第21話 班長への拘り
「何故この程度の剣技も習得出来ないのだ」
「弱すぎる。軽すぎる。甘すぎる。鈍すぎる。何だそれは」
「立て。お前のような弱者に休む暇などあると思っているのか」
「話にならん。外に出て少しでも経験を積め。それでも成長が見られないのなら」
お前に残された道は、死、のみだ
「っ!? ……チッ、夢か」
最悪の朝だ。家から離れて少しは精神的にも安定してきたかと思っていたんだがな。まだこんな夢を見るとは。自分で思っている以上に不安に感じているのか。
問題ない。要は結果を出せば良いんだ。班員も集まってきている。皆それぞれに強みを持った仲間だ。
問題ない。
廊下を教室に向かって歩いていると、何やら人だかりが出来ている。あそこには確か掲示板があったはずだ。そんなに興味深い掲示物があるのか?
「お、クレイ! 来たか、見てみろ」
カレンに呼ばれたので近づいていくと、何やら周囲の生徒たちに見られている。
「クレイ・ティクライズは落ちこぼれって話じゃなかったのか?」
「カレン・ファレイオルの力だろ。警備隊でも苦戦するような組織に対抗出来るとはとても思えん」
「ええ、手柄を横取りしてるってこと? 何か気に入らないね」
あまり良い視線ではなさそうだな。掲示板前にいる奴らが自らどいて道を作ってくれるので、そこに貼られている紙を見てみる。
『学園都市を破壊した武装組織! 解決したのは気高き騎士たち!』
ああ、例の事件について書かれた学園新聞か。内容は、
『最新の武器で武装した犯罪組織がリーナテイスに侵入し、破壊行為を行った。その最新武器に警備隊が苦戦する中立ち上がったのは、ティクライズ、ファレイオルの両騎士とその仲間たち。クレイ・ティクライズ氏の明晰な頭脳によって先の先まで展開を読み切った作戦に従い、カレン・ファレイオル氏を始めとする仲間たちがその能力を遺憾なく発揮、事態を解決へと導いた』
「この新聞はよく分かっているな。あの事件の解決はクレイの力あっての物。これで学園の連中もお前を見直すだろう」
うんうんと満足そうに首を縦に振っているカレンだが、周囲が目に入っていないのだろうか。全く認められていないようだが。
この新聞に俺たちの行動が隅から隅まで書かれている訳ではない。俺の作戦で事態が解決したと書かれているだけだ。この一つの事件だけで新聞が作られている訳ではないからな。一番大きく場所が取られているとはいえ、全てを書くにはスペースが足りない。
まあどうでも良いことだ。
「むー、どうしてクレイさんがスゴイって分かってくれないんでしょうか」
「ティールもいたのか」
「最初からいましたよ!?」
カレンの陰に隠れて見えなかった。
「この学園の生徒が知っている俺の情報など、入試の実技の成績くらいだろう。その状態で活躍したんだなどと文章で説明されても信じられんのは当たり前だ」
「でも……」
「気にするな。班対抗戦で全てひっくり返す。その為には、むしろ今は舐められていた方が良いくらいだ」
驚いた表情で見上げてくるティールの頭に手を置く。
「頼りにしてるぞ?」
「はい!」
「カレンもな」
「ん? よくわからんが、任せておけ!」
もう新聞は良いだろう。教室に行こう。そう思い歩き出そうとした時、周囲の騒めきが大きくなる。
「何の騒ぎ?」
自然と周囲の生徒たちが端に退き、道が出来る。そこを歩いてくるのは、アイリス・ヴォルスグラン第一王女と、恐らく従者と思われる女子生徒。
「あら、クレイ・ティクライズ、カレン・ファレイオル、あとティール・ロウリューゼだったわね。ちょうど良かった。あなたたちに用があったの」
「用、ですか。この場で聞いても?」
「うーん、まあ良いかな。あなたたち、わたしの班に入る気はない?」
騒めきが一段と大きくなる。俺も流石に驚きを隠し切れない。アイリス王女が、俺たちを班に誘った? 本屋で偶然会った以外、全く接点すらないぞ。どこでそれほど興味を引いたのか。
「わたしは今、この子、わたし付きのメイドであるクル・サーヴと2人で班を組んでいるの。あなたたちは4人でしょう? ちょうど良いと思わない?」
クル・サーヴは、ティールと同じくらい身長が小さい短い焦げ茶髪の女子だ。まるで戦闘中であるかのような鋭い雰囲気を放っている。メイドというより、護衛だろうな。王子には付き人はいなかったはずだが、王女を一人には出来なかったんだろう。
この提案、受け入れても良いんじゃないか? むしろ拒否する理由がない。どうにかして班員を集めなければと思っていたところだ。向こうから来てくれるとは、ありがたい。
「是非……」
「申し訳ありません。お断りします」
……は?
「……理由を、聞いても?」
「わたしはクレイについて行くと決めました。わたしの班長はクレイ・ティクライズです。いくら姫様とはいえ、それは譲ることは出来ません」
「お、おい、カレン……」
「あ、あたしも、同じ気持ちです!」
「ティールも、落ち着けって。班長なんてそんなに重要なものでは……」
「アイリス王女、あなたが我々の班に入ると言うのなら、歓迎いたします」
どうしてこうなった。確かに俺は班長で指示出しするのが合っているが、それは班が6人集まることより優先されるほどではない。これで対抗戦は万全の体勢で迎えられると思ったのに、まさか断ろうとするなど、予想外過ぎる。
「そう、では仕方がないわね。この話はなかったことにしてちょうだい」
「え!? ちょ、アイリス様? 何を仰って……」
「行くわよ、クル」
「いや、班長なんてそんなに拘らずとも」
「行くわよ!」
「はい……」
ずんずんと歩いていくアイリス王女と、こちらをチラチラ気にしながらそれについて行くクル・サーヴ。鋭い雰囲気というのは気のせいだったかもしれない。何となく親近感が湧いた。
こちらを見ながら、どうだ言ってやったぞ! と言いたげに満足そうな顔を向けてくる馬鹿の頭を引っぱたく。
「いたっ!? 何をする!」
「馬鹿かお前は!? いや、お前は馬鹿だ! あー、クソ、どうすんだこれ……」
周囲の騒めきはもはや最高潮。この話は学年全体、下手したら学園全体に広まるだろう。アイリス王女が自ら誘った、そしてそれを断った。俺が断った訳ではないが、俺が断ったように噂が広まるのは目に見えている。更に印象が悪くなるのは明白だ。
いや、印象が悪くなるだけか? だったら別に良いのではないか? もう多少イメージが悪くなろうと大して変わりはしないだろう。むしろそれを逆手に取って……。
「ご、ごめんなさい。つい勢いで言ってしまって……」
「いや、大丈夫だ。そう問題にはならんだろう。もう良い、教室に行くぞ」
「は、はい」
「おい! ティールとわたしの扱いが違い過ぎないか!? クレイ! 聞いているのか、クレイ!」
「やかましいぞ。廊下で騒ぐな」
「納得いかないいいいぃぃぃ!!」
騒めく廊下を歩いて、ティールと騒ぐカレンを連れて教室に向かった。




