第261話 分家
城内の制圧を完了した。かなりの人数になるので、流石に全員を牢へ入れるという訳にはいかなかったが、貴族たちは牢へ、私兵たちは部屋に閉じ込めて見張りを置いているので、一先ずは大丈夫だろう。
再び謁見の間に集まる。玉座に座る陛下と、その横に立つレオン、アイリス。フルズ第一王子も当たり前のようにそこに立っているが、怪我はもう治ったのだろうか。
クルは壁際まで下がっている。その他使用人も何人か。そして、扉から玉座までの道を挟むように騎士たちが並ぶ。最も玉座に近い位置に向かい合うようにして、父と騎士団長が立っていた。
仲間たちと並んで陛下の前へと進み出て、膝を突く。アネミカとコートも同様だ。
「面を上げよ」
顔を上げると、アイリスと目が合った。いや、手を振るな。そんな呑気な場ではないだろうに。
「クレイ・ティクライズ」
「はっ!」
「此度の騒動の全てをこの場で述べよ」
恐らく全員が理解しているだろう内容を、一から口に出していく。
以前から活動の見られた反王家派閥。その筆頭と目されるリヴォルゲリン公爵が全ての首謀者であること。
自分たちは公爵の娘である友人、アネミカを人質に取られ、またその他身近な人間に危害を加える示唆をされたことで協力せざるを得なかったこと。
ならばと一計を案じ、反王家派閥を一網打尽にするため、素直に公爵に従うふりをし城内に誘い込んだ上で門を閉めたこと。
公爵の目的は、陛下の娘となっているもう一人の娘、アイリス第一王女を奪還すること。
反王家派閥とは、公爵が自身の目的遂行のための人員を確保するために、王家への不満を持つ貴族を集めて作り出した物。
「以上が今回の襲撃事件及び反王家派閥の全容となります」
「うむ、ご苦労。まず、この場にいる者たち全員に緘口令を敷く。アイリスの出自について、他言することは許さぬ」
アイリスが公爵の娘で実は王女ではなかった、などという情報が広まるのは、混乱を招くだけで何の得にもならないからな。別にこの情報を知らないことによる不利益を被る人間もいないのだし、秘密ということで問題ないだろう。
「次に、クレイ・ティクライズらの処遇だが。どのような事情があろうとも、本来王族に危害を加えることは許されない。ましてや、此度の件は明確な反逆。その罰は通常、処刑以外にない」
「お父……へ、陛下! お待ちください、クレイたちは、じゃなくて、彼らは!」
「落ち着けアイリス。本来であれば処刑せざるを得ないが、同時に彼らは長年我らを悩ませてきた反王家派閥を完全に消滅させた功労者である。よって、褒美を取らせることもないが、罰することもない。これが我の出す結論である」
これでも温情が入っている方だろうな。俺などは特に、王子を直接ぶった斬ったからな。どんな罰を与えられても文句は言えなかった。
ただ、実は一つだけ、疑問というか、懸念点がある。
「陛下、よろしいでしょうか」
「不満か?」
「いえ、とんでもございません。温情を賜り、感謝の念に堪えません」
「では、何か」
「陛下は先ほど、反王家派閥が完全に消滅したと仰いました。これは確かなのでしょうか」
「……どういうことだ。まだ何かあるというのか?」
「騎士団の隊長の方々に匹敵する実力者が紛れているはず、というのがわたしの予想でした。しかし、此度の騒動でその者の姿を見なかった。もしや、どこかに潜んでいるやも、と」
これはあくまで予想であり、確実にそんな人間が反王家派閥に存在するとは限らない。だが、十中八九いるはずなんだ。
誰にも気づかれずにアインミークから機械兵を盗み出し、ヴォルスグランまで持って帰ってこられるような超人的な誰かが。
学園祭にて、陛下を襲撃した機械兵。あれをアインミークから持ち込んだ何者かは未だ不明だ。アインミークの姫であるミュアと連絡を取れる俺ですら知らないのだから、恐らく誰にも分からない。
だが、この何者かは反王家派閥であるはず。アインミークが関与していないのなら、候補はそれしかない。
こいつはどこにいる?
