第22話 大切なのは歩み寄り
「アイリス様、どうしてあのような……」
教室では周りに人が多くて話しづらかったが、寮に戻ってきた今なら周りを気にせず尋ねることが出来る。まさかあそこまで班長に拘るとは思っていなかった。姫として、誰かの下に付きづらいというのは分からなくはないが、そんなことを気にする方ではないはずなのに。
「大丈夫よ。言ったでしょう? 次の対抗戦で活躍した人を引き抜きましょう。そうすればわたしが班長のままで、班を構築することが出来る。ゴメンね、わたしの我がままで面倒なことをして」
「……わたしの、ためですか」
「……いえ、わたしの我がままよ。どうしても班長が良かったの」
やはり、わたしのためか。
犯罪組織の手によって、戦闘人形として育てられたわたしは、自分の意思というものを持たなかった。
ただ従順に、言われたことにのみ応え、それ以外は何もしない。それに何の疑問も持たなかった。疑問を持つという意味すら理解出来ないように、思考が殺されていた。
その組織が騎士団によって壊滅させられ、わたしは国に保護された。そこまでは普通のことだ。
普通でなかったのは、それから。
わたしは王女付きのメイドとして、城に置かれた
言われなければ何もしない。ただ立っているだけ。そんな人形を、陛下は何故かアイリス様に付けた。
苦労をかけたと思う。アイリス様は根気強くわたしの世話をしてくださって、少しずつ、少しずつ、人間らしく生きられるようになっていった。
今では日常生活にほとんど支障はない。メイドらしい技能も身に着け、現在は本当にメイドとして働くことが出来ている。
それでも、未だ過去はわたしを縛り付ける。完全に解き放たれてはいない。
「戦闘中、いちいち命令しなければピクリとも動かないような人形が班にいたら、追い出されるのは当たり前。だから、アイリス様が班長をすることで、わたしの居場所がなくならないようにしてくださっているのですね……」
もうあの頃とは違うのに、戦闘になると未だに命令に従って動くことしか出来ない。いざ戦うとなると、体が全く動かなくなってしまう。それがばれないように、ばれたとしても追い出されたりしないように。アイリス様が班長に拘るのは、全てわたしのためなのだろう。
「違うわ。わたしがあなたと離れたくないの。だからこれはわたしの我がまま。付き合ってくれる?」
「いつまでも、あなたのお傍に」
だが、それではアイリス様の目的達成に支障が出る。やっと少しでも恩返しが出来そうなのだから、ここはわたしが動かなければ。
アイリス王女の勧誘を断ってしまった翌日。寮の部屋から出ようとすると、扉の隙間に紙が挟まれているのを発見した。手に取ってみると、どうやら手紙のようだ。特に装飾のない真っ白な封筒から、中身を取り出す。
『班長を止めろ』
丁寧な文字でそれだけが書かれている。それ以外には差出人すら書かれていない。なるほどな。何というか、一つのことしか考えられない子供のような可愛らしさを感じる。
恐らく差出人はクル・サーヴだろう。俺が班長を止めれば自分たちの班に入ってくれるはずという願望で動いているのだろうな。
ただ、残念ながら仮に俺が班長を止めたとしてもカレンが班長になるだけで何の解決にもならない。更に、名前を書かなければ自分がやったとばれないと思っているのだろうが、このタイミングで俺に班長を止めろと言ってくるのはクルしかいない。その上、班長を止めなければどうなるのかが書かれていない。これでは誰も言う通りにしてくれないだろう。
俺に班長を止めさせれば解決すると思って、思考が停止しているのだろうな。どうやら搦め手が得意なタイプではないらしい。
とりあえず放置で良いか。危害を加えてくることはあるまい。手紙を処分し、朝食のために食堂へ向かった。
教室に入る。ずっと見られているようだ。いや、今は王女の勧誘を断ったことで多くの生徒から見られているんだが、そうではなく、少し離れたところから監視するような視線を感じる。
気配の消し方はほぼ完璧だ。だが、俺に対しては不充分だな。俺から隠れたいなら、普通に気配を消すだけでなく、魔法まで使って存在を消さなければ。まあそんなことを知っている訳がないので仕方がないんだが。
「おはよーッス。ようよう色男。お前班を女子ばかりにするだけでなく、ついに勧誘を断るほど偉くなったんだって?」
「女子を狙って勧誘してる訳じゃないし、俺が断った訳でもないし、噂を真に受けるなよ」
「でもさぁ、俺も姫様の班に入れてもらおうとしたけどあっさり断られたしなぁ。やっぱ腹立つよなぁ」
