第262話 悪の息吹
煙幕が晴れ、スロフがいなくなった謁見の間を見渡す。
王族を庇うように前に立つ父と団長。その後ろの王族や使用人たちに負傷した様子はない。
その他、この場にいる者たちの様子も確認するが、攻撃を受けた者は一人もいないようだ。完全に逃走に全力を注いだのだろう。
程なく、一人の騎士が謁見の間に駆け込んでくる。
「反逆者の貴族たちを閉じ込めている牢が何者かの襲撃を受けたとの報告あり! その後、ガブロ・リヴォルゲリンを連れ逃走されたとのことです!」
「む……逃走を許したのはガブロ・リヴォルゲリンのみか?」
「そう報告を受けております!」
「そうか。ご苦労、下がって良い」
陛下の言葉を受け、謁見の間を出ていく騎士。しかし、そうか。奴は公爵だけを連れて逃走したのか。
「追いますか」
「当然捜索は出す。が、あまり戦力を投入出来ん。今は城内に人手が必要だ」
「では、騎士団長の権限で各地の警備を動かします」
「うむ。奴の特徴を周知し、発見次第報告させよ。迂闊に手を出さないよう厳命しておけ。隊長挌でなければ、何人集まろうと奴には勝てん」
「はっ」
指示を終え、一息ついて玉座へと移動する陛下。そして、やや乱暴に腰を下ろした。
「まったく、次から次へと。休む暇もない。せっかく息子が帰ってきているというのに」
「ははは、仕方ありませんよ。出来るだけ早く、また帰ってこられるようにしますから」
「あら、もう反王家派閥はなくなったのだから、お兄様が前線に出る必要はないでしょう?」
「分かっていてそんなことを言うものじゃないよ、アイリス」
既に第一王子の戦力は前線になくてはならない物になっているからな。反王家派閥に関係なく、そうそう前線を離れることは出来ない。
特に今は、俺たちが霧を晴らしたことによって魔域の探索が進められるようになっている。そちらにも戦力を割いているため、なおさら第一王子を前線から離す訳にはいかない。
当然、アイリスだってその程度のことは理解しているので、これは単なる我がまま。兄に帰ってきて欲しいというだけのお願いだ。
「むぅ……」
「アイリス様。フルズ様がお困りですから……」
「分かってるわよ。……ごめんなさい、お兄様」
「ううん、良いんだ。アイリス、レオンも、変わらず家族で仲良くするんだよ」
いつも気の強いアイリスも、兄の前ではただの妹だな。ただでさえ小さい体が余計に小さく見える。
「さて、クレイよ。よく奴の襲撃を防いでくれた。礼を言おう」
「いえ、あれの侵入を許したのもわたしの責任ですので」
俺が反王家派閥を一網打尽にしようと考えて城に集めるようなことをしなければ、スロフは恐らくここには来ていなかっただろうからな。奴の襲撃は俺の責任でもある。感謝をもらうようなことではない。
「いや、あのような存在を把握すら出来ていない状態で襲われる方が危険だった。この場で襲撃を受けることが出来たのは良かったと見ることも出来るだろう。それで、だ。レイドよ」
「はっ。あれはティクライズの分家に閉じ込めていた何かであると思われます。わたしの管理不足です。申し訳ありません」
「気にするな。お前は日々のほとんどを我の護衛として過ごしている。家にもあまり帰っていないだろう。そのような状態で分家の全てを管理しろとは無理な話」
「レイド、普段は誰がその分家を管理しているんだい?」
「己の衝動を抑えられるようになった者は分家から出られるようにしている。既に亡くなったわたしの妻や、現在我が家を管理している執事などがそうだ。その中で、特に信用出来る者を選抜し分家を任せているのだが……」
「脱走を許した、と。一体何があったんだろう」
父が信用して管理を任せたというのなら、その人物は相応の能力を持っているのだろう。易々と脱走を許すとは思えない。
ならば、逆に考えるべきだ。
「脱走ではない、という可能性は?」
「え? クレイ、それは一体どういうことかな。レイドが管理を任せた人物が騙されて解放したということか?」
「いや、違うな。確かに、視点に抜けがあったか。クレイの言う通り、恐らく奴は脱走したのではない。ガブロ・リヴォルゲリンに引き取られたのだろう」
「引き取られた……?」
「我々はガブロ・リヴォルゲリンが反王家を主導していると知っているが、それは国でも極一部。分家を管理する者はその事実を知らない」
「なるほど、把握した。つまり、公爵としての立場を用いて信用を得た上で、ティクライズ分家からスロフを預かったということか」
「いや、それでもおかしくないかな。たとえ信用があったとしても、レイドに報告くらいあるはずだろ?」
「わたしはあまり家に帰らない。そのため、報告は基本手紙にて行われている。公爵の力ならば、手紙の一通を握りつぶす程度は容易だ」
「そうか……スロフを引き取った後、ティクライズ分家から出される手紙を監視していたのか」
「管理人は報告したと思っている。そして、公爵にスロフを引き渡したことが大きな問題であるという認識はない。だから、わたしから返事がなくともそれが問題であるとは思わない。単に返事をするまでもない程度のことだと理解するだろう」
戦力を欲していた公爵が目を付けたのがティクライズ分家だったのだろうな。
陛下に関する情報収集のために各地の研究機関に潜入させたり、陛下襲撃のためにアインミークから機械兵を盗ませたり、今回のように切り札として隠していたり。公爵はスロフを色々と便利に使っていたようだ。
スロフの側としても、公爵の指示に従えば己の衝動を我慢しなくて良いということで、利害は一致していたのだろう。
多人数を連れ出せば問題になるだろうということで、恐らく分家から連れ出されたのがスロフのみだろうというのは幸いだが、分家の中でも相当能力が高い奴が選ばれているはず。厄介な人間が敵になったな。
「レイド、奴の行き先に心当たりはないか?」
「申し訳ありません。奴とは会話をしたこともありませんので、その性格などは何も」
「そうか」
逃げに徹した奴を見つけるのはかなり難しい。本気で気配を消されると、俺でも視界に入れなければ奴を見つけることは出来ないからだ。
もしかしたら、今までも近くに潜んでいた可能性すらある。秘密にしている情報をどれだけ盗まれているのかすら不明。
唯一、奴が公爵を連れているという点。それだけが奴を発見するための手がかりになるだろう。
まずは潜伏する必要がある。騎士団長権限で各地の警備が捜索している中で逃げようと思ったらどこへ向かうだろうか。
…………前線?
そこまで考えが至ったちょうどその時、まるで狙ったかのように、再び謁見の間に騎士が駆け込んでくる。
「報告します!」
「今度は何だ。奴が見つかったか?」
「前線が崩壊したとの通信あり!」
「…………何だと」
「どういうことだ! 詳細を報告しろ!」
「これまでに見たことがないほどのモンスターの大群が押し寄せ、それに対応し切れず前線が崩壊。騎士団第三部隊が全力を以てその進行を食い止めてはいますが、少しずつ押し込まれているとのことです!」
「馬鹿な……まさか奴が?」
「いえ、いくら何でも早すぎる。恐らく別件です。しかし……」
公爵とスロフの行方など追っている場合ではない。全戦力で対応しなければ、国が崩壊する。
国の崩壊……まさか……!
それは、唐突に目覚めを告げた災厄
未だ何一つ、対策が成っていない
そんな人間側の事情など当然考慮されはしない
全世界を飲み込まんとする、悪の息吹
これにて第10章完結、次回より最終章に入ります




