第253話 幕開け
「ふむ……それは、信用出来るのか? 確かアイリスの話では、公爵の行動には何か善意以外の思惑が絡んでいるということだったが」
リヴォルゲリン公爵からの呼び出しに応じるため、仲間たちに話をした。それに対する第一声は、カレンの疑問だった。
当然の反応だろう。公爵は恐らく恨みで行動しているとアイリスは言っていた。そんな相手からの呼び出しに素直に応じて、何かされるのではないか、という不安を抱くのは正常だ。
だが、残念ながらこの呼び出しを無視するという選択は不可能だ。
「俺が前回当然のように誘いを断っているから分からないかもしれないが、本来公爵からの命令というのは平民に断れるものじゃない。俺を無理矢理反王家に入らせても本来の働きは出来ないだろうという予想のお陰で今は下手に出てくれているがな」
下手に出ているからとあまり調子に乗っていると、強硬手段を取られる可能性もある。イーヴィッド伯爵の時は後から公爵が来るだろうと分かっていたから伯爵を煽って実力行使をさせたが、今回は駄目だ。相手の権力が強すぎる。誰も止めてくれる人間がいないので、逆らえばそのまま犯罪者に仕立て上げられて牢屋行きだ。
「じゃあもうどうしようもないじゃない。反王家派閥に協力する訳?」
「いえ、落ち着いてくださいマーチさん。クレイさんには考える時間が充分にあったんです。その状況で、何も作戦がないと思いますか?」
「いや、何も作戦などないが」
「ええっ!?」
相手は公爵だ。アイリスから聞けるだけの話は聞いたが、それでも充分に情報を集められたとは言い難い。
「状況証拠からの予想が一つ、それに付随して仕込みを一つしているが、それくらいだな」
「そ、それで大丈夫なんでしょうか……」
「大丈夫なんだろ。じゃなけりゃ、ここまで落ち着いてる訳ねーって。な、クレイ。それより、いつ出発するんだ?」
「状況証拠の補強をしてから、すぐに出発するぞ」
魔導列車に揺られながら、王都を目指す。一応解析してみるが、周囲に怪しい人物はいない。どうやら公爵からの監視が送られてきてはいないようだ。
「分からないんだが」
「唐突だな。どうした、カレン」
「状況証拠の補強と言って、1年の教室を少し覗いただけだっただろう。あれには何の意味があったんだ?」
「カレンは、アネミカ・コルトネルスについてどう思う?」
「何だ急に。アネミカ? 我々に懐いてくれている、可愛い後輩ではないか」
それも一面の事実ではあるが、そうではなく。
「……もしかして、あの魔法について言ってます?」
「ルー、正解だ」
「魔法か。確か、直線的に高速で飛ぶ光線のような炎魔法だったな。そういえば、あの魔法以外を使っているところを見たことがないな。一つを極めたということだろうか」
1年生の対抗戦で、実況のニーリス先輩が炎魔法だと言っていた。あれを見て最初に出てくる感想が炎だとは考えにくいので、恐らく本人に取材でもして得意魔法を聞いていたのだろう。
「あれ、本当に炎魔法だと思うか?」
「違うのか? 確かにわたしではあのような魔法を再現出来そうにないから、本当に炎なのだろうかとは思っていたが、本人が言うならそうなのだろう? 使える魔法を隠すならともかく、得意属性を隠して何になる」
「あれがもし、雷魔法だとしてもそう思うか?」
「雷……? いや、まさか……!?」
あれが雷であると仮定する。そうすると、
黄金の髪
強力な雷魔法
時々見られる美しい所作
アネミカ・コルトネルスが持つ特徴から、一つの結論が見えてくる。
「アネミカが王族だと言うのか!?」
「いや、そうじゃない。最近やけに俺たちの周囲でアネミカの姿を見るようになっただろ? タイミングから考えて、恐らく公爵に指示されたんじゃないか」
