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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第10章 反逆の強襲
242/295

第241話 イーヴィッド伯爵邸へ

 1年生限定班対抗戦が終わってから1週間ほど。どうやら後輩たちの模擬戦熱も落ち着いたようで、平和な学園生活が続いている。

 今日は月が替わった初日。休みの2日目で、自室で暇な時間をどうしようかと読むでもなく本をペラペラと捲っていた。


 そんな時なので、来客は歓迎だった。


 だが、こんな客はあまり嬉しくはなかった。


「………………」


 テーブルを挟んで対面、椅子に座り俯いて黙り込んでいるマーチ。その隣で俯きはしていないものの同じく黙ったままのルー。

 恐らく最近ずっとマーチの様子がおかしい原因の相談に来たのだろうと予想しているのだが、いつまでも黙っていられてはこちらも対応のしようがない。


「どうした?」


 こちらから声をかけて促してみる。すると、それを待っていたかのようにゆるゆると顔を上げたマーチと目が合った。



 その顔は、真っ赤だった。



 うるんだ瞳で、赤らんだ顔で、恥ずかし気にこちらを見つめるマーチ。それはまるでこれから告白しようとしている恋する少女のようで。

 一瞬、そういう話か、と思いそうになったのだが、だとしたらルーを伴って来る意味が分からない。


「あ、あの……その、ね?」


「ああ」




「わたしの、実家に来ない?」




 一瞬、思考が止まる。


 が、次の瞬間高速で思考が巡り始める。


 この表情で「実家に来ないか」はもうそういう意味にしか取ることが出来ない。しかし、先ほども考えたように、だとしたらルーも一緒にいるのがおかしい。

 そもそもマーチは実家から絶縁を言い渡されているはず。仮に俺に求婚してきているのだとして、今更家に招待しようとするだろうか。


 ではこの誘いは何が目的なのか。明らかに俺に恋愛話であると誤解させようとしている雰囲気を出しているが、これは恐らくマーチの演技。

 そして、俺がこれを演技だと気が付くことは前提としているはず。確かに俺ではマーチの演技を見破ることは出来ないが、状況的な異常に俺ならば気が付くという程度のことはマーチにもルーにも理解出来ているだろう。


 俺を呼んでいるのはマーチの親、イーヴィッド伯爵か? だとして、ルーが一緒にいる意味は?


 伯爵が俺を呼び出す目的は? わざわざマーチがこのような演技をしている理由は?



 2択、だな



 反王家か、伯爵個人か



 どちらにせよ、ここは話を合わせる必要があるな。


「お、おう、急な話だな」


 照れを声色に滲ませつつ発言する。マーチ直伝の演技だ。マーチ本人ほどではもちろんないが、俺とてある程度は演技力がついた。


「ど、どうなのよ……来るの、来ないの?」


「……分かった、行かせてもらおう」


「……ふん、最初から素直にそう言えば良いのよ」


 素直じゃないのはお前だろ、と言いたくなる嬉しそうな表情のマーチ。対して完全な無表情でこちらを見つめるルー。

 止めろ、そんな目で見るな。お前だって今の状況は理解しているんだろう。俺は悪くない。


「えっと、もしかしたら泊りがけになるかもしれないけど、本当に大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ。その場合明日は学園を休むことになるが、それくらいは問題ない」


