第246話 始まった時には終わっていた
「終わった? 訳の分からないことを」
そもそもこの程度の敵、何人いようがマーチならまとめて吹き飛ばせる、というのもあるが、それ以前に実力行使という選択が問題だ。
ここまでは、まだ誤魔化すことが出来た。やや強引とはいえ俺に派閥への協力を願うのは犯罪ではないし、人質も実際に手を出しさえしなければどうとでも言い訳出来る。
ここまでは、まだ無実だと言い張れた。
だが、これは駄目だ。多数の武装した私兵で一般人を取り囲み脅すなど。これだけの人数を動かしてはどこかからこの事実が漏れるだろう。隠し通すのは難しい。
「何の騒ぎかね」
ましてや、現場を押さえられてしまっては。
人が集まった喧騒の中で、それでも良く通る声。その声の主を振り返った者から順番に、自然と道を開けていく。
伯爵のメイドに先導され、数名の護衛を連れ、割れた人垣の中を堂々と歩んでくる姿。伯爵の私兵の壁を割り現れたその姿が、目に入った。
目を引くのは、輝く黄金
そして、覇気に満ちた瞳
一瞬陛下が現れたのかと思ってしまうくらいに似た雰囲気を纏っているが、見間違えるほどには顔は似ていない。確かに血の繋がりは感じるが。
「こ、これはこれは、お早い到着ですな。出迎えも出来ず申し訳ありません」
「良い。駅に迎えは来ていた。お前たちも、もう案内はよい。各々の仕事に戻るが良い」
「承知いたしました」
表情には出ていないが、心なしか慌てた様子で下がっていくメイドたち。そして、更に一歩、部屋の中へと進み出る男。
現王ガルゾ・ヴォルスグランの弟、ガブロ・リヴォルゲリン
反王家派閥のトップと見られる貴族
「して、疑問に答えてもらいたいのだが。これは何の騒ぎかね」
「いえ、騒ぎというほどのことでは。そこのクレイ・ティクライズを」
「む、クレイ・ティクライズ」
話に出た俺の名前に、イーヴィッド伯爵の説明を遮りこちらへ顔を向けてくるリヴォルゲリン公爵。
「そうか、君がクレイ・ティクライズか。では君の口から聞こう。現状を簡潔に説明したまえ」
「反王家派閥への協力をお断りしたところ、伯爵の私兵に囲まれている状態になります」
「なるほど」
頷き、伯爵へ顔を戻す。それを見る伯爵は、緊張しているものの慌てている様子はない。
これが、伯爵の最大の失敗
自身の現状を正しく把握していない
「お前たち、イーヴィッドを捕らえよ」
「はっ!」
「えっ……?」
公爵の命令に素早く行動を開始する護衛たち。対して、何を言われたのか理解出来ないという顔で動きを止めた伯爵。
「な、何を!? 何故わたしを拘束するのです! あと一歩でクレイ・ティクライズを我々に協力させることが出来るというのに!」
「何故? おかしなことを言う。目の前に犯罪者がいるというのに、拘束しない理由がない」
「犯罪者!? クレイ・ティクライズの協力を取り付けるよう指示したのはあなたでしょう!?」
予想はしていたが、やはりそうか。伯爵が俺を呼び出したのは、公爵の指示があったから。そして、だからこそ伯爵はある程度は無茶なことをしても大丈夫だと思っていた。多少なら、公爵がもみ消してくれるだろう、と。
むしろ、こうして伯爵が騒ぎを起こすことこそが公爵の狙いだったとも知らずに。
「閣下。恐れながら、どうやら伯爵は閣下のお考えを理解出来ていない様子。ここは自身の罪を納得させる意味でも、説明なさるのがよろしいかと存じます」
「うむ。では、クレイ・ティクライズ。説明してみよ」
おっと、無茶振りが来たぞ。これは、あれだな。アイビーの父親であるフェリアラント公爵にも同じことをやられた覚えがある。俺の能力を見たいというやつだ。
正直、俺にはこの人たちに協力する気がない以上、能力を証明してやる意味もないんだが……。
かと言って、ここで俺の能力が大したことがないものだと思われるのもな。噂になっている俺の功績について、良からぬ方法ででっち上げたものだと思われかねない。そんなことになれば、今度は俺が伯爵のように拘束される可能性もある。流石にそれは勘弁だ。
「一言で申し上げるなら、今回伯爵がわたしを呼び出すように指示された閣下の目的は、最初から二つあった、ということかと。一つはもちろん、わたしが反王家派閥に協力することですね」
「ほう、なるほど。よく見えている。では、もう一つとは?」
「イーヴィッド伯爵を現行犯にて断罪すること」