「ハイラスの言う通りだ。俺はあいつが公爵家の人間だと思っている」
俺たちに取り入って協力の方向へ持っていこうとしていたか、俺たちの情報を集めようとしていたか。どちらにせよ、俺に協力を断られた公爵がアネミカに指示を出したから、最近周囲でアネミカの姿を見ることが多かったのだろう。
「先ほど1年の教室に行ったのは、アネミカがいるかどうかを確認するためだ。予想通りいなかったから、予定通り状況証拠が補強されたことになる」
「そうか……可愛い後輩だと思っていたのに、ただの打算で近づいてきていたのか……」
「そう落ち込むな。打算があったのは間違いないが、それが全てだとはまだ確定していない」
「どういうことだ?」
「公爵の指示があったのは最近のはずだ。実際、急によく見るようになったのは最近だからな。だが、アネミカとの交流自体はそれ以前からある。そこまで打算だったのかはまだ定かではない」
それに、リーミスからの情報もある。入学時から何か余裕がない様子だったというアネミカ。それが正しいのなら、なおさらだ。
「まあどちらにせよ、だ。予想通りなら、今回アネミカと直接敵対する可能性は低いとみている」
「そうなのか? 学園にいなかったということは、我々を呼び出すにあたって公爵が呼び戻したのだろう? ならばあちら側として公爵邸にいるのでは?」
今回、満を持して公爵が呼び出してきたということは、相応に勝算があってのことだ。
俺が反王家派閥に入る気が全くないということはあちらも承知しているはず。
では、勝算とは何なのか
さて、どこまで読み切れる。
間違えれば、良くて逃亡者、最悪で死刑囚だ。
いや、最悪は国家滅亡か
これは冗談や悲観ではない。紛れもない事実として、俺が選択を間違えれば、最悪そこまで行ってしまう。
窓の外に王都が見えてきた。
どうするか。俺の考えを全て仲間たちに共有すべきか? だが、それにもデメリットがある。自分の考えに基づかない行動は、違和感が出やすい。こちらの動きを読まれる可能性は極限まで下げるべきだ。
しかし、当然考えを共有しないことにもデメリットがある。連携が取り辛い、俺がいない時に仲間たちがどうすれば良いか分からなくなる可能性がある、慌てた誰かが間違った行動をしてしまう可能性もある。
何が正解だ
公爵の思考、その周囲の思考
アネミカの思考、その周囲の思考
仲間たちの思考
そして……
よし
「一つ、合図を決めておく」
ここまで、長かった
王家への不満を抱える貴族たちをまとめ、資金を集め、計画を練った。
その中で常に足りなかったピース、強力な個人戦力。ようやくそれを手に入れる目処が付いた。
どんな手を使っても良い。ここさえ成功するなら、その後はどうとでもなる。
「アネミカ、わたしが許可するまでこの部屋から出るな」
「はい……お父様……」
こちらには切り札がある。クレイ・ティクライズのあの頭脳を以てすれば予想はついているだろうが、関係ない。どんな状況でも確実な効果を発揮するから切り札なのだ。
(わたしは、明確に現王より閣下が王となるべきである、とは結論出来ない)
忌々しい。わたしが、あの兄より劣るだと?
(閣下はその災厄に対し、どう対処なさるおつもりですか?)
確かにわたしには代案がない。結局、クレイ・ティクライズが求めるその答えを用意することは出来なかった。
だが、そもそも必要ないのだ。一体どのような災厄に遭ったら人間の全てが滅亡したりするというのだ。
無駄に国民を疲弊させる兄に、このわたしが劣るなどあり得ない。昔からあらゆる面で兄を上回ってきたこのわたしが、兄であるというだけで王座を手にしたあの男に劣っている訳がないのだ。
「さあ、来るが良い、クレイ・ティクライズ。用意したあらゆる策を飲み込み、全て我が手中としてくれる」




