイリスには、この中の状況は手に取るように分かる。それによって、ドーム内のどこでも自由に雷による攻撃を行うことが可能だ。
それでどれだけ援護出来るか。
あの速度で敵味方入り乱れての戦闘となると、いくらアイリスと言えど正確に狙うのは至難の業。味方に当てないようにと考えると、あまり頻繁に援護は出来ない。
フォンとマーチ、ルーの3人は更に厳しい。ルー以外には今の攻防が見えていたかも怪しいレベル。ルーとて、見えているだけで魔法を当てるのは不可能に近いだろう。
勝ち筋は一つ。どうにかして奴の動きを止め、ティールの一撃を叩き込む。
「確かに、能力はなかなか。霧の奴ではどうにもならんのも頷ける。奴はその身の特殊性にかまけて鍛練を怠っていたからな。だが、この獣王は霧とは格が違うぞ?」
読めていた
奴が今まで以上の踏み込みでこちらに突っ込んでくることも、右手の爪による一撃が俺の腹に向かって突き出されることも。
その速度、威力、攻撃の軌道から狙いまで、
全て完璧に読めていた
気づいた時には遅かった
既にその絶死の一撃は繰り出される寸前で、
俺の身体能力では急所を避けることすら不可能
「クレイさんッ!!」
俺の読みを超える反応で、奴の爪と俺との間に飛び込んでくる小さな体
「え」
真っ赤な血をまき散らしながら吹き飛ばされ、俺の視界からいなくなる
「クルっ!?」
ぐしゃりと嫌な音を立てて、クルが倒れる音が響いた。
「クル!? いや、いやああああぁぁぁぁッ!!!」
アイリスが泣き叫びながら、がむしゃらに雷を撃ち放つ。何度も、何度も、獣王に向かうそれを、しかし造作もなく避けていく獣王。
「殺してやるッ!! 絶対に、お前だけはああああぁぁぁぁッ!!!」
アイリスの雷と、レオン、ハイラスによる接近戦により、俺に向かっていた獣王の注意が一時的に逸れた。その僅かな時間で、一つ、息を吐く。
冷静になれ
クルに大きな傷を刻んだ奴への怒りも、クルに庇わせてしまった自分への怒りも、今は邪魔だ。
クルの状態を解析。ギリギリで致命ではないことを確認する。クルの体は、ティールほどではないが身体強化の魔力で保護されている。自分の意思で飛び込んだこともあり、防御に全力を注いでいたのだろう。意識はなく戦闘続行は不可能だが、治療を受ければまだ助かる。
先ほど俺に攻撃しようとしていた奴は、明らかにそれまでと比較して速度が上がっていた。まだ全力を出していなかったということか。その可能性も織り込み済みのつもりだったが、見積もりが甘かった。
狂乱するアイリスは、普段は後のことを考えて抑えている魔力消費を一切考えず雷をばら撒いている。ただでさえ雷のドームを生成して魔力を大きく消費している今、あまり長くは持たないだろう。しかし、威力の上がったその雷は獣王も警戒させることが出来ている。
アイリスが限界を迎える前に決める。
先ほどの奴の速度は上限か? 更に上があるのか?
奴の動きを止める方法は? 動きを止めた後どうやって一撃を入れる?
その一撃で仕留めきれるか? もし耐えられた場合、追撃はどうやって入れる?
高速で思考が廻る。求める最適解を手繰り寄せる。
先ほど、奴は初見殺しの一撃を俺を仕留めるために使用した。一度使用すれば、その後は対応される可能性が高いことなど奴とて理解しているはず。
奴は俺を真っ先に殺そうとしている。霧の王とは全く異なる対応だが、それが獣王の選択なのだろう。
なら、まずはこうだ
「む……神の子が幾人も……」
この戦場の至る所に、魔法陣から生み出した分身を並べる。それを解析の応用によって自在に動かし、どれが本物の俺なのか見分けがつかないようにする。
当然脳への負荷も魔力消費も尋常ではなく多くなるが、構わない。ここで俺の魔力は使い切って良い。とにかく奴の注意を散漫にさせる。
「ルー!」
この戦場の地面全体がうっすらと水に覆われる。大規模魔法が得意ではないルーの全力。魔力の全てを使い切って、獣王の足がわずかに沈む程度の水を生み出す。
この状況だ。このままではどうなるかなど容易に想像出来ただろう獣王は、跳躍により水から脱出しようと試みる。
「ハイラス! レオン!」
だが、許さない。飛行するハイラスが上から、正面からはレオンが獣王の動きを封じようと攻撃を仕掛ける。そこに降ってくるアイリスの雷。獣王のすぐ近くにいるレオンには直撃しているのと変わらない衝撃があるはずだが、雷ならレオンにはほとんど効かない。
「フォン!」
そして、フォンがルーの水を利用して獣王を縛り上げる。水浸しのフィールドでフォンの魔法を避ける術はない。足元から凍り付き、その動きが完全に封じられた。
だが、いつまでも大人しくしていてくれる獣王ではない。フォンの大精霊とでも言うべき膨大な魔力を全て用いた拘束に、すぐさまヒビが入り始める。持って数秒。奴の動きを止められるのはそれが限界だ。
「マーチ!」
なら、更に別の力で拘束してやれば良い。マーチの風はフォンと同様特別製だ。フォンの氷の上から更に妖精化したマーチに全力で拘束されれば、そう簡単に抜け出すことは出来ない。
「フォグル! ティール!」
後は、一撃に全力を込めて叩き付けるのみ。フォグルの大剣が、ティールのハンマーが、込められた魔力による輝きを放ち、獣王を挟み込むように繰り出される。
氷を粉々に砕き、その中の獣王を叩き潰す。
が
「ぐ、お、おおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!」
大剣が腕の中ほどまで食い込みながら、ハンマーで腕がバキバキにへし折れながら、それでもその両腕で攻撃を受け止め耐える獣王。
そして、
「指示を出している貴様が本物の神の子だ!!」
両者の攻撃の間から飛び出してきた獣王が、俺へと真っすぐに突っ込んでくる。
魔力を使い果たした俺に、それを避ける術はない。
全てを貫く王の爪が、俺の腹に風穴を開けた。




