第220話 出発の日
「みんな、準備は良いかな?」
遂にこの日がやってきた。前線へ実習に出る日、本当に命を懸けた戦いに向かう日だ。
緊張で表情が硬い者も多いいつもの教室で、普段通りの何も変わらない様子で話をするキャロル先生。
「出発の前に、少しだけ前線での動きを説明するね。まず、大半の生徒たちは騎士団について動いてもらって、前線がどういうところなのか、どうやって戦っているのかを見てもらうことになるよ。騎士団の班に班ごとに混ぜてもらう感じになるかな。指示に従って、勝手な行動は絶対にしないこと」
俺たちの活躍次第で期間が決まると言っていたのに、基本は騎士団についていく形になるのか。
そうなると、騎士団のどの班につかせてもらうかによって体験出来る内容も変わりそうだな。前線を越えて魔域に入って戦う班もあれば、砦の屋上から見張りをしている班もある。前線での仕事について詳しくはないが、もしかしたら砦の清掃や食事の用意なども騎士団で行っているかもしれない。それらのうちの一つを行う班についていくとなると、班によっての格差があまりにも大きいように思えるが……。
「クレイ班、レオン班だけは、他の班とは違って2班合同で魔域探索をしてもらうことになります。ここにはわたしもついていくからね」
先生もついてくるのか。この人、戦えるのか? いや、ディルガドール学園の教員なのだから、全く戦えないということはないのだろうが。それにしたって戦っている姿がまるで想像出来ない。
……これも理事長の指示か。
俺の予想が正しければ、恐らく理事長の目的はこれだ。詳細は一切不明だが、前線を越えた先で俺たちに何かやらせたいことがある。
そしてそれは、例の予言に関係すること。
5年以内に目覚めるとされている災厄への対策。
「先生、その探索、ダイム先輩の班も同様ですか?」
「ううん、ダイム君たちも少し特別な内容になってるけど、クレイ君たちと同じ内容って訳じゃないよ」
基準は強さではない? 俺たちとレオンたちだけが理事長に目を付けられている理由は何だ?
思えば、フォンやマーチのような理事長に拾われた者が俺たちの班には所属している。これは偶然か?
アイビーは最初からレオン班に入れられることが決まっていたように思える。あれはレオンが班員の選定を厳しくして班に空きがあったからだが、その状況も作られたものなのか?
どこから理事長の掌の上だ? 俺たちが班を組んだのも狙い通りか? もしや、入学したことすら?
恐らく理事長は人間の敵ではない。俺たちを強化し、来たる災厄に備えている。
だがそれは、俺たちの味方であることを意味しない。強くなるのなら良し、ならぬのならそのまま野垂れ死ね、などと考えている可能性は、そう低くはない。
理事長だって俺たちに死んで欲しい訳ではないだろう。だが、それで易しい試練が与えられたりすることはない。
この行事、指示通りに動いて大丈夫なのか。分からない。最悪を考えるのなら、仲間の死亡の可能性をなくすために不参加とするべきだ。
だが、逆らって大丈夫なのかも同様に分からない。理事長の力はどこまで及んでいる? 逆らって、この国で生きていけるか?
どちらを選んだところで、結局は死の可能性を消すことは出来ない。ならば今は、理事長の指示に従った方がまだ安全か。理事長は俺たちを殺しにきている訳ではないのだから。与えられる試練を乗り越えられさえすれば、理事長は味方だ。
この思考も、理事長の予想通りか? ……疑心暗鬼になっているな。思考は悲観的に、行動は楽観的に、だ。最悪を想定しそれでも行くと決めたのなら、あとはどうにかなるの精神でやり切るのみ。
理事長については、今は良い。恐らく、全てが見える時は近い。
前線へ向かうため、まずは魔導列車で中継都市リレポステまで移動することになる。道中話題になるのはやはりこれからのことだ。
「クレイ、何か知っているの?」
「何かとは?」
「この行事のことよ。前線に大勢の学生を送り込むなんて、普通に考えたらあり得ないでしょ?」
「ん。キレアに聞いてみたけどはぐらかされた。あれは絶対何か企んでる」
知らないと回答されたのではなく、はぐらかされたのか。これが理事長の企みだと裏付けが取れたな。もうバレても良いと考えているのだろう。
「詳細は分からん。狙いは間違いなく俺たちだ。恐らく、何か試練を与えて強化しようと考えているのだろう」
「し、試練、ですか……。大丈夫でしょうか」
「試練とは乗り越えられる物だ。わたしたちが全力で事に当たれば、何の問題もない。そうだろ、クレイ」
「普通はそうだな」
「……煮え切らないわね。何か心配事があるの?」
理事長の目的は俺たちの強化だ。これは確定ではないが、ほぼ間違いないだろう。ならば、与えられる試練とは今の俺たちに乗り越えられる物ではないのではないか。そう思えてならない。
そう都合良く新たな力が覚醒したりするものではない。大きな壁にぶつかった時、必ずそれを乗り越えられるとは限らない。時には迂回して、逃げの選択が必要になることもある。
が、今回は逃げられない。もし壁を越える新たな力を得られなかったら。
その時、俺たちは一人残らず死亡する。
こんな話をしても怖がらせるだけだ。何と答えるか。
「ふむ、クレイが何を心配しているのかはわたしには分からんが……良し! ではこうしよう!」
「……どうするんだ?」
「まずわたしが突っ込む! そして最大火力でドーーーン!! する! そうすると一時的に周囲のモンスターがいなくなるだろ? そしたら、全員が最大火力でドーーーーン!!! すると、ほら勝利だ!」
こいつは……今まで俺の何を見てきたんだ。
まったく
「くっはははははは! ああ、それも良いかもな」
「ちょ、ちょっとクレイ!? 自棄にならないで、ちゃんと考えましょう?」
「ん。冷静になって。今のは作戦じゃない」
「……いえ、きっとこれで良いんですよ」
「ちょっとクル駄目よ! いくらクレイが言うことでも、明らかに間違っているなら指摘してあげないと!」
「だって、クレイさんが今日初めて笑いました」
「それは……! そうだけど……」
……こんなことを言われるほど、今日の俺の顔は暗かったか。そうだろうな。様々な想像をし過ぎて、まるでどんな死に方をしたいか選べと言われている気分になっていた。全く楽観で行動出来ていない。
そうじゃない。どうやって乗り越えるかを考えるべきなのであって、乗り越えられなかったら、などということは考える意味がない。
「お前はドヤ顔するな。少しは俺の作戦立案を見習え」
「??? わたしの作戦が採用なのでは?」
「するか馬鹿」
「なにぃ!?」
そもそもどんな試練が待っているのかすら分からないんだ。今から考えて何になる。行ってから考えれば良い。それで間に合わないなら、最初から無理だ。
「俺は寝る。あまり寝られなかったからな。眠い」
「待てクレイ! それならさっきの笑いは何だったんだ! なあ! なあなあなあ!!」
「やかましい黙ってろ」
「そんなっ!?」
騒ぐカレンの声と、仲間たちのホッとした笑い声を聞きながら目を閉じる。
何も分からない。何が待っているのかも、どうすれば良いのかも、どうなっていくのかも。
何も分からない。
決まっているのは、一つだけだ。
必ず全員で生きて帰る。