「そ、そう……ふふ、なら良いわ。ああ、その間、ルーはわたしの従者的な立ち位置でついてくるから、気にしなくて良いわよ」


「そうなのか。何故ルーがいるのかと思っていたが、そういうことなら分かった」


「よろしくお願いします」


 普段より硬い声で、本当に従者のように頭を下げて挨拶をするルー。こちらもある程度ルーに対しては横柄にした方が良いか。


「ふふ、何ならルーとのこともお父様に話してお願いしてみる? あんたはその方が嬉しいんじゃない?」


「何度も言っているだろ。俺は別に特別女好きという訳ではない」


「嘘ばっかり。知ってるんだからね、たくさん女の子と仲良くしてるの。そういうの、多少なら許してあげるけど……でも、ちゃんとわたしのこと、見ててよね」


「お、おう」


 誰だこれ。いや、演技なのは分かっているんだが、それにしたって、誰だこれ。


「それで、必要な物は?」


「クレイは何も気にしなくて良いわ。こちらが呼んで、来てもらっている立場だし。何か欲しい物があれば大体はあっちで手に入るから」


「そうか。確かに、イーヴィッド伯爵と言えば多方面に手を伸ばしている商売人としても有名だからな」


「そういうこと。それじゃあ早速だけど、良い?」


「ああ、早い方が良いだろう。出発しよう」








 イーヴィッド伯爵の領地は広大だ。いや、広大だった、と言うべきか。


 以前は大都市を2つ、小さい都市を5つ、村落を15以上も抱える巨大な領地を持ち、現伯爵位の中では最も発言力を持つ大貴族だった。

 その力は一部の侯爵を超えるとさえ言われ、本当に侯爵への陞爵もあり得るのでは、とすら噂されるほどの有力貴族。


 何故それほどまでに力があったのかといえば、それだけ国に貢献しているからだ。どのように貢献しているのか、というと、金だ。

 イーヴィッド伯爵は、他の貴族とは比べ物にならないほど多くの金を国に納めている。他の貴族からは、素晴らしい商才をお持ちですな(貴族のくせに商人の真似事ばかりしているな)、などと嫌味を言われることも多いとか。


 そうして増してきた力で他の貴族を自身の傘下に加え、貴族社会で一大勢力を築いてきたのがイーヴィッド伯爵だ。


 しかし、それほどまでに強大だったイーヴィッド伯爵の力は今、みるみるうちに低下している。


 理由は当然、違法薬物の取引疑惑をかけられたからだ。


 ただでさえ最近は反王家派閥筆頭のリヴォルゲリン公爵側についていて、王家や王家に近しい貴族たちからの覚えが良くなかった。そこに付け入る隙を与えてしまったことで、これまで納めてきた金もどうやって集めていたのか、というところまで飛び火。

 危うい気配を感じた貴族たちが傘下から離れ自身の勢力も縮小。領地経営の資質すら問われる立場となり、陞爵どころか伯爵位すら危うい状態だ。



 そこで、手っ取り早く何らかの功績を挙げることで自身の地位を確かな物にしたいと考えた伯爵が取った行動が、俺を呼び出すこと。



 最近になってアイリスに聞いたのだが、どうやら俺の名前は現在貴族たちの間でも有名になってしまったらしい。


 近衛騎士隊長が落ちこぼれだと言っていたティクライズの次男は、貴族でもなかなか手が出せない貴族による事件を貴族でもないのに完璧に解決して見せる天才らしい、と。


 その他にも、陛下を救った、前線崩壊の危機を未然に防いだ、長年悩まされてきた前線の霧を晴らして見せた、等々。

 クレイ・ティクライズの名は、その実績と共に各地で語られ、ディルガドール卒業後は是非自分の下で働かせたいという声が多く出ているほどなのだとか。


 そんなクレイ・ティクライズをいち早く自分の管理下に置き、その能力を国のために使わせますよ、というポーズを取ることで、どうにか伯爵位の剥奪だけは回避したい。

 もしくは、俺を反王家派閥の活動に協力させることで、自身の派閥内での地位を向上させる、というのがあちらの思惑。



 などというのはあくまで俺の予想で、



「もー、困っちゃうわよね、急にクレイを家に呼べだなんて」


 と照れ顔でニヤニヤしながら列車に揺られるマーチを見ても分かるように、現在表向き俺たちは、俺の活躍を耳にしたイーヴィッド伯爵が、俺とマーチの仲が良いらしいという話を聞き、ならば結婚相手にどうかと考え呼び出した、と思っていることにしている。


 実際のところは分からない。もしかしたら本当に、俺を手中に収めるためにマーチと結婚させようとしている可能性もなくはない。


 そもそも相手はあのイーヴィッド伯爵だ。違法薬物の販売に手を出し、娘を簡単に見捨て、金儲けのためなどという理由で反王家派閥に属するような人間。

 正直会うだけでも憂鬱だ。見た目や詳しい性格などは知らないが、碌な人間でないことだけは分かっているのだから。


 そんな俺の内心に関係なく、列車は進む。


 イーヴィッド伯爵領はもう目の前だ。

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