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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第9章 過去の傷痕
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第239話 切ろうとも切れぬ血の繋がり

 朝食のため食堂へ向かおうと、自室の扉を開ける。


「おはようございます!」


「ああ、おはよう、ティール」


 待っていたティールと共に食堂へ。その間、少し観察してみるが、特におかしな様子は見当たらない。


「平気そうだな」


「んぅ? あ、クレイさんが教えてくれた歴史の話ですか?」


「ああ。もしかしたら不安に思っているかと思ったんだが」


 今でこそ明るく元気いっぱいなティールだが、学園入学の頃は何に対しても怯えているくらいの臆病だった。カレン、アイリス、フォンは大丈夫そうなのも分かるが、ティールも平気だというのは少し意外だ。


「大丈夫です! だって、クレイさんが作戦を練るんですよね?」


「ああ、そのつもりだが」



「なら、きっと大丈夫って信じます! クレイさんのことなら、全部信じられるんです!」



「……ふっ、まるで思考停止して全てを俺に押し付けているかのようだな」


「ええっ!? ち、違います! そうじゃなくて」


「ああ、分かっている」


 隣を歩くティールの頭に手を乗せる。相変わらずちょうど良い高さだ。


 ティールが常に俺に対して向けてくれる、全幅の信頼。入学初日からずっと隣で俺のことを見ていたから、今までの実績の全てを知っているから、俺がやれると言うなら大丈夫だと、そう信じてついてきてくれる。



 この気持ちだけは、裏切る訳にはいかないな。








 歴史の真実を知ろうが、この先に待っているだろう戦いを思おうが、日常は続いていく。

 予言の時は5年以内だ。その予言をミュアから聞いたのは半年ほど前になるのでもう5年もないことは確かだが、だからといって今すぐに戦いが始まる訳ではない。


 今年は、どこかの馬鹿の影響なのか、風紀委員としての仕事が多い。


 腕試しに模擬戦を挑むことが当たり前であるかのような風潮が広がり、毎日毎日そこかしこで模擬戦が行われている。

 それ自体は好きにしてくれれば良いのだが、場所は選んで欲しいものだ。申請すれば簡単に訓練場や模擬戦用フィールドの使用が可能なのだから、周囲に関係ない学生がいる場所や壊れやすい物がある場所でおっぱじめるなと。


「勝負勝負!」


「いや、あのー、廊下で模擬戦はちょっと……」


「いきますよー!」


「話を聞いてー!?」


 聞こえてきた声に目を向けてみれば、今にも魔法を撃ち出しそうな様子の女子に絡まれたルーがワタワタと慌てている。

 ルーなら問題なく収められそうな気もするが……まあ助けておくか。


「風紀委員の世話になるようなことをするな」


「クレイ先輩! 良いところに来てくれました! 審判してください!」


「話を聞け。まだ未遂だから注意するだけで済ませるが、本当にこんな場所で戦い始めたらとっ捕まえるぞ」


「えー……」


 トボトボと去って行く後輩女子。こんな場面を見てしまうと、一応戦う場所は選んでいるコート・ワードスカークはまだマシな方だと思えてしまう。


「今の知り合いか?」


「いえ、初対面ですよ。第一声が『勝負してください!』でしたからね……恐ろしい子です……」


「それは本当に恐ろしいな……」


 今のところ、学園の備品が壊れたり怪我人が出たりということにはなっていないのでまだ問題にはなっていないが、きっとその内そうなるだろう。

 こんなことで成績に響くのは本当に馬鹿らしいと思う。もう少し落ち着きを持って欲しいものだ。


「有名生徒が対象になっているみたいですね。生徒会にも結構来てますよ」


 これもコートの馬鹿の影響なのか、後輩たちの間で挌上に挑んでボコボコにされることで成長するのがブームのようだ。何してくれてんだあいつは。


「向上心があるのは良いことなんですけどね」


「確かに俺は入学式で『他人の足を引っ張る者には容赦しない』と言ったが、足を引っ張らなければ良いってものでもないんだがな」


 そろそろ何か対策をしなければならないか。こんな気持ちの問題への対策などあまりないような気もするが。


「1年生限定班対抗戦も近くなってきましたから、それで皆燃えているのかもしれませんね」


 確かにあと2週間ほどで対抗戦か。追い込みをかける時期と言えば、まあ間違いではない。それで暴れているのならば、逆に大規模な模擬戦会でも開いて発散してやれば落ち着くかもしれないな。


