第247話 またいずれ
俺の一通りの説明を聞き、観念したように大人しくなる伯爵。集められた伯爵の私兵たちもどうすれば良いのか分からず互いに顔を見合わせている。
「ちょっと! 何するのよ、放しなさい!」
静かになったかと思えば、この場にいる誰よりも騒がしい声。どうやら夫人も捕らえられ、連れてこられたようだ。
「何よこれ! こんなことして、ただで済むと思ってるの!?」
「騒がしい女だ」
「っ! リヴォルゲリン公爵……! これはあなたの仕業ですの? いくら公爵とはいえ、このようなことをして許されると思って?」
「これから取り調べを行う。イーヴィッド単独による犯行なのか、それとも夫婦の共犯なのか、確かめねばならんのでな」
「取り調べ? 何の話ですの!? ちょっと、あなた! 大人しく抑えつけられてないで、何か言いなさいよ!」
伯爵は何も言わない。完全に諦めたのか、逆転の策を考えているのか。流石に前者だろうな。
伯爵は、王家が主導して違法実験を行っている、と言っていた。それは反王家派閥の上層部しか知らない情報だと。
これはつまり、伯爵は自分が派閥の上層部に属すると思っていた、ということだ。
だが、それは誤りだった。恐らく派閥の上層部は実験が王家主導ではないということまで把握している。それを伯爵には知らせていなかった。
伯爵がいつから派閥に所属し、いつから自身を幹部と認識していたかは分からないが、それなりに長い期間、騙されていたのだろう。
とんだ道化だ。幹部だと持ち上げられ、散々その資金等を利用されるだけ利用され、そしてこうして切り捨てられた。
同情する気はない。伯爵はそうされても文句を言えないくらいには悪事を重ねてきた。
だが、
「連れて行け」
淡々と伯爵夫婦の連行を指示するこの男。この男が伯爵を騙し利用していたのだとすれば、
「さて、クレイ・ティクライズ。見事な推理だ。聞こえてくる噂は真実なのだと確信するに充分であった」
こいつ、信用出来ない類の人間だ
「ただ一つ、訂正をする。先ほど君は、まるで君への勧誘がついでであるかのように表現したが、それは違う」
「と、仰いますと」
「改めて、要請しよう。我々の活動に協力してもらえないか」
どうするか。もちろん反王家の活動に協力する気はないのだが、これは、断ることが出来るのか?
「申し訳ありません」
「待て。結論を急くな。まずは我々の活動について詳しく話をさせてもらおう。お前たち、下がれ」
公爵の人払いにより、伯爵の私兵、公爵の護衛、メイドが全員部屋から退出していく。残ったのは、俺と公爵、あとはマーチとルーの4人だけだ。
「えっと、わたしたちは……」
「クレイ・ティクライズの仲間か。好きにせよ。協力が決まった際には、君たちにもクレイ・ティクライズから話がされるはずだ。ここで聞くか聞かぬかに差はない」
全く逃がす気はなさそうだな。最終的には俺が協力することになると確信して話をしている。
厄介だな。何が厄介かって、伯爵と違ってこの人のことを俺は全く知らないのが厄介だ。
伯爵のように最初から、何を好む人間なのか、何をしてきた人間なのか、そしてどのような弱点があるのか、全て分かっていればどうとでも対処可能なのだが、俺は公爵に関して、陛下の弟である、ということしか知らない。
逆に、公爵は俺について相応に調べてきているだろう。
この場で公爵からの勧誘を受けるとは思っていなかった俺と、ここで俺の協力を取り付けるために準備してきた公爵。どちらが交渉に有利かなど考えるまでもない。
何でも良い。どうにかしてこの場は返答を保留とし、また後日改めて話をしよう、という進め方をしなければならない。
「まず、何故我々、というよりもわたしが、現王の兄をその座から降ろそうと考えたのか。それは単純な話で、兄の動きに不審な点があったためだ。それは何か、というのは、言わずとも分かるな」
「例の実験ですね」
「そうだ。予言者などと名乗るあの魔女に吹き込まれた何の証拠もない未来の話を信じ、兄は強さを追い求めるようになった。異常なまでに」
あの魔女というのは、キレア・ディルガドールのことだろう。人間が滅びかねない災厄が起こる、という予言を聞いた陛下が、それへの対処のために動き出した。
しかし、確かにそうだ。呪いのせいで、理事長は陛下に災厄についての詳細は語れなかったはず。何を根拠に陛下はそれを信じたのか。
……いや、おかしくはないのか。理事長は不老不死についてが知られないように表舞台から姿を消したが、裏では様々な手を回していたはず。
王家にはキレア・ディルガドールが昔から関わってきた記録が残っているのではないだろうか。悪の精霊ヴィルに関わることが話せなくとも、理事長や先生たち本人の足跡まで消せはしない。
だからこそ、陛下はほぼ無条件で理事長を信用することが出来た。
逆に、そう考えるならば、何故公爵はキレア・ディルガドールやその周囲の人間について知らない?
