第229話 崩れ去る城
「……は? ば、馬鹿な……!? 何故……何をした、小僧ッ!?」
「お前が自分で言ったんだろう。その身は霧だと」
「それが何だと……ま、まさかッ!?」
現在、俺がこの広間に入ってきた時よりも気温が上がっている。それが答え。
霧というのは、空気中の水蒸気が冷やされることで細かい水滴となり発生する現象だ。その発生原因は様々だが、基本的に冷やされて発生するということに変わりはない。
ならば単純な話。この部屋を暖めてやれば良い。
天井に設置した魔法陣から、戦闘中ずっと暖かい空気を放出していた。奴に向かって撃ち込む魔法も炎を使用していた。
それにより、奴が操る霧が薄くなり軽くなった。それが俺に当たった槍が霧散した理由だ。
「自身に魔法が効かないからと油断していたな。本体に効かないだけなら方法はあるぞ」
「くっ……! だが、こんなものは一時凌ぎに過ぎん! 気温が上がったのなら、それに合わせて調整するだけじゃ!」
そうだろうな。こいつは恐らく数百年という時を生きている。夏になる度に消滅の危機を迎えているとは思えないし、気温が変化した程度ならそれに合わせて霧を調整することが出来るのだろう。
「既に瀕死と言えるほど傷ついたお主に出来ることなどありはせん! 潔く死を受け入れよ!」
霧散していた霧が徐々に集まり、再び巨大な槍を形成していく。これが完成した時、調整が完了し俺を殺す準備が出来たということになるのだろう。
絨毯を引っ張られて転ぶというようなことはもうないが、俺がボロボロであるのは事実。この一撃を避けられたとして、果たしてどれだけ持つか。
それが分かっているのだろう。奴は全力で槍を形成していく。槍の形成と俺の様子に対して集中し切っている。
俺の狙いは、最初からそれだ。
「良いのか? 俺との戦闘にそれほど気を割いて」
「ふん、気を逸らそうとしても無駄じゃ。付け入る隙など与えはせん」
「そうか。お前、何も分かってないんだな」
「……何のことじゃ」
「お前が今閉じ込めている奴ら、ただの人間だと思っているんだろう?」
精霊、妖精を取り込んだ者、精霊とのハーフ、過剰魔力者、身一つであらゆる物を破壊する者。その他実力者ばかり。
こいつは今まで、何十、何百という人間を同時に霧へと閉じ込めてきたんだろう。その能力は確かに凄まじい。
だが、あいつらを片手間で拘束出来ると思っているなら考えが甘すぎる。
「……まさか」
「気付いたか?」
「くっ、ならば早々にお主を殺して」
「もう遅い。既に指示は出した。ほら」
ドオオオオオオォォォォォン!!
轟音が鳴り響き、城が揺れる。
「いつの間に……!?」
「先ほど通信機を使ってな」
こいつは当然知らないことだろうが、最新の通信機は文章を送信することが出来る。そして、受け取る側の通信機が何らかの理由で受信出来ない状態だった場合、一時的に保留して受け取り可能になり次第送信するという機能がある。
俺が通信機を操作していたのは仲間たちと通話するためじゃない。霧から脱出したらやって欲しいことを指示する文章を送信するためだ。
アイリス、フォン、アイビー、マーチ、ルーの後衛組は外で待機。ティール、クル、フォグルは城を跡形もなく破壊するように。
「クレイ無事か!?」
「遅くなってすまない!」
「ここは俺らに任せてお前は下がってな」
そして、カレン、レオン、ハイラスは時間稼ぎ。
「わらわらと湧いてきおって……! 何人来ようがお主らのような人間、儂の敵ではないわ!」
放たれる巨大な霧の槍。上がった気温への対応が完了したのだろう。迫る槍は先ほどよりもはっきり存在を主張しているように見える。
が、最早そんな物は何も怖くない。
「焦焔・破断剣!!」
カレンが振り下ろした剣から飛び出す炎。それは霧の槍と相殺し、互いに打ち消し合った。