「……えーっと、それじゃあわたしは行きますね。いやー、そろそろ次の本を完成させないとマズイんですよねー。急いで執筆しなきゃ」


 急にそそくさと去って行くルー。ここで隠し切れるくらい取り繕うことが出来るなら大丈夫かと思ったが、やはり難しいか。

 仕方がない部分もあるだろうな。俺たちの中で最もか弱いのは誰か、と尋ねれば、多くがルーだと答えるだろうという程度には一見して弱そうに見えるのがルーだ。


 本人も自覚があるのだろう。


 だから、その背中に声をかける。



「大丈夫だ」



「っ……やっぱり、隠し事は出来ませんね」


 自信のなさが、この先への不安となる。世界規模の戦いに、自分はついていけるのか。そう考えてしまえばもう自力ではその沼から抜け出せない。


「いつも、思うんですよ。色々工夫はしてきた。戦えるようにはなった。でも、結局出力は上げられなくて、純粋な戦闘能力として最も弱いのはわたしです」


「不安か?」


「当たり前ですよ。相手が強くなればなるほど、単純な能力でのごり押しでわたしの工夫なんて押し潰されてしまう。その時、わたしの存在に意味はあるのか。意味がないだけならまだ良い。周囲の足を引っ張って、もしかしたらわたしの存在が仲間を殺すかもしれない」



 それが、自分の死よりも恐ろしい



 自分の人生が台無しになりかねない事件の最中でさえ、他人を気遣うことが出来るルーだ。自分のせいで誰かが傷付くことなど、ましてや仲間が死ぬことなど許容出来ないのだろう。


 その気持ちはよく分かる。


 だからこそ、言ってやることが出来る。



「俺を見習え」



「え……?」


「俺は弱かった。学園入学時の俺は、転写も使えない、解析には時間制限がある、魔法陣の種類も少ない、気配消しも不完全で、相手の意識から逃れる技術も拙ければ、剣を使う自信もない、そんな奴だった。今とは比べ物にならないほど弱かった」


「でも、クレイさんは強くなったじゃないですか。今では学園3強なんて言われるほどで」


「そうだ。俺は強くなった。自信を持って言うことが出来る。俺は以前の俺とは全く違う」


「そうですよ。クレイさんはわたしなんかとは成長速度が全然……」




「で、俺は出力が上がったか?」




「あ……」


 そう。根本的な出力は全く変化していない。もしかしたら多少筋力はついたかもしれないという程度。俺の成長は全て技術的な部分だ。


「ルーも同じだ。確かに出力は上がっていないかもしれない。だが、それを補えるだけの成長をしてきただろう。精霊の中でも魔力量が多い、言わば大精霊とでも言うべき存在であるフォンと引き分けて見せた。自信を持て。あまり卑下していると、似たような努力を重ねてきた俺にも、引き分けたフォンにも失礼だぞ」


「そう、ですね。確かに……わたしだってやれることをしてきました。その成果は、間違いなく出ている」


「ルーがいなければ、もしかしたら霧の王には逃げられていたかもしれないな。ほら、役に立っている。俺はごめんだぞ、あんな奴ともう一度戦うなど」


「ふふ、確かに。わたしもクレイ英雄譚に登場する仲間の一人ですから、英雄の仲間に相応しい人間性が必要ですね! そう考えたら、何だか急に自信が漲ってきましたよー!」


「おい待て。何だクレイ英雄譚って」


「秘密でーす!」


 笑顔を浮かべ、走り去っていくルー。おい、生徒会、廊下を走るな。いや、それじゃない。


「勝手に人を物語の主人公にするな!」








 ふふーん、気分が良いです。わたしがクレイさんと同じ、だなんて。


「ふふふ、ふっふっふー、うふふのふー」


 良い気分のまま、寮への道を跳ねるように駆け抜ける。そのまま寮に到着、勢いよく扉をドーン! といきたいのをこらえて普通に開ける。


 お、階段を上る後ろ姿を発見。マーチさんです。とっても嬉しいこの気持ちを誰かに伝えたくて仕方がないので、突撃!


「マーチさーん! マーチさ……ん?」


 一度呼びかけても反応がなかったので、そのまま呼びかけつつ追い付いて顔を覗き込む。



 嬉しい気分が一瞬で霧散した



「マーチさん! どうしたんですか、マーチさん!」


 表情が虚ろ。反応が鈍い。足取りが重い。今日学園にいる間はいつも通りだったのに。むしろわたしが内心不安に思っているのを察して、励まそうとしてくれていたくらいだったのに。


「ああ……ルー。いたの……」


「その手に持っている手紙のせいですか?」


「ん……まあ、そうね。でも、大丈夫よ。アンタには関係ないから」



「関係ない訳ないッ!!」



「っ……ルー」


「見せてください」


「いや、これは……」


「見せなさい!!」


 躊躇いつつも差し出された手紙を、奪い取るように受け取る。そして、その差出人の名前を見た。




 親愛なる我が娘へ



      テリヴール・イーヴィッド




 それは、マーチさんの父親、イーヴィッド伯爵からの手紙だった。


 これにて第9章完結となります。

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