この人も陛下と共に学んできたのでは?
レオンやアイリスも理事長について知らなかったようだし、王位を継ぐ段階になって初めて知ることが出来るのかもしれないな。
「王の名の下に人間の限界を超える研究を推奨などすればどうなるか、分からぬ兄ではない。当然反対の声もいくつもあった。それでも強行したのだ」
「その反対の声を上げていた方々の行動が、反王家派閥の始まりという訳ですね」
「うむ。おかしいとは思わないかね。何の根拠もない予言のせいで、一体どれだけの人々が犠牲になったことか」
悲痛に顔を歪め、拳を握り熱弁する公爵。
そして当然、こう繋がる。
「君もわたしと同じ考えを持ってくれていると思っている。わたしに王が務まるかどうかではないのだ。兄に王が務まらないのだよ」
そこまで一気に話をして、こちらの答えを待つように口を閉じた。
さて、ここまでの話で公爵が重要視しているのは2点。
研究を行う根拠が乏しい
現王が研究にて発生する犠牲を許容している
(ように見える)
そしてその2点により、現王よりは公爵が王となるべきだ、という結論。
「まず一点、わたしが閣下と考えを同じくしているという点ですが、申し訳ありません。否定させてください。わたしは積極的に例の研究に関わろうとは思いません。身近な人間が巻き込まれることがなければ、傍観でも構わないと思っております」
「む……」
「あまりに身勝手な思想であると理解はしておりますが、自分から国に喧嘩を売るような真似をして仲間が危険に晒されるようなことは出来ないと、そう考えます」
「逆に考えることは出来ないか? かの研究を放置したせいで、未来の仲間に危険が及ぶ可能性がある。で、あれば、この我々と協力出来る機会を逃さぬ方が益となる」
「ええ、もちろんその可能性もある。ですから、より重要なのはもう一点」
わたしは、明確に現王より閣下が王となるべきである、とは結論出来ない。
「……何だと?」
「確かに、民の犠牲を許容するような研究は許されないという閣下のお考えは素晴らしい物です。王たる者、考えるべきは常に国のこと、ひいてはそこに住まう民のことであるべきだ」
ここに反対するつもりはない。犠牲を前提とした研究は許されないことだし、もしその研究に明確な根拠すらないというのなら、それは決して行うべきではない。
が、今回に関しては話が別だ。
公爵は予言の根拠が薄く感じられるかもしれないが、理事長から全てを聞いた今、俺は災厄への備えは必須であると考えている。
そうでなくとも、もしその予言が本当だったらどうする? ただ危険が迫っているというだけではない。もし本当に予言通りに災厄が目覚めるのなら、この世の終わりだ。
「しかし閣下は、予言がもし本当だったら、という視点が抜けていらっしゃるように思えます」
「予言の内容を知っているのか」
「ある程度は。わたしはティクライズの人間ですから」
「……そうだとして、兄よりわたしが王となるべきだと言い切れないのは、何が理由だ?」
「質問させてください。現在陛下が進めている、人間の限界を超える研究。それが中止となったと仮定し、その後予言の通りに災厄が目覚めた。閣下はその災厄に対し、どう対処なさるおつもりですか?」
結局はそれに尽きる。俺だって全面的にあの研究を肯定する気はないが、だからといって災厄の目覚めを確信している中で研究を中止しろなどと。俺には言えない。
「………………」
「またいずれ、次の機会にでも答えを聞かせてください。閣下の提示する代案が、確かに災厄に対処し得ると思えた時。その時は是非、わたしにも協力させていただければ、と思います」