「いや知らんが」
「別に俺はお前さんがクソ野郎だなんて思ってはいないけどさ。結構広まってるみたいだぞ?」
広まっているのは分かる。クラスメイトたちからもチラチラ見られているしな。だが、別に問題はないと思っている。いや、むしろこれで良いとさえ思う。
「こんな噂だけで人物を判断するような思考の浅い人間はいらんからな。これで残りの班員探しも捗るというものだ」
「ほーう、こりゃなかなかの豪胆さだな。てか結局なんで姫様の勧誘を断ったん? その辺のことが全く噂になってなくて、ティクライズが姫様の勧誘を断ったーとしか分からんのよな」
もともと俺に対する生徒たちの印象は良くなかった。そのせいで悪意を持って解釈されて噂が広まっているんだろう。
「カレンとティールが勝手に断った。俺が班長だって」
「あーはいはい、聞くんじゃなかったぜ。この話はここまでだ」
嫌そうな顔で手を振るハイラス。隣の席でピクッと反応するティール。そして、まるで話が途切れるのを見計らっていたかのように、キャロル先生が教室に入ってくる。
「そろそろ授業始まるよ」
監視の視線がなくなったな。流石にサボる気はないか。果たして監視してどうする気なのやら。
放課後。今日もトレーニングだと思っていたら、先生に呼び止められた。
「あ、クレイ君、ちょっと良い?」
「はい?」
「理事長が呼んでるよ。言えば伝わるだろうって内容は教えてくれなかったけど」
理事長が俺を呼び出すということは、例の事件の取り調べが終わったか? 何か有用な情報は得られただろうか。
「班の全員で来るようにって。じゃあ伝えたからね」
ティールとカレンは同じクラスだから良いとして、フォンを呼びに行かないといけないな。確か6組だったか。
6組に顔を出すと、フォンがクルと話している。アイリス王女もいるな。同じクラスだったのか。
「だからあなたからも……」
「クル、やっぱり別の人を探しましょう」
「しかし……」
話しかけづらい様子だが、タイミングを見計らっているといつまでも終わらない可能性があるので、さっさと行くことにする。
「フォン、理事長から呼び出しだ」
「理事長から。例の事件?」
「恐らくな。行けるか?」
「問題ない。話は終わってる」
本当か? クルを見ると、まだ終わってないと言いたげだが。
「待っ」
「クル・サーヴ。一つアドバイス。歩み寄りは大切」
それだけ言ってスタスタと歩いて行ってしまうフォン。それはアドバイスになるのか? と思いつつ、その後に続く。
「大切と言うのなら、そちらから歩み寄ってくれても良いじゃないですか……」
悔しさの滲んだ呟きだけが聞こえた。
「フォン、何か知っているのか?」
「彼女たちが行った模擬戦と普段の様子から分かる範囲なら」
「あ、フォンさんにも調べられないことはあるんですね。何か安心しました」
流石に王族の過去の情報までは得られなかったか。下手に調べようとして反逆罪で処刑されたりしたら最悪だ。そこは踏み止まってくれて良かった。
「でも教えない。歩み寄りは大切」
「さっきも言ってたな。歩み寄りとは何だ? わたしたちも歩み寄るべきなのか?」
「教えない」
歩み寄りか。単純に考えるならどちらかが妥協して班長を諦めればそれで解決だ。それを歩み寄りというなら、まあ間違ってはいないだろう。だが、カレンがやけに俺が班長であることに拘るように、向こうにもきっと譲れない部分があるのだろうし、なかなか難しいのではないだろうか。
「そういえばフォンも俺が班長が良いと思うのか?」
「クレイが一番適性がある」
「うんうん、分かっているな!」
「逆に言えば、適性があるというだけで、俺が班長でなくても別に良いということか?」
「そう」
「なにぃ!? フォン、貴様! 裏切ったな!!」
「んー? 適性があるのにクレイさんが班長じゃなくても良いんですか?」
「別に班長でなくても指示出しは可能だ。役割は班長と変わらなくとも、肩書は必須ではないからな」
「班員から最も信頼されている人間が班長だ! わたしはクレイ以外の下にはつかんぞ!」
「んー、クレイさんが班長の適性がある。班長の肩書は必須じゃない。信頼されている人が班長。んー、やっぱりクレイさんが班長が良いんじゃないでしょうか」
フォンが言う歩み寄りというのは、こういう部分のことだろうか。班長の肩書は必須ではないのだから、どちらかが譲るべきだ、と。
理事長室の前に着いたので、騒ぐカレンを落ち着かせてから、扉をノックした。




