第248話 その心の内は
また連絡する。
公爵は、そう言い残して去って行った。とりあえずこの場は乗り切ったが、そう遠くない日に再び呼び出しがあるだろう。
それまでに、どうにか公爵について調べられれば良いのだが。まずは帰ったらアイリスに聞いてみることにしよう。
「……終わったの?」
「ああ、一先ずはな」
「ビックリしました……。公爵相手によくあんな堂々と反撃出来ますね。わたし、身動きすら取れませんでしたよ」
「何を言ってるんだ。普段からもっと高位の人間と接しているだろうに」
「クレイさんこそ何を言ってるんですか。普段から王族だなんて意識して接してたら、今頃ストレスで倒れてますよ」
なるほど、一理ある。
「さて、帰るか。今から帰れば日付が変わる前には寮に着くだろう」
数日休んだ程度で問題になるような成績ではないが、無意味に学園を休む訳にもいかない。さっさと帰るとしよう。
部屋を出て、屋敷の玄関まで来たところで、メイドたちが待っていた。
「お帰りですか、お客様」
「ああ。さっきは助かった、ありがとう」
「いえ、助かったのは私たちの方です。ありがとうございました」
表情こそ全員無表情ではあるが、嬉しそうなのは伝わってくる。これだけ雰囲気に出ているというのに、感情がないものだと思い込んでいたとはな。先入観とは恐ろしいものだ。
「雇い主がいなくなってしまったが、これからどうするんだ?」
「この屋敷の維持を公爵より仰せつかっております。次の領主が決まった際には、恐らくこの屋敷をそのまま使用するのだと思います」
「そうか。次は、良い人とまでは言わずともまともな人間が来ることを願ってるよ」
「ありがとうございます。お気をつけて、お帰り下さいませ」
メイドに見送られて、屋敷を後にした。
では帰るか、と思ったが、一応確認しておいた方が良いか。
「ルー、家に寄るか? 恐らく公爵がそちらも対応しているはずだが、気になるんじゃないか?」
「んー、いえ、止めておきます」
「遠慮はしなくて良いぞ」
「遠慮と言うか……多分マーチさんを連れて行くと大変なことになるので」
「でしょうね。最悪、その場で殴りかかられても不思議じゃないわ」
「なので、後日改めて連絡しておきます」
いくらなんでも殴りかかられはしないと思うが。まあ良い顔をされないのは間違いないだろう。本人が良いと言っているのだから、良いということにするか。
「それとも……わたしの親に挨拶してくれます? 娘さんを下さいって」
「何でだよ」
「いやいや。クレイのせいでわたしの帰る家がなくなっちゃったんだから、ここは責任取ってわたしをもらってくれないと」
「何でだよ」
「え? 2人まとめてですか?」
「もー、クレイったら欲張りなんだから」
「何でだよ!」
俺のせいでマーチの帰る家がなくなったのは事実なので、微妙に拒否し辛いことを言わないで欲しい。
「さっさと帰るぞ」
「あ、待ってください!」
「逃げるんじゃないわよ!」
騒がしさを引き連れて、駅への道を歩き出した。
翌朝。朝食のために寮の自室を出ると、目の前にティールがいた。
「く、クレイさん……」
「ティールか。おはよう」
様子がおかしいな。昨日は学園を休むことを前日に連絡しておいたし、帰る時にも連絡を入れた。そう心配されているようなこともないはずだが。
「どうした、何かあったか?」
「き、き、緊急連絡ーー!!」
大慌てで通信機を操作するティール。ほどなくして、班員たちが全員バタバタと足音を響かせながら全速力で駆けてきた。
そして、全員で一斉に詰め寄ってきて口々に騒ぎ出す。文句を言われているのは分かるが、具体的に何を言っているのか全然理解出来ない。カレンなど半泣きだ。言葉になっているかも怪しい。
口の動きを読むべきか、と一瞬考え、馬鹿馬鹿しいと内心で切り捨てる。
「あーあー、分かった分かった。ちゃんと聞くから順番に話せ。あとさっさと飯に行くぞ」
まとわりついてくる奴らをどうにか引きずりながら、食堂を目指す。朝っぱらからキツイ運動だ。
食堂に入り、朝食を取ってきて席に座る。それだけ時間が経ってやっと落ち着いてきたアイリスが場を仕切り出した。
「で、どうして帰ってこなかった訳? ほら、カレンなんて寂しくて泣いちゃってるのよ」
「クレイ~、帰ってきてくれて良かったよ~、わたしを置いていかないでくれ~」
「あなたはいい加減泣き止みなさいうっとおしい!」
今までだって数日離れることくらいいくらでもあっただろうに。ほんの1日で何故ここまで精神がやられているんだこいつは。
「で、マーチとイチャつきながらルーも連れて、どこに行ってたの? 用事があるから帰れない、なんて一言だけ連絡を寄こして、逆に心配になったわよ」
「列車に乗ったところまでは調べがついてる。誤魔化しは許さない」
「久しぶりに情報収集能力を発揮したと思ったらこんなどうでも良いこと調べたりして、まったく……」
どうするかな。マーチの実家に行っていたと正直に言えば面倒なことになるのは確実なんだが、フォンが色々調べているようだし、嘘は通じなさそうだ。
アイリスに公爵について聞く必要もあるし……仕方ない。
「イーヴィッド伯爵邸に行っていた」
「はぁ!? 何をしによ?」
「潰しに」
「は……?」
口をあんぐり開けたまま固まる仲間たち。そりゃあ驚くよな。俺だって急にこんな話をされたら、何言ってんだこいつ、という顔で見つめることだろう。
それから、食事をしつつ何があったのかを話していく。流石に具体的に何をしていたのかまでは話していないが。マーチとイチャついていた話などしたら、ただでさえ底を突く仲間たちの機嫌が更に突き抜けて下降していくことだろう。
「うーん……」
「ふっ、よくやったぞクレイ。わたしもあの事件の罪を償わずに逃げていた伯爵のことは気になっていたんだ。これでスッキリしたというもの」
「ホント、バカなんだから」
「なにおう!? ではお前は奴をそのまま野放しにしておけば良かったと言うのか!?」
「違う、そんなこと言ってないわ。伯爵が捕まったのは良かったと思う。でも、その後より厄介なのが出てきたでしょう?」
「リヴォルゲリン公爵か? お前視点では確かに陛下に仇なす敵かもしれんが、一般人からすれば現体制の問題点を突き、民を救おうとする善人だろう」
「そんな訳ないでしょ。断言してあげる。善意100%なんて人間は貴族には存在しないわ。善意もあることはもちろんあるけれど、その行動には間違いなく本人の利益が絡んでいる」
そう、それだ。現状、公爵は何の利益があって陛下から王位を奪い取ろうとしているのかが定かではない。ただ権力が欲しいだけだというなら分かりやすくて良いのだが。
「それがアイリスに聞きたかったんだ。リヴォルゲリン公爵というのは、王という権力を欲しがる人間か?」
「うーん、どうかしら……。正直、あまり交流がなくて、人柄とかよく分からないのよね。ただ、印象でしかないけれど、権力が欲しいから、なんて理由で多数の貴族を巻き込んだ巨大派閥を作ったりはしないと思う。どちらかと言うと……」
「どちらかと言うと? 何か気になることがあるか?」
「……これも単なる印象に過ぎないから……どうかしら」
「それで良い。知っていることがあるなら教えてくれ」
「……彼は、わたしが幼い頃からいつもこちらに険しい顔を向けていた。お父様を睨んでいることも多い。だから、権力が欲しいというより、どちらかと言うと」
恨み、で行動しているような気がする