「ぬぅ……! この炎、ただの魔法ではない。精霊のごとき力を感じる……!」
よし、予想通り。魔法は通じない霧の王も、精霊が持つ自然エネルギーによる攻撃ならば通じる。今のカレンは以前レオンと戦った時のような形態変化はしていないので、そこまで自然エネルギーを用いた攻撃が出来ている訳ではないが、ただの魔法よりは効くだろう。
それでも奴が放つ攻撃は強力。カレンでも簡単に打ち勝つことが出来るものではないようで、相殺という結果がせいぜいのようだ。炎による熱で霧が弱っているはずなのにこれか。容易く勝てる敵ではないな。
それで良い。目的はあくまで時間稼ぎ。
「くっ、ちょろちょろと動き回るでない!」
レオンとハイラスの速度で攪乱。カレンの攻撃でチクチクと嫌がらせ。時間稼ぎにこれほど適したメンバーも他にないだろう。
防ぎ切れずに何度か攻撃を食らっている霧の王。だが、やはり何のダメージにもならない。カレンの攻撃は嫌そうにしているものの、それは熱いのが嫌なだけで大した痛みはないようだ。
「無駄じゃと……言っておるのが分からんか!! うっとおしいわ!!」
体の霧を膨張させて周囲を動き回る3人を吹き飛ばす霧の王。一時的に間合いが開き、戦闘が止まる。
鳴り響く轟音。揺れ動く部屋。天井からパラパラと崩れた欠片が降ってくる。
「さっきから何じゃこの音と揺れは。城を破壊しておるのか? 何故そのような無意味なことを。儂に住処を失わせる嫌がらせか?」
「お前を討伐するためだ」
「まだそのような世迷言を……。お主が期待した援軍も、結局は儂に傷一つ付けられん。お主らはここで息絶えるから良いかもしれぬが、儂は今後もこの城で生活していくんじゃ。意味のない破壊は止めい」
長く生きていようと、ずっと城に引きこもっているような奴ではこの程度の考えしか持てないか。
「お前の敗因は、経験不足だ」
城が崩壊を始めた。床が、壁が、天井が崩れ、中にある物全てを瓦礫に飲み込もうと襲ってくる。
「脱出するぞ! クレイ、掴まれ!」
カレンに抱えられて城内を駆ける。降ってくる瓦礫はレオンとハイラスが吹き飛ばし、危なげなく脱出に成功。城門を出たところでカレンに降ろしてもらい、瓦礫の山と化した城を振り返る。
瓦礫からにじみ出るように霧が現れる。それは一点に凝縮され、再び人の形となった。
「やってくれたな。儂の城をこのような……」
「この国の人々から奪い取っただけのくせに、所有者を自称するなよ」
「結局お主は何がしたい。こうして外に出ては、せっかく上げた気温も無駄。儂に有利になっただけじゃ」
「馬鹿が。お前は所詮ただの霧。こうして外に出てしまえば」
瞬間、吹き飛ばされそうなほどの暴風が駆け抜ける。
「くっ!?」
「風で簡単に吹き飛ばせる」
外で待機して準備していたマーチの風だ。取り込んだ妖精の力で自然エネルギーを扱うことが出来るマーチならば、無効化されずに霧を吹き飛ばすことが出来る。
「このっ、覚えておれよ!!」
捨てゼリフのような物を吐いて飛ばされていく霧の王。だが、
「おい、何を逃げられる気でいるんだ?」
辺り一帯を氷漬けにする冷気が襲う。それは、風によって体が広がった状態で霧の王を固定した。
「ぐっ……ぬぅ……!?」
フォンの冷気はマーチの風より更に強く広域に届く。奴の体を構成する霧を全て凍らせることなど造作もない。
さて、これだけ薄く広がっていれば、ただの魔法でも通る。そして、奴の体は霧。本来霧とはあのように凝縮する物ではない。つまり、霧を集めて一つにする核のような物があるはず。心臓や血管、脳などの役割を果たす、生物として持っているべき何らかの弱点。
「ルー、見えているな?」
「はい、やれます」
螺旋水弾・貫
ルーの目は、その核を決して見逃さない。