何故今回の襲撃に参加していない?
ん? …………この感じ、どこかで
キャロル先生に急に攻撃された時のような
考えがまとまる前に、ナイフを投げていた。全力で、玉座の背もたれを貫こうという勢いで投擲する。
ギィンッ!
天井から落下してきていた男の持つナイフが陛下の頭に突き刺さる寸前、俺の投げたナイフが到達。男はそのナイフを弾くために手を動かし、間一髪、陛下を守ることに成功する。
「あらら、マジか。これ止められちゃうかい」
180程度に見える背の高い、青っぽい髪のヘラヘラした男だ。こいつ、見覚えがある。
「スロフか」
「おや、本家のお坊ちゃんに覚えていてもらえるなんて、光栄だね」
昨年の夏休み、ティールを探してたどり着いたヴラトリー子爵の違法実験施設。そこで用心棒として雇われていたのがこのスロフという男だ。
あの時取り逃がして、警備に伝えて指名手配してもらっていたはずだが、まだ捕まっていなかったのか。
しかし、先ほどの気配の消し方。あれは俺やキャロル先生が使うのと同様の技術。
「お前、ティクライズの何かなのか」
「そ。本家のお坊ちゃんには知らされてないかな? あの家には分家があるのさ」
分家か。あるだろうとは思っていた。母も黒髪で、ティクライズの血を引いているらしいからな。だが、その存在を見たことはなかった。不自然なほどに。
不自然なほど、か。これも暗殺者だった過去のように、意図的に父が隠していたものなのだろう。
680年続くヴォルスグランという国で、建国当初から存在するティクライズ家。その家がたった一つ、ほんの4人しかいない、というのは確かに考えにくいのだから。
「ティクライズはさ、呪われた家なんだよ。そこには度々、悪魔の如き衝動を宿した子供が生まれてくる」
「悪魔の如き衝動?」
「ああ。いわゆる破壊衝動って奴。何かをぶっ壊したくて仕方がないんだ。そんなのが生まれたら押し込められるのが分家って訳。だから隠されてるんだよね」
なるほど。理事長から過去の真実を聞いた今なら分かる。それは恐らく、悪の精霊ヴィルの血が濃く出た子供のことだ。
理事長が言っていた、頼りに出来るのは俺だけ、というのはつまり、ヴィルの興味を引きそうなほどその血が濃く出ている者の中で唯一、俺が正気のまま生きているから、ということなのだろう。
「分家を出るには、その衝動を抑えられるだけの訓練を積まなければならない。貴様、何故外に出ている」
「ひえー、ご当主様がお怒りだー! 怖い怖い」
「余裕だね。まさかここから逃げられると思っているのかな?」
「えー、まさかそんな訳ないじゃないですか、騎士団長様。余裕なんてないない。ビクビクですよ、僕は」
「クレイ、気を抜くな。奴の動きはお前にしか見えん。奴が消えたらすぐその動きを知らせろ」
「ああ」
父の言う通り、こいつの動きは同様の技術を習得している俺にしか見えない。この飄々とした余裕そうな態度も、恐らくはその技術を用いれば逃げることは容易だと考えているからだろう。
奴が俺との雑談に興じている間に、王族は使用人たちのところまで下がり、奴の周囲を騎士たちが囲んでいる。俺がその動きさえ見逃さなければ、このまま捕らえられるはず。
いや、まさか
「駄目だ、かかれ!」
「遅いよん」
奴の足元から煙幕が噴き出す。それはこの場にいる全員の視界を遮り、俺でさえ奴の動きを把握することが不可能となる。
こうなっては、父や団長は王族を守るために動かざるを得ない。奴の逃走経路を封じるより、王族の命の方が大切に決まっているのだから。
失敗した。自分と同様の技術を持った相手との戦いが初めての俺には、相手の視界から消えられるこの技術に煙幕を併用するという発想が咄嗟に出なかった。
対するスロフは、分家の中で何人ものティクライズと共に生活してきたのだろう。そういう考えを豊富に持っていた。
経験の差が出た。こうなってはもう遅い。
煙幕が晴れた時にはもう、奴の姿はどこにもなかった。