「何だと!? いい加減なことを言うんじゃない!」
床に押し倒されて拘束された状態で喚く伯爵。まだ分からないのか。いや、分かりたくないのか。理由はともかく、公爵が伯爵の味方でないことなど既に明らかなのだから。
「ね、ねえ、クレイ。どういうことなの? 何であんたはそんなこと知ってるのよ」
「わたしも、てっきりクレイさんを反王家派閥に協力させることが目的なんだと思っていたんですけど」
「ああ、伯爵の目的は間違いなくそれだ。だが、そもそも最初から伯爵はリヴォルゲリン公爵からの指示を受けて動いていたんだよ」
「だから、あんたはそれをどこで知ったのよ」
「じゃあ一から説明しようか」
と言っても、おかしいのは一点だけだ。それは、何故今更、イーヴィッド伯爵が俺に声をかけてきたのか、ということ。
イーヴィッド伯爵が俺の存在を認識したのは、今からほぼ一年前。マーチを含むレオンの元班員たち4人が起こした魔薬事件だ。
あの時、俺の存在はマーチから伯爵へ報告されていたはず。こいつの妨害を受けて作戦に失敗した、という様な内容で。
このタイミングでは当然伯爵は俺に対して興味は持たない。せいぜいウザいガキがいるな、という程度だ。
が、ここから伯爵はその地位をみるみる下げていく。これに対してどうにかしなければと焦るはず。
俺が貴族の関わる事件を解決したり、前線崩壊の危険を未然に防いだりしたのもこれくらいの頃だ。伯爵の情報収集能力なら、当然これらの事件も耳に入っているだろう。
もし、伯爵が俺の協力を取り付けることによる地位向上を考えるなら、この時期だ。仮にもっと遅くなったとしても、学園祭で陛下への襲撃者と戦ったくらいには声をかけてくる。
ここで俺に声がかからなかったということは、伯爵は別の方法で自身の地位を守ろうとしていたということ。
当然だろう。何故なら、俺視点で伯爵は犯罪者だというのは確定しているのだから。それを理解している伯爵にとって、俺に声をかけるなどという選択肢は存在しないも同然。
「それは、まあ確かにそうよね。じゃあ今回は何で連絡が来た訳?」
「メイドから聞いたんだが、伯爵は最近、領民への税を上げたらしい。元々かなりギリギリに設定されていた重税だ。それが更に上がったことで、いよいよ民たちの生活が危うくなってくる」
人間はなかなかそれまで成功してきた行動を変えられない。既に金を納めることでどうにか出来る状況ではないのに、これまで自身の地位を向上させてきたのと同じように、更なる金で解決しようと税を上げた。
「限界を超えたんだよ」
「それは想像出来ますね。元々限界だったんですから」
「いや、違う。限界を超えたというのは、領民の我慢の話ではない」
「え?」
「伯爵の行動を許容出来る限界だ」
これまでも、伯爵の行動は目に余るものだった。貴族社会からしても、反王家派閥からしても、そろそろ何らかの処分が必要だろうと検討されるレベル。魔薬の取り扱い疑惑でほぼ限界値。これ以上は許されないところまできていた。それに重ねるように、更なる怪しい金の動きだ。これ以上はもう放置出来ない。
だが、貴族を捕らえるというのは簡単なことではない。明確な問題の証拠が必要であり、以前の魔薬事件で完全に証拠を消し去っていた伯爵相手なら証拠を発見する難度は更に上がる。
だから、現行犯で捕らえることにした。
俺が魔薬事件解決の立役者であることは調べれば分かっただろう。あの時、俺はレオンが解決したということにしたが、金を使った訳でもないあんな口だけの偽装は貴族が調べれば簡単にばれる。
俺と伯爵はほぼ敵対状態である。ならば、伯爵から俺に協力要請をすれば、何か無理矢理な手段を使用しなければ成し得ないだろう。
その無理矢理な手段を行使した瞬間を捕らえる。そうすれば、伯爵がどれだけ誤魔化しの屁理屈を用意していようが関係ない。
「トップから直接指示されているとは思っていなかったが、少なくとも伯爵がより上位の誰かからの指示で動いているのは予想出来ていた」
「じゃ、じゃあ、わざわざあんな煽るようなやり方をしたのも……」
「俺からしてみれば、伯爵に実力行使させた時点で勝ちだからな。街中を駆けていくメイドを見た時、指示した上位の貴族がこの街に来たことは分かっていた」
「わたしは……最初から……」
「ああ。お前は最初から詰んでいたよ」




